一人加わる同棲メンバー

 それからは主にアリスと聖女の雑談で盛り上がった。

 昔のこと、今のこと。それぞれ話したいこともいっぱいあったのだろう。一向に収まる気配もないまま、一時間が過ぎていった。


「……ふぁぁっ」


 話の最中、アリスが大きな欠伸をした。瞼も落ちかけていて、眠たさもピークに達したのだろう。


「アリス、そろそろ寝るか?」


「うん……」


 瞼を擦りながら、虚ろな目で俺を見上げる。

 ……本当に、子供っぽいなぁ。しかし、そこが可愛いというかなんというか。


「今日はもう寝ろ。明日は学校なんだから、起きれなくなったら嫌だろ?」


「ごめんね……」


 そう言って、アリスはおぼつかない足取りで自室へ向かっていった。

 ……これで明日起きれるといいんだが。


「……まるで親子ですね」


 麦茶を啜りながら、聖女がそんな言葉を漏らした。


「甘やかし過ぎたとは思っている」


 改善する気はないが。


「では、私もお暇しますね」


 そして、アリスがいなくなった途端、聖女は立ち上がる。


「まぁ、待て。少しだけ、話をしないか?」


「……まだ何かあるのですか?」


 俺が手で制すと、聖女は怪訝そうな顔をした。


 ……そんな嫌そうにしなくてもさ。


「あぁ……ちょっとお願いしたことがあってな」


「……まぁ、いいでしょう。業腹ですが、あなたには一度助けられた恩がありますから」


 飯を食べさせてあげたことは恩に入っていないのね。

 嘆息つくと、聖女は再び椅子へと腰掛ける。


「あんがとよ」


 俺は小さくお礼を言うと、聖女に向かって顔を合わせる。


「それで、お願いというのは何ですか?」


「あぁ……お前は、まだ向こうの世界に帰るつもりはないんだろう?」


「えぇ、そうですね。魔力も回復していないですし、しばらくはこちらの世界にいるつもりです」


 やっぱり、ここは魔力が薄いからなのか、すぐには転移できないようだ。


「その間だけでいい、この家で暮らしてくれないか?」


「……は?」


 俺の提案に、聖女は素っ頓狂な声をあげる。


「宿に宛があるなら断ってくれて構わない。宿に宛がないならっていう話だ」


「それは宛がある訳ではないですけど……」


「だったらここで住まないか? 親には俺から話を通しておくし、お前にとっても悪い話じゃないはずだ」


 宿の宛がないのなら、彼女は宿無しなはず。

 まぁ、彼女も勇者であるアリスと一緒に旅をしていたという話だし、野宿には抵抗はないとは思うが、あるに越したことはない。


 この世界は、向こうの世界よりも違う意味で女の子一人には危険すぎる。


「それに、魔力が回復するのは明日すぐってわけじゃないだろ? その間の食事も俺が面倒みよう」


 仕送り以外にも金は沢山ある。

 ……どうやって貯めているかは、バイトってことにして欲しい。それでも、悪事を働いている訳では無いので、そこは安心してくれ。


「その提案は、確かに私にとっては願ってもないことばかりです。宿もありませんし、食事も、多分この国のお金も持ち合わせがありません」


 しかしと、彼女は怪訝そうな顔で俺を見つめた。


「……何が目的です? あなたにとって私は敵のはず。ここまで私に都合のいい話を持ちかけるなんて、怪しさしかありません」


「まぁ、普通はそう考えるよな……」


 当たり前だ。前世————彼女にとっては最近まで敵同士だった人からの提案。

 自分にとってはメリットかもしれないが、知らない所でデメリットが潜んでいると疑うのは当然。


 だけど————


「アリスがさ……前に言ってたんだよ「セシリアちゃんに会いたい」って……」

 いつだったか、俺が向こうの世界の手がかりを探している時。


 彼女は昔の仲間に会いたいって言ったんだ。


「せっかく会えたんだ……帰るまでは、一緒にいさせてやりたいんだよ。あいつも、それを望んでいると思うからな」


「そうですか……」


 俺の話を聞いて、聖女は考え込むように俯く。

 ……この話は嘘偽りない俺の気持ちだ。


 出来うることなら、彼女が笑っていられるようにしてやりたい。

 ……まぁ、魔王らしくない発言だとは思うが。


「……あなたにとって、アリスはどういう存在なのですか?」


「アリスは俺の理解者だよ。この世界で唯一、俺の事を知ってくれる、優しくて、正義感の強い————一人の女の子だ」


 アリスは俺の事をどう思っているかは分からない。


 でも少なくは、彼女も俺の事を理解者だと思ってくれているのではないだろうか?


「……魔王として、最後に聞かせてください」


 顔を上げ、彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめる。


「あなたが人間と争っていたのは、何故ですか?」


 ……そんなの、魔王になった時から変わってない。


「俺が求めていたのは魔族の『平和』だ。それ以上もそれ以下もなく、ただその為に争っていたに過ぎん」


 魔族の平和の為、驚異である人間と争ってきた。


 和平————なんて言葉は所詮夢事の産物でしかなく、俺達は争うことでしか平和を得られなかった。

 ……だからなのか、こうして負けてしまったのは。


「……女神は、この事を知っていたのでしょうか?」


 ポツリと、彼女がそんな言葉を漏らした。


 そして、何か考えをまとめたのか、おもむろに立ち上がり、そして————


「その話、お受け致します。どうか、帰還までの間、私をここで住まわせてください」


 頭を下げた。人類の敵であった俺に対して、代表格の聖女がお礼を言った。


 ……普通は、そんな事しないよな。

 彼女の中で、俺に対する印象の何が変わったか分からない。


「……あぁ、よろしく頼むよ」


 けど、出会った当初よりかは、大分印象が良くなったのではないだろうか?


 それは俺の話を聞いたからか、はたまたアリスの俺に対する態度を見て考える事があったのか。


 ……今にして思えば、アリスよりも物分りがいいかもしれない。

 アリスは、俺と仲良くなるまで時間かかったからなぁ。


「ですが、私はあなたの事が嫌いです。それは、夢夢お忘れなきよう」


 ……いや、あまり印象が良くなっていないみたいだ。


「……はぁ、別にいいよ」


 俺はこの先の事を考えると、思わずため息が出てしまった。

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