向こうの世界への帰還
「————と、言うわけなのです!」
ででん! という効果音が聞こえてきそうなテンションで一通り説明したアリス。
自分達は転生して、ここで十数年間生きてきて、親の諸事情で一緒に暮らすことになって、過ごしていくうちに俺が脅威ではないことなどなど。
聖女の横に座ったアリスが要所要所を伝えてくれた。
「……なるほど、概ね理解出来ました」
落ち着きを取り戻した聖女は、お行儀よくソファーの上で正座しながら話を聞いていた。
「ですが、肝心な部分が分かりません。アリスは何故魔王————もとい、楓たる人間を信用することが出来たのですか? 聞くところによると、始めはあなたも警戒心を抱いていたようですが……」
「そ、それは……」
それは俺も気になる。
本当に、始めは今のアリスからは想像できないほど、俺の事を警戒心剥き出しで嫌っていたはずなのに、ある日突然態度が変わり、今はこうして世話の焼ける甘えん坊な女の子になった。
理由を聞いても教えてくれなかったからなぁ……。
「は、恥ずかしいから……教えれない……」
顔を真っ赤に染め、少しばかり思案したアリスは、結局その答えを口にしなかった。
「……まぁ、いいでしょう。アリスが生きていることが分かりましたから」
問題を先送り————という訳では無さそうだが、聖女はアリスに向かって、嬉しそうに微笑んだ。
「……生きていてくれて、本当に良かったです。聖女としてではなく、一人の友人として、とても嬉しいです」
「セシリアちゃん……」
アリスの瞳に薄らと涙が浮かぶ。
……そりゃそうか。十数年もの間、長らく共にしていた友人と再開したんだ。
一生会えないと思っていたからこそ、実際に会えたアリスは嬉しさが今込み上げてきたんだろう。
「良かったじゃねぇか……」
俺にとってはめんどくさい相手でしかないが、こうもアリスが嬉しそうにしていると、こちらまで嬉しくなってくる。
……少しばかり、感慨深くなったな。
「アリスが生きていると分かれば、きっとユリスも国の人々も、喜んでくれるに違いありません」
「ユリスくんは……元気にしてる?」
「はい、今は争いも終わりましたので、隠居してお弟子さんと幸せに暮らしてますよ」
「そっか……なら良かったかな」
安心したのか、アリスは浮かんだ涙を拭いながら胸を撫で下ろす。
「だったら私も安心だね! みんなが元気だって分かったし、セシリアちゃんにも会えたし!」
「えぇ……私も安心しました。神託通り、アリスがこの世界で生きていたのですから」
二人は嬉しそうに見つめ合う。
「だから、アリス————」
一拍置いて、聖女が口を開く。
「私と一緒に、向こうに帰りましょう」
♦♦♦
「……え?」
聖女の突然の発言に、アリスは呆けた声を上げる。
「ですので、私と一緒に向こうの世界へ帰りましょう」
「い、いきなり何を言ってるのセシリアちゃん……?」
「おかしな話でしょうか? アリスは元はあちらの世界の住人。だから一緒に帰りましょうと提案しているだけです」
何を驚いているのか分からない、と言った顔をする聖女。
……まぁ、正直聖女が現れた時点で、そういう話になるのは薄々感じてはいたのだが。
「あちらには、あなたを待つ人が沢山います。ユリスや私、国の人々やまだ会ったことのない他国の人まで。皆、勇者が生きていることや戻ることを望んでいます」
人類の希望であった勇者。
魔王と共に命を落としたという事実は世界中の人間に伝わっているだろう。
では、その勇者が生きていると分かれば?
確かに、皆は喜び、勇者の帰りを待っていることだろう。
「この世界は魔力が薄いので、今すぐとはいきませんが、アリスを向こうの世界に転移させることは可能です。今、アリスは加護を失っていますけど、向こうに戻れば、加護を取り戻し、本来の力を使えるようになるでしょう」
……この世界に、魔力は存在していたのか。
俺は感じることが出来なかったのだが、どうやら聖女には感じ取ることができるようだ。
感じ取ることが出来ないのは、俺がこの世界の住人だからなのだろうか?
