異世界からの来訪者
「ただいま……」
物理的にも精神的にも重くなってしまった足で何とか家に帰った俺は玄関を開けた。
……疲れたわ。本当に疲れたわ。
「なんで俺がこいつを担いで帰らんといかんのだ」
背中に伝わる重たい感触に、げんなりとした顔をしてしまう。
……結局、醤油は買えなかったなぁ。
ほんと、こいつらはいつの時も俺の邪魔しかしない。
「クロちゃんおかえり! ごめんね、買ってきて貰っちゃって!」
バタバタとリビングの方から足音が聞こえると、アリスが出迎えの挨拶と共に玄関に現れた。
「おう、ただいま。ただ残念なことに醤油は買ってこれなかった」
「ほえ? お使い失敗?」
「俺は子供か」
この年齢でお使いって言い方やめてくれる? 買い出しって言ってくれないと、少しばかり子供っぱくて恥ずかしいんだが?
「……それよりクロちゃん、その背中の女の子はどうしたの?」
アリスは偶にハイライトの消えた目で俺を見てくるよなぁ。前世では一度たりとも向けられたこと無かったのに。
「こいつはアリスへのお土産だ」
俺はゆっくりと、背中に背負った少女を下ろし、そのまま胸元に抱き抱えた。
「セ、セシリアちゃん⁉」
その少女の顔を見て、彼女は驚愕の瞳を向けた。
やっぱり、俺の記憶違いでも、こいつの勘違いでもなく、アリスのお友達のようだ。
俺にいきなり襲いかかってきた少女。
俺の前世のことも知っていて、前世の記憶で最も最後に出会った少女。
女神からの恩恵を受け、聖の魔力を使い、他者を癒し、魔族の嫌う浄化魔法を得意とし、幾度もなく俺の同胞を葬ってきた教会が生み出した存在————
『聖女』
「どうしてここにいるのかな⁉ それに、なんか気を失っちゃってるし————ううん、頸動脈を圧迫された痕跡がある。目立った外傷もないし、きっと背後に回った誰かが面倒事を避けるために軽く首を締めた感じだね」
向こうにいるはずの聖女が現れ、目の前で気絶しているのにも関わらず、冷静に倒れた原因を分析しているだなんて、流石勇者と言ったところか。
「ご明察。普通に面倒臭かったので、首絞めてお持ち帰りしちゃいました」
「女の子に手をあげるとか、面倒臭いから意識を奪っちゃうとか、色々言いたいことはあるけど、とりあえず中に入って」
「了解です」
アリスは俺から聖女を引き剥がすと、そのまま軽々と抱き抱えた状態でリビングへと向かった。
(あいつって、あんなに力あったっけ?)
加護を失ったアリスは、この世界ではただの女の子。そんな彼女が、女の子の体を悠々と抱えることができるのだろうか?
「……まぁ、俺に隠れて筋トレしてたのかもな」
俺は一旦その結論でまとめると、靴を脱いでリビングへと向かった。
……もし、アリスが鍛錬無しで筋力が上がっていたとなれば————
「ははっ、怪我の功名ってやつか?」
長年の苦労が実を結ぶかもしれない。
♦♦♦
それからしばらくして。
時刻はすっかり遅くなり二十二時。
なんやかんやあった俺はとりあえずご飯を食べることにした。
きちんと二食分の料理にラップされてあったことから、どうやらアリスは俺が帰ってくるまで待っていてくれたようだ。
……なんとも愛いやつめ。
というわけで、聖女をソファーに寝かせると、俺達は少しだけご飯を温め、再び夕飯を食べる。
「クロちゃん、やっぱり冷奴はお醤油がないと美味しくないと思うんだよ」
「馬鹿だなアリスは、今どき味噌があれば美味しく食べれるんだぞ?」
というわけで、隣に座るアリスの冷奴を取り上げ、俺の冷奴と交換する。
「美味しい!」
少しだけ不審がっていたアリスも、一口食べればこの通り。目を見開いて驚いていた。
「日本の味噌って美味しいよね……なんにでも合うし」
「その言い方だと、ロシアにも味噌ってあったのか?」
「味噌に似たようなものはあったかなー。でもあんまり美味しくなかった」
その味を思い出したのか、舌を出して美味しくなさそうな顔をした。こいうった顔が可愛く思えてしまうのは、彼女があざといからなのか、それとも素で可愛いのか?
