向こうの世界の手がかり

 夏休みも近づいてきたとある日の放課後。生徒達も殆どが家に帰ってしまい、校舎は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。


 そんな中、俺は一人図書室に足を運んでいた。


「…………」


 黙々とページをめくる。


 図書室内は、他の教室より一段と静かで、生徒も教師も誰もいない。

 ……普通は図書委員の一人もいるはずなんだがなぁ。もしかしたら用事で出払っているのかもしれんな。


 ということもあり、ページのめくれる音がよく聞こえてしまう。

 なんかこういうのって落ち着くよね。誰もいない場所で静かに読書……うん、いつも騒がしい奴が近くにいるからかもしれんが、新鮮でいいものだ。


「ないか……」


 俺は分厚い本を閉じ、次の本へと手を伸ばす。

 少しズレた伊達メガネをかけ直し、再び本に目を通した。


 ————勘違いしないで欲しいが、別に俺は読書が好きなわけじゃない。

 今こうして本を読んでいるのも、文庫本や小説ではなく、主に哲学書や図鑑などが多い。


「……やっぱり、この世界には魔力が存在しないのかね」


 調べているのは『魔力』があるかないか————というよりも、向こうの世界に関連した何かがないかと探している。


 何故、この世界に転生したのか?

 向こうの世界とこの世界の違いは一体なんなのか?

 向こうの世界に行く方法はないのか?


 些細なことでもいい。ちょっとしたきっかけが見つかってくれれば可能性が出てくる。


「……って、探し続けて三年も経ってるんだよなぁ」


 記憶が蘇ってからかなりの月日が経ってしまった。

 探し始めたのは記憶が蘇った少し後になってしまったが、それでもかなりの時間を費やして探してきたんだ。


 現代科学では証明しきれていない事柄————ポルターガイストにUMAなどなど。


 もしかしたら、異世界の何かがこちらの世界に影響を及ぼしているのではないか?

 と、考えてはいるものの、どれも向こうの手がかりではなさそうだった。


「……ここでは限界か?」


 学校の図書室にある本なんてたかが知れてるし、この街の図書館にも何度も通った。

 それでも見つからなかったということは、もっと大きな場所で探さなければいけないのだろうか?


「……もう少し探してみるか」


 まだ読み切れてないものもあるし、もうちょっとだけ頑張ってみよう。


「クーロちゃん!」


 俺がもう一度本に目を通そうとすると、不意に後ろから抱きつかれた。


「……アリスよ。いきなり抱きつくのはやめなさい。心臓に悪いだろ」


「ごめんごめん♪」


 と、軽く注意しても離れようとしないアリス。仄かないい匂いと、柔らかい感触が背中越しに伝わってくる。


「……っていうか、普通に離れろ」


「えー! いいじゃん別に! クロちゃんの匂い好きなんだもん!」


「お前は犬か」


 ……愛犬を飼っていたら、こんなにスキンシップが激しくなるのだろうか?

 少し……ほんの少しだけいいと思ってしまった自分がいる。


「……はぁ。好きにしなさい」


「やった♪」


 俺がため息混じりの許可を出すと、アリスは喜び密着度を上げた。

 ……ほんと、アリスはスキンシップが激しいというか甘えん坊というか。将来、この子と世帯を持つ旦那さんは苦労しそうだな。


「また探してたのクロちゃん?」


 アリスは俺が手にしている本を覗き込む。


「ん? あぁ……そうだな」


 アリスも、俺が向こうの世界のきっかけを探していることは知っている。

 たまに家を出て一人で図書館とかよく行ってたからな……そりゃ普通に聞かれるわ。


「やっぱり、向こうの世界に帰りたい……?」


 少し寂しそうに、抱きしめる力を強めて、俺の顔を見ずに聞いてくる。


「帰りたい訳じゃないと思うんだがなぁ……」


 ここにはたくさんの大事なものができた。

 新しい家族に、学校での友達、仲良くしてくれる近所の人達など————今の俺は恵まれた環境にいる。

 今の俺は、完全にこっち側の住人なんだ。

 だけど————


「向こうには、置いてきちまった奴がいるからさ……」


 魔族のみんなに、俺の部下。特に直属の側近達のことは余計にも心配だ。

 ……勇者達に殺されたのか? それとも、未だに生きているのか?

