転移してきた理由

「お、美味しいですね……!」


 日付も変わり、現在夜中まっしぐら。

 それでも、我が家には灯りが灯っていて、未だ就寝する気配もない。

 そして、食卓にはいつもと違うメンバーが加わっていた。


「でしょ⁉ クロちゃんの料理は美味しいんだから!」


 美味と口にする聖女を見て、俺ではなくアリスが自慢げに胸を張る。

 だからこう……もうちょっとだけ……胸を張ってくれまいか? そしたらいい感じに強調されると思います……!


「しかし……私が魔王の手作りを食べることになるとは……女神が怒っていないか心配です……」


「それで怒ったら、俺はどういう反応をすればいいのか?」


 逆に怒ればいいのか? だが、今更女神に何を言われてもどうってことないんだけどね。


「そんなこと言ったら、私なんて毎日怒られてるよー」


「そうだな、自分で作ろうともせず、俺が作った飯を食べてるもんな」


「だ、だって……クロちゃんの料理を食べたら、自分の味じゃ満足できないんだもん……。も、もちろん! 私も料理はするんだけどね!」


「そういえば、旅に出ていた時も自分で作ろうとはしませんでしたね。いつも私かユリスが作っていましたし」


「……おい」


「……知りません」


 アリスはバツが悪そうに顔を逸らす。

 こいつ……さっき料理するとか言ってなかったか?

 そういえば、俺の料理を食べなかった時は、カップ麺しか食べていなかったみたいだし……。


「そういえば聖女」


「……なんですか?」


「そんな嫌そうに睨まないでくれる?」


 話しかけただけなのに、すっごい目付きで睨んでくる。

 ……そんなに前世の俺が嫌いか。まぁ、気持ちは分かるが。


「逆に、どうして友好的に接せると思ったんですか? あなたが今までに行った所業……忘れたとは言わせませんよ?」


「それはお互い様だろ? お前ら人間も俺達に攻めてきただろうに」


「ですが、先に攻めてきたのはあなた達魔族ではないですか」


「今更そんな押し問答をするつもりはねぇよ。お前らにはお前らの主張があるのは分かってる。そのやり取りは、アリスが来た時に済ませた」


 俺がそう言うと、聖女は押し黙ってしまう。

 互いが持つ主張が食い違ったからこそ、あの争いは起きたんだ。俺だって、今更無実を言い張るつもりもないし、俺だって引けない部分もある。


 だけど、それはアリスが来た時に済ませた話だ。


「俺はお前と敵対するつもりはない。今更この成りで魔王なんて名乗るつもりもないからな」


 かと言って、友好的に接するとかの話は別だが。


「……まぁ、いいでしょう。それで、私に聞きたいことでもあるのですか?」


「あぁ……いくつか聞きたいことがあるんだが、まず一つ。お前がこの世界に来た方法を知りたい」


 俺達みたいに転生してから生まれ変わった訳でもない。

 向こうの服装をしていることから『転移してきた』というのが伺える。


「私は女神の神託通りにしたにすぎません。特異点に赴き、別の特異点を合わせて移動しました」


「なるほどな……」


 つまり、向こうの世界とこちらの世界の特異点を繋ぎ合わせて、瞬間移動みたいに転移したのだろう。

 こちらの世界のことはよく分かっていないが、世界というのは不思議と平面上で全て成り立っている。

 彼女が行ったのは、特異点と特異点の座標を示し、平面を折り曲げるようにして特異点同士を合わせたのだろう。そうすれば、特異点は同じ個所で合わさることができ、座標が同じ場所に現れ、こちらの世界に移動したというわけか。


「……そんな強引なやり方があったとはな」


「えぇ……おかげで魔力がすっからかんです。でなければ、魔王に意識を奪われることもなかったのに」


 聖女は悔しそうに呟く。

 確かに、襲い掛かられた時は魔力なんて使わずに肉弾戦だったなぁ。といっても、めちゃくちゃ痛くなかったが。

 聖女も、魔力がなければただの女の子……か。


「それで、次の質問だ。この世界に魔力は存在するのか?」


「えぇ、ありますよ。もっとも、かなり微量にしか存在していませんし、普段通りの魔術なんて使えません。しかし————加護は使えるみたいですが」


「……加護ねぇ」


 どうして加護のみが使えるのか?

