勇者はよく分からん

 少し前の話を訂正させてもらうと、実はこのクラスの連中は俺とアリスが同棲していることを知っている。

 というのも————


『昨日のクロちゃんのご飯が美味しかったんだよ! もう、あの味付けが私好みで————』


『相変わらず、二人は仲がいいね〜』


『ほんとほんと、入学した時は滅茶苦茶嫌ってたのに』


 ————こんな事言いまくってたら、嫌でもバレるんだよなぁ。

 現在、小休憩中。アリスは友達と楽しそうにお喋りをしている。日本に来てからの友達。始めは文化の違いにより、中々上手く噛み合わなかったが、それもアリスの性格故、あっという間にみんなと仲良くなることができていた。


「……はぁ」


 俺はそんな光景を机で一人、溜息をつきながら眺めていた。

 ……別に、仲良く話すのはいいけど、俺の話はやめて欲しい。


『『『チッ!』』』


 恥ずかしいのもあるんだが、こうも男子の視線を浴びてしまうとなぁ……。

 正直、魔王だった俺でも怖いものを感じる。何も出来ないからかなぁ? まだ聖女とか、賢者の方が怖くなかったような気がする。


『でもね! クロちゃんって料理以外にもなんでも出来ちゃうんだよ! 家事もそうだし、この前だって————』


 ……でも、なんでアリスは俺の話ばかりするんだろうか? 不思議でたまらない。

 昔というか、前世では俺達殺し合うような敵同士だったんだけどなぁ……。


『そういえば、黒崎くんって、この前女の子に告白されてたよね?』


『あ、そんな話聞いたことある! 確か、一学年下の女の子だったよね!』


 あぁ……そんなこともあったなぁ。確か、アリスとは正反対な大人しい女の子だったような気がする。まぁ、今は恋愛なんぞする気ないし、そもそも人間相手に恋慕なんて抱かないんだよな。人間として十数年生を受けたはずなんだけど。


『……へぇ?』


 すると、不意にアリスがこちらを向く。その目は魔王城で会った時よりも、鋭く感じた。

 ……やっべ、なんか今日寒いぞ?


『……ごめんね、ちょっとお話したい人が出来ちゃった』


 そんなことを言い、アリスは立ち上がり俺の方へと————おい、なんでこっちに来る?


「ねぇ……クロちゃん? さっきの話って、ほんと?」


 ハイライトの消えた目で、アリスは俺に尋ねる。


「さ、さっきの話って……?」


「とぼけないでも、クロちゃんが話を聞いていたのは知ってるから————だから答えて」


 ……すっげぇ、怖い。え? 勇者って、こんなに怖かったっけ? 聖剣で切られた時よりも恐怖を感じるんですけど? そして、俺が見ていたのを知っていたのね。バレてないと思ったんだけど……流石元勇者と言ったところか。察知能力が現世でも充分に生きている。


「い、いや……別に、ただ後輩に告られただけであって————」


「……そっか」


「————だから、俺は決して何も……って、その振りかざした鈍器は一体なにかね?」


 俺の弁明の途中、彼女は綺麗に磨かれた鈍器————もとい、金属バットを俺に向かって振りかざしていた。

 いつの間に取り出した? と言うよりも、その鈍器で、何をするつもりだ?


「……しょうがないもんね、クロちゃんは他の女の子に告白されちゃうんだもん……女の子が好きにならないように、顔をぐちゃぐちゃにしなくちゃ」


「発想が怖いわ」


 この子はどうして、こんなにも猟奇的な発想に至ってしまうのかね? まだ、前世の記憶に引っ張られているのだろうか?

 ……それに、今思えば俺が誰に告白されようと、アリスに関係なくね?


「別に、俺が告白されようとアリスには関係ないだろ?」


「か、関係あるもん……」


 アリスは鈍器を地面に下ろすと、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。


「だ、だって……クロちゃんは、私の物だから……っ!」


『『『キャーーーー!!!』』』


『『『ウキィィィィィッ!!!』』』


 周りから黄色い歓声が上がる。一方では、男子達の悔しさと羨ましさなどの混ざった声が聞こえた。


「だ、だからっ! クロちゃんはダメなんだからねっ!」


 そして、アリスは言いたいことを言い終わったのか、顔を真っ赤にして教室から出ていってしまった。


「なんだったんだ……?」


 その後ろ姿を見て、俺は釈然としない思いになる。

 別に、俺は誰のものでもないっちゅうに……勇者は、何を考えていたのだろうか? 今までの、勇者時代の平等に扱う発言とは正反対の言葉だ。


「……うぅむ。よく分からん」




 女心と秋の空。秋じゃないが、女心―———もとい、勇者心はよく分からんな。

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