買い物の帰りに
「いやー! ちょっと遅くなっちゃったね!」
昼前に家を出たはずなのに、現在昼過ぎておやつの時間。
両手いっぱいの袋をぶら下げて、俺達は帰路についていた。
あ、言っておくけど、アリスは何も持ってないぞ? 流石に女の子に荷物を持たせる訳にはいかないからな。
「俺としてはすぐ帰る予定だったんだがなぁ……」
「仕方ないじゃん! クロちゃんが商店街の人達に何回も声掛けられちゃったんだから!」
精肉店を出た後、軽く野菜でも買って帰ろうと思っていたのだが、八百屋、魚屋、お豆腐屋ーーーー色んな店の人に声をかけられては、当初買う予定のなかったものまで買う羽目になってしまった。
いやね? 安くしてくれるからありがたいんだけど、今は必要なかったというか……。
「アリスも色んな人に声かけられてただろ?」
「クロちゃんの方が多かった!」
ぷくーっと頬を膨らませるアリス。
君は一体何を競っているのかね?
「はいはい、俺の方が多かった多かった」
「うん! そうなのです!」
そして、少し不機嫌な態度から一変、胸を張って首を縦に振っていた。
……もうちょっと胸を張っていただけませんか? そしたら……こう……いい感じに胸が強調されると思うので。
「でもクロちゃんって、商店街の人達から結構人気だよね……魔王なのに」
「最後の枕詞いらなくね?」
「だって、全然イメージつかないんだもん! 魔王が民衆から人気で、慕われている光景って……」
言わんとしていることは分かる。
お前ら人間族からしたら、魔王なんて冷酷無慈悲の象徴みたいなもんだからな。
「言っておくが、俺は結構民衆に慕われてたんだぞ? それこそ、魔族領を歩いてたら、子供達が駆け寄ってくるぐらいには」
「そうなの!?」
アリスは信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
……その驚き方は大変不服である。
あの時は本当に人気だったんだぞ? 外を歩く度に「魔王様かっこいい!」「握手してよ魔王様!」なんて言われてたんだぜ?
……今思えば、あの子供達元気にしてるかなぁ?
「……いや、でも今のクロちゃんって優しいし……かっこいいから……実は私達が知らないだけで、普通に……」
一人でブツブツと呟いているが、今回は普通に聞こえてるぞー。
「うん! クロちゃんが民衆から慕われてる姿、想像できる!」
「さっきと言ってること違うじゃねぇか」
すごい手のひら返しだな、おい?
「私とは全然違うね……」
すると、自分の前世を思い出したのか、アリスは少し自嘲気味に笑う。
「違うって何が?」
「クロちゃんとは違うって話。私は……慕われてなんかなかったから……」
「勇者こそ、民衆に慕われていそうなイメージがあるけどな」
「そんなことないよ……」
徐々に、アリスの声音が変わっていく。先程までの明るい雰囲気ではなく、沈んだ感じに。
「私は所詮、聖剣に選ばれただけの一般人だったから……街を歩いても、救っても……投げかけられる言葉は「勇者様だから当然」って」
「……」
「みんな、私じゃなくて『勇者』を見てたからね……慕われてなんかいなくて、どちらかと言うと、宗教上の象徴的存在だったんだと思う」
何となく……何となくだが想像がつく。
魔王を倒さんとする存在として作り上げられた勇者。その子は民衆から選ばれたわけでもなく、実力が評価されたわけでもなく、ただ聖剣に選ばれただけ。
そんな存在が、民衆から慕われるのだろうか?
慕われる存在とは、自分と近い存在でありつつ、何かを成し遂げ、評価された存在である。
しかし、勇者は何かを成し遂げたわけでもなく、聖剣に選ばれただけで民とは違う存在になってしまう。
「……だから、宗教上の象徴的存在、か」
そんな存在は民衆からしてみれば、神聖的な存在に見えたのだろう。魔王を倒す神からの遣いとして。
そんな存在が街を守ろうが、民衆を救おうが、神からの遣いだから当たり前ってか?
……なんと愚かしい。
「人間って、哀れで醜い存在だよな……」
「ん? 何か言った?」
不思議そうに俺の顔を覗き込むアリス。
「いや……なんでもないさ」
俺は両手が塞がっているので、代わりに首を横に振って否定する。
「昔のお前がどうかは知らんが……俺は、お前を一人の頑張り屋で優しい女の子として見てるよ」
慰めか分からない言葉を彼女に告げる。
キザなセリフなんて必要なく、今のお前は勇者としてではなく『アリス』として見ているぞ……と。
……これは、嘘偽りのない俺の気持ちだからな。
「ふふっ、今の私にはそれで充分かな〜」
すると、先程の沈んだ表情は消え、嬉しそうな顔をしたアリスが俺の前を歩く。その背中はどこか踊っているように見えた。
……元気に、なったのかね?
「一応言っておくけど、別に人は醜い存在じゃないよ」
そして、両手を後ろに組み、俺に向かって振り向いた。
「聞こえてたんかい」
「そりゃ、この距離だもん。それに、私勇者だったから!」
だったら、なんで尋ねてきたのかと聞き返してやりたくなる。
「確かに、私は慕われてなんかなくて、魔王を倒す象徴的存在だったけどーーーーそれでも、私は人間が好き。自分勝手で、欲望でいっぱいで、すぐ人と争ってしまう生き物……だけどね」
慈愛の笑み。彼女はそんな言葉がピッタリ合うような笑みを作り、俺に向ける。
「互いに手を取り合って前に進み、新しい可能性を生み出し、背中を押してあげれるーーーーそんな生き物だからこそ、私は命を捨ててまで守りたかったの。大好きだから……人間が」
……俺には分からない感情だな。
ここで人間として生を受け、人の素晴らしさと温かさに触れた。
それでも、前世の印象の方が強く、未だに少しばかり愚かしい存在だと思ってしまう。
それでも、今の彼女を見ているとーーーー人も悪くないなと思ってしまった。
「……勇者らしいセリフだな」
「私、勇者だから!」
「今は勇者じゃないだろ」
……まったく、さっきの沈んだ顔はどこにいったのやら?
今の彼女からは微塵も落ち込んだ様子が見受けられない。
でも、それこそが彼女らしい……。
「さっさと帰るぞ。暑くて死にそうだ」
「魔王が暑さで死ぬなんて、ちょっと想像つかないな〜」
「今の俺は人間だっちゅうに」
なんて軽口を叩きながら、俺達は帰路に向かって足を進める。
暑さが最高潮に感じる昼過ぎにも関わらず、不思議と俺の心には不快感がなかった。
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