「私は……」
アリスは聖女の話に言葉を詰まらせる。
色々と、悩むこともあるのだろう。
しかし、俺からしてみれば何を悩んでいるんだと言ってやりたい。
だって————
「アリス、帰りましょう。皆、勇者の帰還を待って————」
「おいおい、随分自分勝手な発言してるじゃねぇか?」
初めて、俺は二人の会話に口を挟んだ。
「魔王には関係のない話でしょう。黙っていてください」
聖女が鋭い目付きで俺を睨む。しかし、俺は臆することなく話を続けた。
「黙るわけないだろ? 俺は関係者なんだ、会話に参加する権利がある」
「魔王たるあなたが関係者? 笑わせないでください。これは人間側の問題です」
「それは、そっちの世界の人間の話だろ?」
「ッ⁉」
聖女は言葉を詰まらせる。
さっきから、彼女の話は微妙に論点がズレているんだ。
確かに、向こうの世界では勇者を待っている人が大勢いるのかもしれない。それに、ここよりも良い待遇を受けれるかもしれない。
だけど————
「何を勘違いしているか分からないが、今のアリスはこっち側の世界の人間だ。お前みたいに転移してきたのとは違って、十数年間この世界で生きてきた」
アリスはここの住人なんだ。新しい家族や、親しい友人、優しくしてくれた近所の人達。
そんな大切な人がこの世界で作れたんだ。
「大切な物も人にも出会えた————それを、向こうの世界の都合で捨てさせるんじゃねぇよ」
「クロちゃん……」
俺は椅子から立ち上がり、アリスの近くまで寄ると、不安そうにしている彼女の頭を撫でてあげる。
「それに、お前らが望んでるのは勇者だろ? 話を聞く限り、さっきからアリスという女の子の話をしてないじゃないか」
「そ、それは……」
「別に、そのことを悪いとは言ってない。人々の希望であった勇者が生きているだけで、人類の脅威や恐怖から怯えることだって少なくなるのだから」
「そ、それが分かっているのなら、どうしてあなたは否定するのですか? やはり、魔王だから————」
「魔王なんて関係ねぇよ」
聖女の発言にピシャリと言い放つ。
「人類は幸せかもしれねぇが、アリスはどうなんだ? また剣を握らせるのか?」
聖女の話は確かに向こうの世界の人類を代表しての言葉なのだろう。
しかし、その話にアリス個人が含まれていない。
また、命を失うかもしれないという戦いに赴かせるのか?
彼女に、再び人類の脅威から守って欲しいとお願いするのか?
……せっかく、彼女は普通の女の子として、この世界に生まれ変わったというのに。
「もういいだろ? そろそろアリスを幸せにさせてやれよ————この世界でのアリスはとても幸せそうなんだ。勇者としてではなく、勇者になる前の普通の女の子に戻してやってくれ」
もう、命を賭して戦う必要なんかない。
この世界には、彼女を必要としている人が沢山いる。
それは、勇者としての彼女ではなく、アリスという一人の女の子を必要としているんだ。
そして彼女自身も、この世界で大切な人や、自分の幸せを見つけている。
だからこそ、彼女を勇者という重荷から解放してやってもいいのではないだろうか?
もう充分、彼女は勇者として働いた。魔王であった俺を倒して、人類に希望を与えたのだから。
「……ごめんねセシリアちゃん。私は、向こうには帰らないよ」
「ア、アリス……」
アリスは頭を撫でられながらも、聖女に向かって真っ直ぐに言い放つ。
「確かに、向こうの世界には沢山の大切な人がいる。けど、それ以上にこの世界でも沢山の大切な人ができた。私は、そんな人達と離れたくない、一人の女の子として、この世界で生きていたい————それに」
そして、アリスはゆっくりと俺の顔を見上げる。
「ここにはクロちゃんがいるから……今は、彼と離れる気なんてないんだ」
随分と、俺の事を気にするんだな。
彼女にとって、俺はどういった存在なのか? 気になるところではある。
しかし、彼女がこの世界に残る理由として、俺の存在を意識してくれたことに、嬉しさを感じてしまった。
「アリスにとって、彼はそこまで大切な存在なのですね……」
「うん、私の一番大切な人だよ」
「そうですか……」
アリスの言葉を聞いて、聖女はゆっくりと立ち上がる。
「確かに、私達————いえ、私はあなたの事を考えていませんでした。あなたがこの世界で大切な物を見つけているのであれば、私は無理に引き離そうとしません。寂しくはありますが、諦めるとします」
そして、納得した顔で聖女がこの場から立ち去ろうとする。
彼女にも、色々と思うことがあったのだと思う。
それでも、最終的にはアリスの幸せを考え、引き下がってくれた。やはり、聖女もアリスの友人なのだなと感じてしまう。
「まぁ、待て聖女」
俺は立ち去ろうとする聖女を引き止める。
「……なんですか?」
「せっかく、アリスと会ったんだろ? 積もる話もあるだろうし、飯でも食って行け」
「……私は、魔王の施しなど受けません」
「今の俺は魔王じゃない。それに、これはお前の為じゃなくてアリスの為だ。アリスも、お前に会えて色々と話したいこともあるしな」
「うん! 私も、セシリアちゃんとお話したい!」
そう言って、アリスは立ち去ろうとする聖女の手を握る。
そして、少しばかり考え込んだ聖女は、やがて肩を落とした。
「……はぁ、分かりました。私も、アリスと話したいこともありますし、今回はその施しを受けましょう」
「やった♪」
その言葉を聞いて、アリスは飛び跳ねるように喜び、再び食卓についた。
「……勇者に優しい魔王なんて、世の中不思議なこともあるものですね」
「……俺でもよく分からんよ」
「……そうですか」
聖女は渋々と言った感じで、アリスと同じように食卓についた。
……さてと、あまりの魚ってあったけ?
どうせだったら、少し豪華なものを食べさせてやってもいいかもしれないな。
「……こんな事を考えている辺り、俺も少し変わっちまったかな?」
魔族に敵対していた相手に飯を作る。
その事態に、少し変化を感じてしまった俺がいた。
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