1人の女の子として幸せに———

「そ、それはなりません!私は聖女として、セシリアとして民を守らなくてはいけませんから!」


 賢者の発言にセシリアは否定する。民を守る為には自分の力が必要になる。聖女としても、セシリアとしても民を助ける為に帰らないといけない————そう、訴える。

 しかし、そんなセシリアに賢者は諭すように言葉を続けた。


「君は役目に引っ張られすぎている。聖女としても、セシリア自身としても民を守りたい気持ちはあるのは分かっているよーーーーでもね、頑張りすぎだ。君は、アリスと同じで自由になってもいい頃合いなんだよ」


 アリスと聖女は似ている。それは俺も感じていたことだ。

 聖女である彼女は人一倍の民を思う心を持ち合わせており、こうして厄災から民を守る為、苦渋の決断をしてまでアリスを連れ戻そうとした程だ。

 そんな彼女は間違いなく向こうの世界に戻れば拳を握る。民の為に、厄災に立ち向かうのだろう。


 ……まだ、年端もいかない女の子である彼女が。


 だから、賢者は聖女に告げる。

 女の子として幸せな人生を送れーーーーと。


「し、しかし……」


 それでも、セシリアの中では何か納得ができていない。それは、さっきまで『聖女』として過ごしてきたからだと思う。


「もし、どうしてもダメだったら僕が呼びに来るよ。でも、これだけは信じて欲しいーーーー君がいなくても、人は強い。だから……安心して」


 だから賢者はセシリアに訴える。安心してくれと、その目を真っ直ぐ見て。

 ……仕方ない。賢者がそこまで言うのであれば、俺が助け舟を出さなきゃな。


「セシリアもいいじゃないか。この世界でゆっくりして行けよーーーーどうせ魔力が貯まれば帰りたい時に帰れるんだ。心配だったら、たまに顔を出せばいい」


「……」


「人を信じろよ。お前が愛する人類をーーーー大丈夫、あいつらは強いよ。何せ魔王たる俺を倒したんだからさ」


 業腹だが、人類は強い。

 非力、非凡、非才————魔族とは身体能力も劣るにも関わらず、魔族との戦争に勝利した。

 様々な恩恵や、己の知力を振り絞り、勝ち星を挙げることができたんだ。


 だったら、今回の厄災にも勝てるかもしれない。

 それは、賢者たる少年もそう言っている。


「セシリアちゃん、信じてみよ?」


「アリス……」


 アリスはセシリアの手を取る。


「ユリスくんがここまで言ってるんだもん……私は信じるよ。そりゃ、心配ではあるけど————それでも、私は人類が弱くないと思ってるから」


「そうそう、少しは僕達を信じなよ。セシリアは、この世界で普通の少女として生きるんだ。そして————幸せになりなよ」


 賢者も、セシリアの顔を見て優しくほほ笑む。

 彼だって、アリスと同じでセシリアの幸せを望んでいる。それこそ、仲間として、友達として。


 二人の眼差しがセシリアを捕える。

 そして、セシリアは————


「はぁ……分かりました。ユリスを————いえ、人を信じることにします」


 嘆息し、二人の意見を飲んだ。

 それは重い決断だったのか、彼女は未だに不安そうな顔をしている。


「しかし、少しでも民が危ないと判断したら私を呼んでください。そうすれば、私と楓がすぐに向かいますから」


「こら、さらりと俺まで巻き込むな」


 どうしてそこの流れで魔王たる俺を呼ぶんだ? 普通は勇者であるアリスだろ?


「あら? 先ほど一緒に救ってくれると言ってくれたではありませんか?」


「それはそうだけどさ……」


 だからと言って、すぐさま巻き込むのはいかがなものか? この前まで滅茶苦茶俺の事を嫌っていたくせに。


「ユリス……」


 軽い微笑を浮かべた後、セシリアは賢者に向き直る。

 そして、長い金髪を垂らし頭を下げた。


「向こうでのこと、よろしくお願いいたします。私は、この世界で『セシリア』として過ごさせていただきたいと思います。そして————幸せに過ごしますから」


「うん……分かった」


 セシリアの言葉を聞くと、おもむろに賢者は俺のところに向かってきた。


「セシリアを、よろしく頼めないかな? 彼女は、いろいろと頑張ってきたから……幸せにしてやって欲しい。これは賢者としてではなく、彼女の友人としてのお願いだ」


 あぁ……そんなの、答えは決まっているじゃないか。


「その願い、魔王としてではなく黒崎 楓として聞き届けよう。アリスは勿論、セシリアが、一人の女の子として幸せになれるように俺が責任を持って支え続けてやる」


 哀れな少女の為、俺の理解者の為、彼女を幸せにしてみせよう。

 この世界は幸せな日常で溢れている。困難が起こればまた今回みたいに立ち向かってやろう。

 今まで宿命と言う重りを抱え続けた少女が笑える為に。


「それなら……僕はもう安心だ」


 俺の言葉を聞いて、賢者は背中を向ける。そして、暗い路地へと足を進めた。


「向こうの世界のことは任せてよ。賢者『ユリス・ミラー』の名において、必ず民を守って見せる———たまには帰ってきてね。僕も遊びに来るけど、君達に合わせたい人もいるからさ」


 そう言って、賢者は足元を小突いた。すると、地面に淡く光る魔方陣が現れる。


「またね、ふたりとも。また近々会おうじゃないか」


「うん! またねユリスくん!」


「ユリス……ありがとうございました」


 アリスは元気に手を振って、セシリアは頭を下げて。

 俺は————


「頑張れよ賢者。何かあったら、すぐに呼びに来い。魔王としてではなく————黒崎 楓として、友の為に助けてやるからさ」


 最大の敬意を持って、彼を見送る。

 役目に追われた少女たちの為にここまでしてやってるんだ。賢者は、一人の男として素直にかっこいいと思う。

 だから……かなり不遜ではあるが、友と呼ぶにふさわしいのではないだろうか?


「ははっ、魔王に友と呼ばれる日が来るなんてね————でも、不思議と嫌じゃないよ」


 そんなセリフを残し、賢者の姿は忽然と消えた。

 淡く光っていたこの夜道も、再び薄暗くなってしまった。


 俺達は、賢者の姿を見送ると————


「———さて、帰るか我が家に」


「うん! 今日はもう遅いけど、帰ってご飯にしよー!」


「いえ、もう寝る時間だと思うのですが……」


 俺達は背を向けて、我が家への帰路につく。






 不安もある。

 それでも、賢者が大丈夫と言ったのであれば心配はないだろう。



 なら、俺達に出来ることはこの平凡な日常を謳歌することだけ。


「それより、俺はもう一回風呂に入りたいわー。血で汚れちまったし」


「私も……汚れてしまったのでお風呂に入りたいですね」


「お? なら一緒に入るか?」


「ばっ、馬鹿なこと言わないでくださいっ!?」


「……クロちゃん?」


「アリスよ……冗談だから、そんなハイライトの消えた目で見ないでくれ」



 そんなやり取りをしつつも、俺達の顔には笑みが浮かんでいた。



 ……とりあえずは、第一幕が無事幕を下ろした。

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