第二章

プロローグ

 古き城の門前。

 大きく聳え立つこの門はあちらこちらに焦げた跡が目立ち、新し頃の面影が全く見えない。

 あちらこちらからカラスのようなカラスではない生き物の鳴き声が聞こえてくる所為か、この場所に不吉な空気が漂っている。


 そんな場所には人っ子一人見当たらない。


 ……そう、人はいない。


「……魔王様ぁ」


 鳴き声の所為か、そんな呟きは周囲には聞こえない。

 すすり泣く嗚咽。その声の元を辿ってみると、地面には濡れたような跡が残っていた。


「……魔王様ぁ」


 その影からほろりと雫が垂れる。

 きっと、この濡れた後はこの雫が滴っているからだろう。



 影は、大きな耳を持っている。

 鋭い牙もなく、尖った爪もない。


 一見してみればその影は幼い子供のように見えてしまう。

 しかし、この影は異様な空気ーーーーもとい、風貌をしていた。


 赤い太陽が影を照らす。

 そして、影の姿が明るみとされたーーーー



 頭上に大きな耳。

 両手にはぬいぐるみと思わしき物体。

 黒のレースを基調としたゴスロリ服。


 恍惚とした黒髪は、地面いっぱいに広がっており、しゃがみこむその姿はまるで迷子の子供のよう。


「おうおう!いつまでめそめそしてんだい嬢ちゃん!」


 しかし、迷子ではないことは他に聞こえる声によって明らかだった。


「ステイ……あんた、ケルのことを考えて言いなさいよ」


「なにおう!? いつまでも嬢ちゃんがめそめそしてちゃ、他の奴らが心配するだろうがぁ、アナベル!」


 少女の嗚咽とは裏腹に、そんな声が辺りに響く。

 人影も生き物の気配もない。


 では、この声の主は何処にいるのだろうか?


「ケルの気持ちを考えれば仕方の無いことよ……主がいなくなっちゃったんだから」


「主様は偉大に戦ってその命を散らしたんだ!それは受け入れてやらないと、主様が悲しむだろうがァ」


「それはそうだけど……」


 探せば、すぐに見つかる。

 しかし、見つけたとしてもその異様な光景に口を開いてしまうだろう。


 鋭い目付きをした犬のぬいぐるみ。

 片や同じ優しそうな顔をした犬のぬいぐるみ。


 声の元を辿れば、その声は少女の手にあるパペット人形だった。


「……魔王様ぁ」


「あぁあもう!泣くな嬢ちゃん!」


「ケル……気持ちは分かるけど……」


 その人形の顔が変わる。

 少し悲しそうで、それでいて少女を心配していそうなもの。




 少女は、主の帰りを待っている。


 雨の日も風の日も、嵐の日も。

 少女はヌシの帰りをここで待っているのだ。


 それは主に託された役割。

 それでいて、少女が望む主との関係値だった。



 しかし、あれから三ヶ月。


 主はこの門を潜ることはなかった。

 笑顔でやって来て、通り様に少女の頭を撫で、時には一緒にここでご飯も食べた。

 あの輝かしかった日々はもうやって来ない。


 それは、主が死んだという凶報によってーーーー



「……魔王様ぁ」


 それでも少女は待っている。

 いつか主がこの門を潜ってくれることに、無い可能性に縋るために。


 分かっている……分かっているのだ。

 主がここに現れないということも、私の頭を撫でてはくれないということも。


 でも、それでもーーーー


「……会いたいよぉ」


「ケル……」


「嬢ちゃん……」


 その一言は、アナベルとステイと呼ばれる人形の心にどれだけ伝わったのか。

 きっと、その表情から察するに痛いほど伝わってきたのだと思う。


 だからこそ、それ以上の言葉を投げかけてやることが出来なかった。



「ここに来るのは久しぶりじゃないかな?」



 すると、門を正面とした森から突然と声が聞こえてきた。

 焦げ茶色のローブを身に纏い、薄い白髪を切りそろえた青年。その姿が少女の前に現れた。


「てやんでぃ!貴様、賢者じゃないかぁ!?」


「賢者……なんの用よ?まさか、ケルをーーーー」


 人形2つが宙に浮く。

 その顔は警戒心剥き出しの鋭いものだった。


「ははっ、違う違う。今更君達と争う気になれないよーーーー今、君達を襲ったら僕の友に怒られちゃうからね」


 賢者は両手をあげて、交戦意思がないことをアピールする。

 しかし、アナベルとステイはその警戒をとく事はなかった。



「魔王軍幹部、『番犬・ケルベロス』……君達に、ある提案をしに来たんだ」


 賢者は、そのローブを翻し飄々と告げる。


「あぁして格好つけてみたのは良かったけど……ぶっちゃけ、結構僕達じゃきついものがあるんだよ。だから、君に手伝ってもらおうって思ってさ」


「なんの話だぃそれはぁ!?」


「人間風情が、ケルに手伝ってもらう……ですって?」


 二つの人形の顔が怒りに染まる。

 それは今まで彼らのやってきた事を考えれば、当然の反応だった。


 しかしーーーー







「僕が提示できる対価は『君達の主に会わせてあげる事』ーーーーどうだい?手伝ってくれないだろうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る