 加護は、女神直属の寵愛を受けたものにしか与えられず、女神の監視下のみでしか使うことができない。

 ……試してみるか。


「アリス、このコップを強く握ってくれないか?」


 俺は手元にあったステンレス製のコップをアリスに渡す。


「う、うん……? 分かったよ」


 いまいち理解出来ていないのか、とりあえずアリスは俺からコップを受け取り、思いっきり握る。


 バキパキャ


「ご、ごめんクロちゃん! コップ割っちゃったぁ……!」


 痛快な音を立て、ステンレス製のコップが綺麗に割れてしまった。その所為で、理解出来ていないアリスが涙目で謝ってくる。


「気にするな。俺がお願いしたことだしな」


 とりあえず、コップ破片を集めると、怪我をしないようにゴミ箱に捨てる。

 そして、それでも涙目なアリスの為に、優しく頭を撫でてやる。


「ふへっ……」


「……こんなだらしない顔をするアリスは初めて見ました」


 ふにゃけた顔のアリスを見て、聖女が呆れたように嘆息した。

 分かるぞ、その気持ち。


「だったら、どうして俺達に魔力が感じられないんだろうな?」


 魔力が少しでも存在しているなら、俺達だったら分かりそうなものだ。前世の時から、微細な魔力でも反応できたはずなのに。


「それは私にも分かりません。転生と転移の違いかもしれませんし、単にあなた達の体の構造が変わっているのかもしれません」


「まぁ、分からないものは分からない……か」


 俺は考えるように天井を仰ぐ。

 魔力を使えるかも分からない、俺達が転生した理由も分からない、俺達が数十年過ごしてきたのに、聖女が変わらない姿でいるのも分からない。


 ……あれ? まとめてみたら結構なぞだらけだな?


 ————まぁ、でも。


「きっかけは掴めたぞ……」


 今までとは違う、大きな一歩だ。

 何もなかった場所から芽が出た。それだけで、まだ希望は残されているんだと実感させてくれる。


「……もう、質問は以上ですか?」


「ん? あ、あぁ……大丈夫だ。ありがとう」


 俺が頭を下げてお礼を言うと、何故か聖女は目を丸くする。


「ま、魔王に頭を下げられる日が来るなんて……」


「そこまで驚くか普通……?」


 俺だってお礼を言う時はちゃんと頭を下げるさ。


「アリス、今の話分かったか?」


「ふむぅ?」


 アリスは焼き魚を頬張りながら、首を傾げる。

 ……どうやら、アリスには難しい話だったようだ。


「……アリスは、本当に幸せそうですね」


 ポツリと、聖女が羨ましそうに零した。


「幸せ……なのかは分からねぇが、少なくとも、不幸な目に合わせないようには見守ってるさ」


「……どうして、そこまでアリスを守ろうとするのですか?」


 どうして……ねぇ?

 始めは同棲するから仕方なくだったけど……こいつと一緒に過ごしていくうちに、守ってやりたくなった————いや、違うな。

 俺は横にいるアリスの頭を優しく撫でる。


「色んな理由があるが、やっぱり一番の根底は罪滅ぼしなんだろうよ」


 こんなにも素直で優しい子を、同胞の驚異を取り除く為に殺してしまった。

 向こうも殺しに来ているのだから仕方ない————それはそうなのだが、勝ちは向こうにあった。

 それなのに、俺が足掻きとして摘み取ってしまったのは、間違いなく罪だ。


「……分からなくなってきました」


 ポツリと呟いた聖女の言葉は、何か焦燥感漂うものだった。


(……分からないなんて、世の中当たり前だと言うのに)


 事象も理念も気持ちも感情も————全て理解出来ることのないものだ。

 しかし、それを理解するべく歩み寄るのが、理解していくことだというのに……。


「落ち込むことなんてないんだがな……」




 やっぱり、人間の感情はよく理解できないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る