甘えん坊な勇者と聖女

 色んな出来事があったこの夏休み。

 誰かさんがこの世界にやって来たり、一緒に出かけたり、理解者が連れ去られそうになったり、里帰りしようと思えばまた1人やって来て中止になるし……さ、最後にはなんかキスさ、されたし……。

 ……濃い夏休みだなぁ。


 そんな夏休みも気がつけば後一週間。

 楽しい時間はあっという間。是非ともあの時間に戻して欲しい。

 学校なんて行きたくないーーーーなんて言っても意味が無い。


「……さて、掃除も終わったことだし、ゴロゴロしましょうかね」


 部屋の掃除が終わり、掃除機の電源を切る。

 後はこの掃除機をリビングに運んでそのままソファーでグダグダ。


 うん、いいんじゃね?


 惰眠を貪る夏休み。

 まさに至高の過ごし方。

 是非とも皆さんに真似していただきたい。


 俺は掃除機を片手に取ると、そのままリビングヘトヘト運ぶ。

 そして、リビングへの扉を開けるとーーーー


「あちゅい……」


「確かに暑いですね……」


 目に入った光景は、清楚な白のワンピースを皺にすると言わんばかりに寝転がる銀髪美少女。そして、お行儀よく正座をして手で仰ぐ青の半袖パーカーを着た金髪美少女の姿。


 どうしてだろう?

 異彩な美少女オーラを放つであろう彼女たちからは昔のような貫禄が見当たらない。


「お前ら、だらけ過ぎじゃね?特にアリス」


「だって暑いんだもん……」


「えぇ……楓、エアコンとやらをつけませんか?この調子だと勉強すら落ち着いてできません」


 俺に声をかけられるや否、彼女たちは力なく返事をする。


「勇者だった頃なんかこれ以上に暑いところに行ってたりしたんじゃないのかよ」


「それはそれ、あの時は命がかかってたからね!」


 それもそうか。

 命の危険があったからこそ、多少の暑さも我慢していた。しかし、今はそんな命のやり取りはない平和な世界。だらけてしまうのも無理がなーーーー


「ーーーーくないだろ。ちゃんと座りなさい、皺になっちゃうでしょうが」


「最近、楓の母親っぷりに驚かなくなりました」


 俺はアリスの元まで近寄り、ゆっくりとその体を起こした。

 サラリとした銀髪が引っかからないように丁寧に、仄かないい香りがしても変な気など起こさず、柔らかい感触にドギマギしないように注意する。


「ほらアリス。仰いでやるから」


「ふにゃぁ〜」


 そして、そのままアリスを俺の膝の上に乗せると、置いてあった団扇を使ってアリスを仰いでやる。

 すると、アリスは気持ちよさそうにその顔を俺の肩に埋め始めた。


 ……まったく、この子ってやつは。


「ふにゃ……うへへ」


 変な笑いが少し心配になってくる。

 ……この子は将来ちゃんと生きていけるのですかね?


「あ、あの……楓?」


 俺がアリスを仰いでいると、不意にセシリアから声をかけられる。


「ダメだぞ?お前もこの世界の事を勉強しなきゃならないのは分かってる。むしろ偉い!って褒めてやりたいところなのだが、エアコンはダメだ。電気代以前に暑さに対する耐性が作れなくなってしまうからな」


 聖女であるセシリアは、最近この世界で過ごし始めたばかり。

 まだこの世界のほとんどを知らないし、見たことがない。


 だから、彼女は彼女なりに勉強しているらしい。夜遅くに部屋の明かりがついていたので、この前そっと中を覗いたのだが、なんと机に向かって勉強していた。


 偉い!すごく偉い!なんて勤勉なんだ!

 ……少しはアリスにも見習わせたい。


 しかし、エアコンだけはダメ。

 ここで甘えてしまったらいつまで経っても甘えたままになってしまうからな。

 頑張っているセシリアには心苦しいが、我慢してもらわなければ。


「い、いえ……そうではなくてですね……」


 顔を朱に染め、体をモジモジさせるセシリア。

 そして、そのままおずおずと口を開いた。


「わ、私にも仰いでいただけないでしょうか……?」


「おう、いいぞ」


「即答ですか!?」


 俺が了承すると、何故かセシリアは驚いてしまった。

 ……何がそんなにおかしいのだろうか? セシリアの方からやって欲しいってお願いしたくせに。

 ……やっぱり、人間はよく分からんな。人間として生涯唯一の課題だな。


「ほれ、はよぉう来い。あ、それとそこのもう1枚の団扇とってくれ」


 俺は少し離れた場所で恥ずかしそうに驚いているセシリアに手招きをする。

 そして、セシリアは少しばかり逡巡した後、ゆっくりと団扇を持って俺の元までやって来た。

 そしてーーーー


「し、失礼します……」


 そして、俺の膝に恐る恐る座った。

 ……うぅん、やっぱり少し体勢がキツイな。しかし、ここで弱音を吐いたら少しかっこ悪い。魔王たるもの、この程度で文句を言うなんて言語道断。


 だから俺は空いた手を使って、セシリアを仰いでやる。

 ……やっぱり、アリスもいるし仰ぎにくいな。


「ふふっ……」


 そして、セシリアは気持ちいいのか、アリスと同じく俺の肩へと気持ちよさそうな声をあげて顔を埋めた。

 ……こいつらは、俺の肩に顔を埋めるような傾向でもあるのだろうか?


 セシリアはもう少し大人っぽいしっかり者のイメージがあったんだが、最近はアリスと同じ感じがするな。

 それも、この世界にやって来たからなのか?


 子供が増えたような気がして、俺は小さく嘆息をーーーー


「ーーーーって、痛いんだがアリスよ?」


 ーーーーつこうとすると、不意に肩から少しばかり痛みが走った。

 そして、気になり視線を動かしてみるとーーーー


「うぅ〜〜〜〜〜っ!」


 恨めしそうな目をして、俺の肩に噛み付いていた。

 決して痛くはない。甘噛み程度で少しばかり変な趣味に目覚めてしまいそうだったが、ここはぐっと我慢する。


「うぅ!うぅぅぅっ!」


 ……こんな態度をするアリスは、機嫌が悪い合図だからなぁ。


 この場合、アリス的には俺が何か悪いことをした時にするらしい。

 しかし、俺は全くを持って心当たりがない。



「はぁ……ゴロゴロするつもりだったんだがなぁ……」


 朝一番、ゆっくりと寛ぐ予定だったのが、少しばかり面倒になった。


 アリスの機嫌をどう治すか。そのことを考えてしまった。

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