追想~私の中の『魔王』が『黒崎 楓』になった話~
クロちゃんには話していないけど、私が前世の記憶を取り戻したのは、クロちゃんに初めて会った時だ。
ロシアで過ごしてきた私は、見慣れない文化の地で暮らすことに戸惑いと不安を覚えていた。
たまに日本に遊びに来ていたけど、それとこれとは話が別。だってここで暮らすことになるんだから、旅行気分とは全く違う。
しかも、暮らす先には男の子がいて、その子と二人っきりで暮らすなんて聞いた時には耳を疑った。
でも、お父さんの得意先の子で、優しい子だから安心————そう言われたから、渋々了承したのを覚えている。
だから私は一人で日本に来て、これからの家のインターホンを押した時はかなり緊張した。
そして、出てきたのは一人の女性。優しそうな雰囲気に、おっとりとした口調。それだけで、少しばかり緊張がほぐれた。
そして、その後に一人の男の子が顔を出した。
(こ、この子が私と暮らす人……)
黒髪を程よく切り揃え、程よい顔立ちで、これといって特徴的な人ではない。
でも、私はその男の子の顔を見た時、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
その時からだ、私の前世の記憶が蘇ったのは。鮮明に、唐突に。思い出した私は思わず襲いかかってしまった。
上品な黒マントも、特徴的な角もなかったが、纏う雰囲気と、顔立ちでよく分かった。
それから、私はクロちゃんに対してかなり敵対心が芽生えるようになる。
かの魔王が生きている。魔王は、勇者である私が倒さなくてはいけない。
でも、相手はお父さんの大事な取引先の息子さん。手を出してしまうと、迷惑がかかってしまうし、この世界の人殺しに正義はない。
だから私は極力クロちゃんを無視し、与えられた食事も拒否、たまに己の使命感に我慢できなくなって夜中に襲いかかることもあった。
私が生まれ変わったのは、クロちゃんを————魔王を倒す為。
そんな使命感が強く残っていたんだ。
記憶を取り戻し、この世界————日本で過ごしてきたある日。
私はいじめの現場を目撃した。
複数の男の子が一人の女の子を囲んでいじめている。
そんな現場を見た私は、すぐに足が動いた。
昔の私だったらこんなことしなかった。せめて出来たのは、大人を呼んでくることだけ。
それでも足が動いたのは、きっと前世の記憶を取り戻し、勇者として己の中に正義が宿ったからだと思う。
「何してるの⁉ その子から離れて!」
精一杯腹から声を出し、男の子達の注意を引く。
幸い、男の子達は私の存在に気づき、注意をそらすことが出来た。
————でも、そこからだった。
私は複数の男の子達に逆に囲まれてしまい、みんな下卑た笑みを浮かべている。
かつて勇者だった私が、こんな顔を見て臆することなんてなかった。
しかし、その時の私は足が震え、そこから先の言葉が出なかった。
……今にして思えば当たり前だと思う。
勇者であった勇敢な私だけではなく、この体には十数年普通の女の子として過ごしてきた私が存在するのだから。
そんな私が、複数のイカつい男の子達に囲まれて恐怖を抱かないわけがない。
そして、笑みを深めた男の子達が私の体に手を伸ばす。いい顔だ、体も中々、あいつの前にこいつで遊ぼうぜ。
そんな言葉と共に触れようとしてくる手から逃げないといけないはずなのに、私の体は動かなかった。
そして————
「おい、うちの同居人に何手を出してんだコラ?」
一人の男の子が現れた。その声は私が今まで忌み嫌い、邪険にしてきた人。
そんな人が、怯えて足がすくむ私の前に現れたのだ。
それから、クロちゃんの一方的な暴力が始まり、やがて下卑た笑みを浮かべていた男の子達は地に伏せてしまった。
私は泣いたよ。
怖くて、情けなくて、敵であるクロちゃんに助けられて。ぶり返してきた恐怖やいろんな感情が混ざり溢れる涙と共に吐き出してしまう。
そんな私を見て、クロちゃんは優しく抱きしめてくれたんだ。
「ごめんな……俺の所為でこんな目に合わせてしまってさ」
その一言の意味が今だったら分かる。
クロちゃんは私が知らないだけで、本当は優しくて、仲間を想いやって、頼りになる男の子。無慈悲に痛めつけることを嫌う————魔王らしくない人。
「もう、大丈夫だからさ……俺が守ってやるから」
私はわんさか泣いたし、クロちゃんを攻め続けた。
今までクロちゃんに冷たく当たっていたのに、どうして助けたの、どうしてそんな事言うの、どうして————
人を襲ったの。
クロちゃんは泣く私をおんぶして、家まで運んでくれた。帰り道、クロちゃんの話を沢山聞いた。
向こうの世界でのこと、ここで過ごしてきたこと、これからのこと。
「お前が俺を嫌うのは構わねぇよ。それは仕方ないと思ってるから。俺は俺の理由があってお前達人間を襲った。それを今更許して欲しいなんて思わねぇし、謝る気もない————でも、お前の命を摘み取ったのは俺だ。その分の責任は、俺が負わなくちゃいけない」
その言葉を紡ぐとき、クロちゃんはすごい真剣な目で私を見てきたんだ。
混じりっけのない本心。前世で培われてきた私の感も、嘘をついていないって言ってる。
「魔王は……この世界に来て変わった?」
「俺は俺だ。そりゃ、多少は変わったかもしれねぇが————根本は変わんねぇよ」
「そっか……」
このきっかけをかわきりに、私のクロちゃんに対する印象は大きく変わった。
冷酷無慈悲の怪物である『魔王』ではなく、優しくて、頼りになって、ちょっとぶっきらぼうな『黒崎 楓』に。
だから私は、普段通りに接することにした。無視したり、襲いかかるのではなく、一人の人間————ううん、クロちゃんとして。
そして一年の時が過ぎた今、私はこう思っている。
大好きだよ、私の理解者。
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