人助けは面倒ごとの始まり

「あ、醤油がないわ」


 この一言で分かる通り、俺は醤油を買いに行く為、日が沈みすっかり暗くなった夜道を一人歩いている。

 ちなみに、アリスはお留守番。今頃お腹を空かせているので、冷奴以外の料理を食べている頃だろう。


 ……今日はなんだかんだ夜飯を作るのが遅れたからなぁ。

 近所のコンビニまでは大した距離ではないのだが、「私も行く!」というアリスの意見は却下した。


 流石の俺でも、この時間の夜道を女の子に歩かせたくない。アリスだったら尚更だ。

 まぁ、俺もアリスもこんな夜道なんて前世で数え切れない程歩いてきたし、なんなら夜に奇襲をかけ合っていたからな。今更心配することもないのだが……。


「今の俺とアリスは一般人……」


 今は魔術も加護も何も無い。だからどんな相手だろうと危険性はあるのだ。

 ……こんなところでガラの悪い奴らに出会ったりもしたら、面倒になりそうだしな。


「ま、こんな場所でガラの悪い奴なんて現れるわけないか」


 この地域は割かし治安のいい場所だ。しかも、誰もいないと言ってもそこら辺には家が立ち並んでいる。

 すぐに喧騒を聞きつけた誰かがやって来る。


 そんな場所で、ガラの悪い奴が絡んでくるようなこともなければ、現れるわけもないだろう。

 なんて事を思っていると、近くのコンビニまで辿り着いた。


「君、可愛いね! どう、俺達と一緒に遊ばない?」


「それにしても珍しい服装してるね〜。コスプレ?」


 そんな矢先、コンビニの入口の前に、髪を金や茶に染め上げた、如何にもガラの悪そうな人が喋っているのを発見した。


「……おぉ」


 これがフラグと言うやつか。そう思ってしまった。


「そこをどいてください」


 そして、一人の女の子がガラの悪い奴に絡まれている姿も発見する。

 ここからは顔こそよく見えないが、声音的にとても嫌そうにしているのが分かった。


「そうつれない態度しないでさ、一緒に遊ぼうよ」


「そうそう、こんな時間に一人でいるなんて、誘っているようにしか見えないぜ?」


 嫌そうにする少女の態度を見ても尚、ガラの悪い奴らは引き下がろうとはしない。


「いや、しかし……どうしたものか」


 俺は離れたところで一人考える。

 本来なら、このまま見て見ぬふりをして、さっさと醤油を買って帰るところなのだが、果たしてこのまま見捨ててもいいものか?


 俺、魔王だし? 人がどうなろうと知ったこっちゃないのだが……。


「ここで見捨てたらアリスになんて言われるかね……?」


 人一倍正義感に溢れる勇者————アリスのことだ。彼女だったら、確実に助けに行くだろう。

 そんなアリスが今の俺を見たらなんて思うだろうか?


「……はぁ」


 面倒臭いと思いながら、深いため息をつく。

 多分、ここで助けなかったらアリスに変な目で見られてしまう。もしかしたら、幻滅されるかもしれない。


「勇者に嫌われるのを嫌がる魔王って、皮肉なものだよな」


 俺はゆったりとした足取りで、ガラの悪い奴の元に向かう。

 足音はできるだけ消し、気づかれないように近づく。これは前世で培ったスキル。魔力や筋力こそ前世に引け劣るが、こういった些細な技術は未だに健在である。

 そして————


「ぐへっ」


「ぶべらっ」


 背後から横殴り。それぞれ腹と顔に一発拳を叩き込む。

 男達は蹲り、その場に倒れ込んでしまった。


「……ふぅ、やっぱり奇襲が一番楽だよな」


 大して動いていなかったものの、額の汗を拭う動作をする。

 特に意味はないが、これをしたら「なんか頑張った」みたいな雰囲気出ない?

 ぶっちゃけ、多分正面から対峙しても問題はなかったと思うが、面倒だし、早く帰りたかったので、奇襲させてもらった。


 だってしょうがないじゃん。アリスが家で待ってるんだもん。心配じゃないか。卑怯って言わないでね?


 ……というわけで、任務完了。この俺が親しい人間ならともかく、見ず知らずの奴を助けてしまったなんて業腹————のはずなんだが、不思議と悪い気が起きないのは、俺もこの世界で人として馴染んでしまったということか。


「……ま、いいけど」


 結局は俺は俺。そう自分の中で結論をつけると、醤油を買うべくコンビニの中に入ろうとする。


「ま、待ってください!」


 すると、後ろから袖を引っ張られてしまう。


「待ちません」


「そこで普通断りますか⁉」


 断るんです。だって早く帰りたいんだもん。

 恩を売る気もないし、関わる気もないから。

 しかし、袖を離してくれる様子もなかったので、仕方なくと後ろを振り向く。


「あの、助けて頂きましてありがとうございます」


 目の前の少女がお礼の言葉と共に頭を下げる。

 サラリとした金髪の女の子。それでいて少しお淑やかな雰囲気を醸し出しているものの、顔立ちはとても可愛らしい。おそらく、アリスと同じくらいの美少女さんだと思う。

 多分、日中に街中を歩いていたら、全員がこの少女の横を通り過ぎたら振り向いてしまうのではないだろうか?


「道も分からないところで、歩き回っていた最中、この方々に絡まれてしまいまして————」


 しかし、それは決して可愛いからだけという理由ではなく、この少女の服装によって。

 この世界では修道服に似ているのではないだろうか?

 白装束に金の装飾や刺繍が所々に見える。一見したら、ただのコスプレをしている女の子と思われてしまうだろう。


 ————しかし、俺は違った。


「そこで貴方に助けていただきまして、本当に感謝しております。きっと、我が女神も貴方の行いを見て喜んでいることでしょう————」


 ……漂うオーラ。というより、どこか彼女からは俺の忌み嫌う匂いが感じられた。

 ……それに、すっげぇ見た事のある服装や顔。


「改めて、貴方には感謝を。この御恩はいつか必ず————」


 そして少女が頭を上げ、俺の顔を見て固まった。

 ……何コレ? すごいデジャブ感。


「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁおぉぉぉぉぉぉぉぉうっ!!」



 これだから人助けは嫌なんだ。


 すごい剣幕で襲いかかってくる少女を見て、俺はしみじみと思った。

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