「やっぱり、ご飯は和食だね! 私、日本に来て良かったよ!」
「お前ロシア人だろ? そんな事言ってもいいのか?」
「私ハーフだし! お父さんが日本人だから、この発言は問題ないと思うのです!」
そう言って、焼き魚を美味しそうに頬張る元勇者。
発言がすごく現金な気がする。
「あと、クロちゃんの料理だったらなんでも美味しいと付け加えておきます!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
俺は褒めてくれたご褒美に、アリスの頭を思いっきり撫でる。
「ふへへっ」
髪が少しだけ乱れてしまっても、アリスは嫌がる素振りもなく、嬉しそうに顔を綻ばせる。
まったく、可愛い生き物だなおい。
「んんっ……」
そんなやり取りをしていると、不意にソファーから声が聞こえた。
どうやら、眠りの聖女が目を覚ましたようだ。
「ここは……?」
ムクリと起き上がり、辺りを見渡す。
「クロちゃん、私は『なでなで』のご褒美以外にも『あーん』を所望します!」
しかし、アリスは一向に気づかずマイペースなまま。
……いや、少し違うな。
勇者であった彼女が、些細な動きでも見逃すはずがない。
ということはー———こいつ、わざと無視しているな?
「……はいはい」
ならば俺も無視しよう。
そう思い、仕方なく焼き魚をアリスの口の中まで運んでやる。
……っていうか、旧友との再会なのに、無視とかしっちゃっていいの? ちょっと冷たくない?
そして、聖女の視線がこちらへと向いた。
「ま、魔王⁉ そ、それにアリス⁉」
まったりと食事をしている俺達を見て、聖女は驚愕の表情をした。
「あ、セシリアちゃんおはよー」
軽い。旧友との再会だと言うのに発言が軽い。
「ど、どうしてここにアリスが……それに、魔王まで一緒にいるなんて……しかも、ここはどこですか……?」
「いっぺんに聞くな。答えるのがめんどくさいだろ」
「クロちゃんダメだよ。セシリアちゃん戸惑っているだけなんだから」
「アリスこそ、聖女が起きていたこと気づいていたのに、めんどくさいから無視しただろ?」
「い、今は食事中だったから……」
バツが悪そうに顔を逸らすアリス。
友より食事優先ってか?
「アリスにこうも簡単に会えたことは僥倖、生きていたことに嬉しさはあるのですが……魔王が一緒にいるなんて神託にはなかったですし……」
俺達が放ったらかしにしてしまったのか、聖女は何やら一人でブツブツと呟いていた。
「ですが、やっぱり魔王が生きていると分かれば、私がやることは人々の為、ここで再び魔王を討ち滅ぼすのみ!」
「おい、昔のアリスみたいなことを言い始めたぞ」
「デジャブだねー」
呑気かこら。
「さぁ、魔王! もう一度私と勇者アリスがあなたをこの世から消し去ってせます!」
聖女はソファーから勢いよく立ち上がり、可愛らしく指を突きつけた。
どうやら、今の現状を理解するよりも、魔王であった俺を殺すことを優先したようだ。なんともご迷惑な決断なのか?
先ほど助けてあげた恩が綺麗に仇で返されてしまった。
「アリスも前みたいに俺を殺そうとするのか?」
「クロちゃんを殺すわけないじゃん! 今、クロちゃんが死んだら私も一緒に死ぬから!」
「重いわ」
この子俺に依存し過ぎではないだろうか?
将来が心配で困ってしまう。
「なっ⁉ アリス! 何故魔王を倒そうとしないのですか⁉ 私達の敵ですよ⁉」
アリスに戦闘意思がないと分かると、聖女の顔が再び驚愕の色に染まった。
「落ち着いてよセシリアちゃん。ちゃんと理由を話すから」
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