聖女VS魔王(1)
魔術とは、大気中の魔力を己の体内へと吸収し、この世の事象に意識を介入させ、再び新たな事象としてこの世に顕現させるものである。
故に、大気中に魔力さへ取り込むことが出来れば誰でも魔術を扱うことができるのだ。
しかし、逆に言えば体内に魔力を吸収出来なければ、魔術は使えないということ。
つまり————
(今の俺には魔術が使えない……)
きっかけは掴めた。それでも、未だに魔力を取り込む方法が見つからないでいた。
『この世界には魔力が存在する』
セシリアが断言したなら、今も尚この待機中には魔力が漂っているのだろう。
そして、それをセシリアが取り込むことができているなら————いや、転移しようとしているのであれば、彼女は魔力を取り込んでいるに違いない。
だとすれば、セシリアは魔術を使える。遠距離の魔術を使われてしまっては、魔術が使えない俺は防戦一方になってしまう。
だから、俺はセシリアまで一気に突っ込むしかない。
俺が使える手札は肉弾戦のみ。遠距離で魔術を食らえば、リーチの差で確実に負けてしまう。
だからこその接近。距離を離さず、至近距離での交戦しか俺に好機はない。
「ふふっ、やはりあなたは魔術が使えないのですね」
「ッ⁉」
軽い微笑を浮かべた聖女が————俺に向かって突っ込んできた。
魔術を使える彼女が何故? 聖女と言えど、浄化や癒しの魔術以外にも魔術は使えるはず。距離さへ保って攻撃してくれば、一方的な交戦に望めるというのに。
(しかし、近づいてきたのであれば好都合。このまま肉弾戦へと持っていく!)
そして俺は体勢を低くし、聖女の懐へと飛び込む。
手加減はしない。ならばこそ、己の右腕を捻り、掌底を鳩尾へと————
「私……実は接近戦の方が得意なんですよ?」
すると、セシリアは軽く身を捻り俺の掌底を躱す。そして、捻った回転を利用し、そのまま俺の脇腹に回し蹴りを放ってきた。
「かはッ⁉」
俺の体が宙に浮く。そのまま、俺の体は横のコンクリートの壁にぶつかってしま
う。
「……ッ!」
……回し蹴りだけでこの威力————野郎、身体強化の魔術を使ってやがるな。
並の女の子がこんな強い蹴りを放てるものか。
「いかがです? 魔術を使っていない人間の体は脆いでしょう?」
ぶつかった衝撃で、頭から薄らと血が滲む。
それを見て、聖女は挑発的な笑みを浮かべた。
……くそっ、セシリアの言う通り、確かに人間の体は脆い。昔の体であれば、こんな攻撃で傷なんてつかなかったのに。
「こちとら、十数年この体で生きているんだ。別に脆いなんて今更だよ」
背中と横腹に痛みを感じつつも、平静な態度をとって我慢する。
「無理しなくてもいいのですよ? 別に、降参していただいても結構ですので」
「嫌なこった!」
そして、俺は立ち上がりそのまま地を蹴る。
……さっきは油断してしまったが、追い切れないスピードではなかった。
セシリアは近づいてくる俺に向かって拳を構え、そのまま俺を迎え撃つ。
「……ふっ!」
再び掌底。今度は顎下に狙いを定める。しかし、聖女はそれを悠々と避け、右拳を俺の鳩尾に向かって放つ。だか、俺は反対側の手を使っていなした。
「肉弾戦得意って言うのは本当みたいだな⁉」
「ふふっ、以前の魔王相手ではこんな肉弾戦は通用しませんでしたからね。あなたが知らないのも、無理がありません」
「そりゃそうだ!」
余裕な表情で蹴りや突きを放ってくるセシリアに対して、俺は必死に避け続ける。
「聖女が肉弾戦得意とか、イメージ違いすぎんだろ⁉」
「あら? こういう聖女はお嫌いですか?」
「聖女は誰だって嫌いだよ!」
面倒事ばかり持ってくるし、魔族にとって弱点でしかない『聖』の魔力を持っているしな!
「ふふっ、私は別にあなたの事は嫌いではなくなりましたよ」
「なんとも嬉しい評価なこって!」
軽口を叩きつつも、薄暗い夜道には打撃音しか響いていない。
それぞれ攻撃を避け、生み出し、それを交わしていく。
そんな攻防が数分程続いた。
「私達協会に属する者は、民以上に女神の恩恵を受けています」
激しい攻防の中、不意に聖女がそんな話をした。
しかし、俺には耳を傾ける余裕なんてなく、必死に彼女の攻撃を避け続け、隙あらば攻撃を仕掛けていく。
「女神の恩恵には様々なものがありますが、その中の一つに『魔族に対する武器』というものがあります」
……な……んだ?
徐々に、セシリアの攻撃が追いきれなくなってきた。
彼女のスピードが上がった……のか?
「それは魔族の弱点である『聖』の魔力。他者を癒し、魔族を浄化する。それを最も得意とするこの魔力は、魔族にとって害でしかない」
い……や、違う……これは……。
「何故今は人間であるあなたに? という疑問は残りますが、それでもあなたは私の魔力がお嫌いな様子」
俺の方が弱っているのか……!?
確かに、今の俺は人間であるはずなのに、今日は彼女といると少しだけ気分が悪くなった。
しかし、先程までは戦いに夢中になっていたのか、さっきまでは全くをもって気だるさを感じなかった。
それが、今になって現れて来たと言うのか……⁉
「ふふっ、あなたが私といると弱ってしまう————というのは、一緒にお出かけした時に気づきましたよ? そうでなければ、肉弾戦が得意だからといって、こうして接近戦に持ち込もうなんて思いません」
……今になって理解出来た。今、どうしてここまで気だるくなっているのかも、彼女が遠距離の方が有利であるにも関わらず、こうして肉弾戦で戦っていたのか、ということも。
「……俺がこうしていきなり気分が悪くなったのは、お前が魔術を使っているから、お前が接近戦にしたのは、俺が弱りやすいようにするため」
「えぇ、どれも確証はありませんでしたけど……ね!」
セシリアの威力が篭った蹴りを鳩尾に受けてしまう。
弱っている所為か、力が入らずガードや受け身をとることもままならなかった。
俺の体は何回転も地面を転がり続け、やがて再び壁にぶつかる。
「……ッ!」
「まさか、私が魔王相手に圧倒できるなんて————想像がつきませんでした」
「……俺も、お前に圧倒されるなんて、思ってもみなかったよ」
そして、ゆっくりと白装束を靡かせているセシリアが近づいてくる。
「……これで、終わりにしましょう」
やがてセシリアは、起き上がることもままならない俺の前まで近づいてきた。
「……誰が終わりなんか決めたよ」
それでも、お腹の痛みを堪え、俺はゆらゆらと立ち上がる。
「……倒す気があるなら本気で来い。言っておくが、俺はまだやれるぞ」
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