 それが、記憶を取り戻してからの心配事なのだ。


「そっか……」


 でも、今現在の一番の心配事は————


「安心しろ。俺がお前を置いて帰るわけないだろ? そりゃ、一回は向こうの様子を見に行きたいとは思うが、そん時はお前も一緒だ」


 俺は安心させるようにアリスの頭を撫でる。

 すると、アリスは俺の背中に顔を埋め、抱きしめる力を強めた。


「……一緒に行ったら、みんな驚くだろうね」


「そりゃそうだ。勇者と魔王が同棲して、仲が良くなったなんて知られたら、人間も魔族も大騒ぎだ」


 アリスは少しだけ嬉しそうに、そんなことを口にした。

 ……でも、俺達が仲良くなったって分かれば、もしかしたら戦争も無くなるのかもしれないな。


 ふと、現実的ではない絵空事を考えてしまった。


「そういえば、アリスは会いたい奴とかいないのか?」


 俺が尋ねると、アリスは俺から離れ、隣の椅子へと座った。


「んー、やっぱりセシリアちゃんとユリスくんに会いたいかなー?」


「すまん、名前を言われても分からんのだが?」


「あ、そうだったね……ほら、聖女の女の子と賢者の男の子だよ! 一緒にパーティ組んで魔王城に行ったはずだし、覚えてるかな?」


 そう言われたら何故か鮮明に思い出せてくる。


「あれだろ? 俺の体に火の玉ぶっぱなしてきたやつに、俺を浄化しようとしたやつだろ?」


「嫌な覚え方に、勇者ショックです……」


 だってしょうがないじゃん。俺の死に際の事だったし、あいつらなんてアリスと一緒で俺を殺しに来ようとしてたやつじゃん。


「今頃どうしてるのかなー?」


「さぁな? 今頃、魔王を倒した功績で優雅に暮らしてるんじゃないか?」


 人間側の悲願である魔王を討ち滅ぼしたんだ。きっと国から多大な恩恵が与えられているのではなかろうか?


「ユリスくんだったらそうかもしれないね! でも、セシリアちゃんは多分優雅に暮らしてないと思うよ」


「そうなのか?」


「うん! セシリアちゃんは「功績を貰ったとしても、私は貧しい人達にお渡しします」って言ってたからね!」


 なんとお優しい。正しく聖女らしい発言だ。


「じゃあ、もし向こうの世界に行けたら、アリスはそいつらと会うわけだ」


「そうだね! あと、二人にクロちゃんを紹介したい!」


「普通に殺されそうなんだが?」


 なんて恐ろしい事を考えるんだ。魔王が生きていると分かれば、殺しにかかるのは分かりきっていることなのに。


「それと、クロちゃんの仲良かった魔族の人にも会いたいなー」


「殺されてしまうが、大丈夫か?」


 この子は自殺癖でもあるのだろうか? 死んだと思った勇者が生きていると分かったら、襲いかかってくるのは目に見えているだろうに。


「その為にも、クロちゃん頑張ってね!」


「丸投げかよ……」


 背中をパシパシ叩くアリスにため息が出てしまう。

 頑張れって言われても、今のところなんの情報を得られていないんだよなぁ……。

 まぁ、アリスも向こうの仲間に会いたいだろうし、もうちょっとだけ頑張ってみようかね。俺も、あいつらに会いたいし。


「でも、案外向こうから私達に会いにやって来るかもね!」


「それだったら、俺もこうして調べなくても済むんだがな」








 何気なしに言ったこの一言。

 これがフラグだったと気づいたのは、もう少し先の話である。


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