好きな人

「勇者様や、これでいいでしょうか?」


「今日のところはこれで許してあげる♪」


 家に帰った俺達は、扇風機の前で寛いでいた。

 といっても、主に寛いでいるのはアリス。足を思いっきり伸ばし、俺の太ももを枕代わりにして寝転び、帰り際に買ったアイスを頬張っている。


 一方の俺は正座の状態で、アリスの頭を撫でている。もちろん、アイスはなしだ。

 なんでも、こうしないと許してくれないのだとか。どんな理由で怒ってしまったのか分からないが、見事な殿様っぷりである。


 ……こんな姿、向こうの部下が見たら卒倒するだろうなぁ。


「……むふ、幸せぇ」


 本人ご満悦。どうやら、本気で許してくれたようだ。

 俺個人としては、理由も分からずなので大変不服である。


「もっと撫でてぇ……」


「今日は甘えん坊の特売セールだな」


 仕方ないので、アイスを置いて俺の太ももに頬ずりしているアリスの頭を優しく撫で続ける。

 ……ほんと、子供みたいだよなぁ。


「そういえば、アリスは恋人とか欲しいと思わないのか?」


「ほぇ?」


「いやさ、アリスって結構な人数に告白とかされてるだろ? 付き合ったりしないのかなーって」


「クロちゃん、本当に分からないの?」


 アリスはむくっと起き上がり、俺の顔を真剣な顔つきで覗き込む。


「……なにが?」


 分からないって……一体なんのことだ? 全くをもって理解出来ん。


「……はぁ。まぁ、クロちゃんがにぶにぶさんだってことは今更だしね」


 アリスは大きなため息を吐く。

 ……にぶにぶさんって、中々聞かない単語だよなぁ。


「私だって、恋人欲しいよ。ずっとユリスくん羨ましいなーって思ってたし!」


 すると、アリスは真面目な顔を崩し、おもむろに俺の胸に抱きついてきた。

 あの……本当に、今日は甘えん坊の特売セールですね。


「ユリスって賢者だったよな? あいつ、恋人いたの?」


 俺は仕方ないので、アリスを引き剥がすことなく話を続けた。


「いたよー。年下の女の子で、お弟子さんなんだって!」


「ほう? 弟子が恋人って……あいつも隅に置けんな」


 弟子って、いわゆる生徒みたいなもんだろ? そんな関係で恋人とか……この世界じゃ禁忌なことなのに。

 っていうか、生徒相手に恋慕抱くかね普通?


「なんでも、お弟子さんからかなり迫られて、渋々恋人になったらしいよ!」


 なんと、逆アプローチでしたか……お弟子さん、かなり逞しいのですね。


「それを見て羨ましいって?」


「うん! ユリスくんも始めは嫌々だったけど、途中からはデレデレしてて……幸せそうだなぁって思っちゃった」


 あの賢者がデレデレねぇ……想像つかんわ。


「アリスは勇者だった頃は恋人とかいなかったのか? 昔でも結構モテただろうに」


「モテるって言われても、皇太子様とか国王様が多かったから……あの時は本当にキツかったなぁ」


 アリスの顔が一気に青白くなった。

 ……思い出しただけでこれとか、きっと相当辛かったんだろうなぁ。

 これ以上、俺からは触れないでおこう。


「私は誰かが選んだ人じゃなくて、自分で恋人を選びたいの。私が好きになった人と、そういう関係になりたい」


 その一言を聞いて、頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。

 ……なんでアリスが怒っていたのかが分かったわ。


 アリスは前世でお見合い的なものを沢山してきたのだろう。


 勇者としての立場。それを抱えている国は確実に他国よりも優位に立てる。政治が渦巻く中で、自分の意思とは関係なく、これから一生を添い遂げる相手を選ばされる。


 そして、俺がやっていた行為もそれに似たようなものだった。


 アリスの意志を無視して、俺が隣に立つにふさわしい男を選定する。決して、悪気があった訳じゃないにしろ、その行いはアリスを苦しめた奴と似たようなもの。


 一気に罪悪感が押し寄せてくる。


「……ごめんな、お前の意志を無視してさ」


 俺は謝罪の言葉と、気持ちを込めて、アリスの頭を撫でる。


「いいよ、クロちゃんは私の為を思ってやってくれてたんだと思うし」


 アリスは顔を上げ、俺に優しく微笑んでくれた。


 その顔を見ると、どこか重くなった気持ちが軽くなった気がする。


「それじゃ、今度からはアリスの好きな人を見つけないとな」


「あ、それは大丈夫! もう、見つけたから!」


 なんと、アリスには好きな人が既にいるだなんて。


 ……全然知らなかったわ。こんなにずっと一緒にいるんだけどなぁ。


「アリスの好きな人って聞いてもいいか? 俺がしっかり見極めてやらないと」


 怒られてもこれは話が別。そいつが碌でもない奴じゃないか俺が見極めないと……。


「大丈夫だよ。私が好きな人は、私を支えてくれる、優しくてかっこいい男の子だから」


「そっか……」


 誰のことかは分からない。それでも、勇者の頃にはしたくてもできなかったことが、この世界に転生して叶うかもしれない所まできた。


 それはきっと、とても素晴らしいことなのだと思うから、俺は魔王らしからぬ顔で優しく微笑んだ。


(……まぁ、でも)


 少しばかり胸が痛い。自分であることは望んでいないはずなのに、どこか羨ましいと思ってしまう。


(この気持ちは……そうだな、きっと気に入ったやつはずっと手元に置いておきたいとか、そんな気持ちだ)


 なんとも傲慢で、魔王らしい考えなんだろうか。

 俺はその事に、軽い微笑を浮かべた。





 ♦♦♦





 勇者と魔王が家で寛いでいた時刻よりも少し後の話。

 すっかり日が落ち、薄暗い街灯が夜道を照らし始めた頃。

 不意にどこかの街角で、『歪み』が生じた。


 壁や地面が歪んだ訳では無い。表現としては『空間』が歪んたと言った方が正しいのかもしれない。

 その歪みは徐々に大きくなっていく。


 幸いにして、辺りには人の姿はなく、誰もその歪みについて目撃する者はいなかった。

 やがて、人一人分の大きさまで広がると、人影が姿を現した。

 白を基調とした装束に、所々金で彩られた刺繍、色こそ違うものの、どこか修道服を連想させる衣装を纏った少女。


 長い金髪が月明かりに照らされる。


「女神のお教え通りです……ようやく、辿り着きました」


 その姿は、服装や容姿を合わせても、とてもこの世界のものとは思えないほど、異彩を放っていた。


「待ってて下さい……勇者」



 この物語に、また一人舞台へと上がった。


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