聖女VS魔王(2)

 そこからの攻防は一方的だった。避けることもままならない俺はセシリアの殴打を受け続け、至る所に痛みが走る。


「……がふっ!」


 やはり、身体強化をしている相手に対して生身というのは中々に分が悪い。

 いくら男女の筋肉量が違うとも、身体強化で鉄並の硬さまで強化された体に、俺の殴打はあまり通用していない。

 ……急所に、一発でもぶち込めば話は変わるんだがな。


「……しっ!」


 セシリアの掌底が俺の顎を捉える。その所為で、口の中は血の味しかしなかった。


「……そろそろ諦めたらどうです?」


「……ははっ、寝言は寝て言え」


 足と膝が震えている中、それでも俺は出来る限り毅然に振る舞う。

 その姿を見てか、セシリアは唇を噛み締めた。


「あなたはもう限界を迎えているでしょう? 今、諦めてくれたら命まではとりません」


 確かに、今の俺は限界を迎えているんだと思う。

 頭や口からは血が滲み、体の節々から痛みを感じる。それに、セシリアの魔力を浴びたからなのか、気だるさを通り越して吐き気までする。意識も朦朧としてきた。


 しかし————まだ俺は立っている。


「……随分とお優しい聖女様じゃねぇか。昔の時は、問答無用で殺しに来ていたくせに」


「ッ⁉」


 魔王時代、勇者パーティを連れてきた時の彼女は本当に容赦がなかった。


 本気で俺を殺そうとし、全力でぶつかってきた。

 だが、今の彼女はどうだ?


 魔術が使えない俺と圧倒的な差があるにもかかわらず、最後の一手に移ろうとはしない。先程から俺の体に拳を叩き込んでいるものの、急所には当てていない。


 ……それは何故か?


「……お前には迷いがあるんじゃないか? このままアリスを向こうの世界に連れて行ってもいいのかさ」


「……」


 セシリアは動きを止め、語る俺を黙って見据える。


「俺なんかすぐに倒せる……けど、そうしない……何故か? 心のどこかでお前は、俺に止めて欲しいって思ってるんだろ?」


「……」


 核心をついた発言を聞いても尚、セシリアは口を開こうとはしない。

 だったら、このまま続けさせてもらおう。


「……安心しろよ。俺は倒れないし、倒れてやる気もない。夜が開けるまでお前の迷いに付き合ってやる。全力で、止めてやるさ」


 確かに、今の俺は弱い。魔術が使える相手なら、手間もかからず倒せてしまうだろう。

 それでも、俺は倒れてやる気はない。

 彼女が————アリスが、隣にいないとダメだから。


「……して」


 先程まで黙っていたセシリアが口を開いた。


「どうして……? あなたはそこまでしてアリスを守るのですか?」


 その表情には疑問————と言うよりも、少し悲しそうな表情をする。己は正しいのか、魔王たる俺が正義なのか、アリスはどうするべきなのか————きっと、色々な想いが入り交じっているんだろう。


 しかし、セシリアの想いなんか知ったこっちゃない。俺は俺らしく、彼女の問いに答えよう。


「……さっきも言ったが、俺はアリスが大好きなんだよ。笑って、泣いて、怒って、甘えて————そして、幸せそうなアリスが好きなんだ」


 笑ったアリスの笑顔が見たい、泣いたアリスを支えてあげたい、怒ったアリスに共感してやりたい、甘えてくるアリスを甘やかしたい、幸せそうにしているアリスの————隣にいたいんだ。


「だから、俺はアリスの幸せを望む。アリスは、きっとこの世界にいた方が幸せになれる————だからこそ、俺はお前の前に立ちはだかるんだ。誰が為ではなく、己の為に」


 その為なら、いくらでも立ち向かおう。いくらでも立ち上がろう。いくらでも怪我をしてやろう。

 最後にアリスが隣に立っていれば、俺はそれで充分なんだ。


「……魔王だった俺が、女神の操り人形である聖女に一つアドバイスしてやる」


 俺は額から流れる血を拭い、セシリアを真っ直ぐと見据えた。

 できる限り優しく、諭すように————聖女ではない彼女に告げる。




「誰かの為に行動するな。自分の為に行動しろ————それが、自分にとって最善の結果に繋がるはずだから。だれかの……いや、女神の操り人形になるな。お前は、女神の玩具なんかじゃなくて————人を人一倍愛する、一人の女の子なんだからさ」



 他人からの意見を己の意見より上にしてはならない。

 上にしたところで、絶対に後悔してしまうのだから。他人の意見が最良かもしれない、簡単な道なのかもしれない、救える者が多くなるのかもしれない。


 けど、最後には後悔する。他人は後悔していないかもしれないが、自分は絶対に後悔するのだ。

 だからこそ、最良でなくても己が意見を突き通せ。参考にするだけでいい。さすれば、後悔の無い選択に進めるから。



「私は……」





 聖女は拳を下ろす。その手には、俺の血が付着しており、白装束も所々赤に染まっていた。

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