勇者とお買い物
歩く度に汗が噴き出そうなこの気温にも関わらず、家の近くにある商店街には人で溢れかえっている。子供連れの親子やご年配の夫婦、はしゃぎまわる小学生など、様々な人が商店街を行きかっていた。
「クロちゃん、今日の夕飯は何にするの?」
白いワンピースがひときわ目立つアリスが横で尋ねる。アリスの整いすぎた顔や醸し出すオーラも合わさったのか、通り過ぎる人が何度もアリスチラ見していた。
「お嬢さん、リクエストは?」
「ハンバーグ!」
「子供か」
ほんと、アリスは年甲斐もなく子供っぽいよなぁ。アイスを勝手に食べるところとか、好きなものがハンバーグなこととか……まるで小学生だ。
「いいじゃんハンバーグ! 美味しいんだもん!」
そう言って、頬をぷくーっと膨らませる元勇者。なにこれ可愛い。一回つついてもいい?
「はいはい、美味しいよな」
しかし、俺はその衝動を己の中で抑え込み、平静を装う。
流石に街中でこんなことしたら周りの注目を浴びそうだ。ただでさえ、アリスが目立つから注目を浴びてるのに……。
「でも、クロちゃんの作る料理は何でも美味しいから、正直なんでもいいなー」
「む? 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」
俺は少し気分が良くなり、アリスの頭を優しく撫でる。
すると、アリスの顔がふにゃけ、だらしない顔になってしまった。
「えへへ……」
こんな顔を見ていると、やっぱり子供だなと感じる。
俺に子供がいたらこんな感じなのだろうか? 前世では世帯を持っていなかったし、興味もなかったのだが、こうしてアリスを見ていると、世帯を持って子供を作ってみるのもいいなと思ってしまう。
「おいおい、相変わらずイチャイチャしてるな黒坊!」
俺がそんな事を考えていると、肉屋のおっちゃんに声をかけられる。
頭にはタオルが巻いてあり、いかつい顔つきとは裏腹な元気な声。そんな男が肉が並んでいるケース越しに俺らを見てニヤニヤしていた。
「イチャイチャしてねぇよ」
俺はアリスの頭を撫でるのを止め、おっちゃんの近くに寄る。アリスが少し物寂しそうな表情をしていたが、見られている中で続けようとは思わないので、無視だ。
「それがイチャついてないんだったら、今時のカップルはどんなことやってんだって話だぜ! それより、黒坊よ。今日もいい肉が揃ってるぜ!」
急な営業トークに俺は顔を向けてしまう。
「ほほう……」
今日はハンバーグが食べたいって言ってたし、ここでひき肉でも買っておこうかな?
「おっちゃん、やっほう!」
物寂しい表情からいつもの明るい顔に戻ると、アリスは肉屋のおっちゃんに元気よく挨拶をした。
「おう! 今日も元気がいいなアリスちゃん! 今日は夫婦でお出かけかい?」
「ふっ、夫婦⁉」
おっちゃんのからかいに、アリスは顔をこれでもかと赤く染め上げる。
「アリスよ、毎回このやり取りやってるけど、そろそろ慣れてくれない?」
これで何回目だと思ってんだ? そろそろからかっているって分かってくれない?
ここの精肉店は俺達の行きつけ。学校の帰り道だし、家から近いし、安いしで、いろいろと重宝している。なので、よくここの精肉店で買い物しているのだが————
「式には呼んでくれよ? おっちゃん、スピーチ頑張るからさ」
「し、式⁉」
「そこまで仲良くねぇだろ」
挙式なんてしないっつーの。それに何でスピーチを任せなきゃいかんのだ。それは身近な人とか友達とかに任せ————って、何言ってんだろ俺?
「私とクロちゃんが式……結婚……っ⁉ ど、どうしよ……結婚するならお母さんもお父さんも呼ばないといけないし、セシリアちゃんにも見てもらいたいな……で、でも向こうの世界にいるから会えないし……こ、子供は何人がいいんだろ……」
「おーい、帰ってこーい」
俺は一人自分の世界に入ってしまったアリスを現実に戻すため、肩を優しくゆする。
「わ、私! 男の子と女の子一人ずつ欲しいかな!」
「なんの話だ」
どうやら、アリスはまだ現実に戻りきれていないようだ。
……このやりとりも、もう何回目だろうなぁ。
「クロちゃんは子供欲しくないの⁉」
「欲しい。できれば男と女一人ずつ」
さっきアリスを見て子供が欲しいと思ってしまいました。
「だ、だったら……私、頑張るね!」
「頑張るな頑張るな」
「で、できれば……初めてだから優しくしてくれると……」
「誰だよ、こんな純粋な子に変なこと吹き込んだ奴?」
きっと、クラスメイトの誰かだろう。今度お仕置きしてやらないと。まだアリスにはそういうことはまだ早いでしょ。
「はいよ、ひき肉二人前!」
アリスの妄想が捗っている最中、肉屋のおっちゃんがひき肉を袋に包んでやって来た。
「あれ? 俺ひき肉欲しいって言ったっけ?」
「さっき、そこでアリスちゃんがハンバーグ食べたいって言ってたろ? だからひき肉がいるんじゃないかってな!」
ガハハと、胸を張って豪快に笑うおっちゃん。
なんて仕事のできる人なんだろうか? まさか注文する時間を短縮し、お客様の要望にお答えするなんて。
「あんがと。これ、代金」
「うむ、毎度!」
俺は懐から財布を取り出し、ひき肉の代金をおっちゃんに渡す。
「また来てくれよ!」
「……次は余計な事言わないでくれよ?」
「ははっ! それは黒坊達が店前でイチャイチャしてなかったらな!」
「だからしてないっての」
俺は少しだけため息を吐くと、アリスの手を取り精肉店を後にする。
おっちゃんは元気よく手を振り、俺達の後姿を見送ってくれた。
「で、でもね……私は別に激しいのも問題ないと言いますか、ばっちこいなんだけど……」
……この未だに現実に戻ってこれない少女はどうしてくれようか?
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