勇者と学校

「……今思えば、初対面で殴りかかってくるやつって頭おかしいよな」


「ねぇ、それ私の事……?」


 あなたのことなんです。


「でも、初対面じゃないじゃん。何回も魔王城で会ってたじゃん」


「ま、それはそうだな」


 俺が魔王だった頃。アリスは勇者として、何度も俺に城に攻め込んできた。ご丁寧にパーティまで連れて。


 その時は何度か撃退したんだけど、最後の最後は撃退できなかったんだよなぁ……。なんか聖剣強くなっちゃったてたし。


「でも、あの時は驚いたよね〜。一緒に住む人が男の子で、しかも魔王だったんだもん」


 驚いたと言いながらも、楽しそうに言いながら、彼女は食パンを頬張る。

 ……俺も驚いたなぁ。母さんからは初めて同棲の話聞かされるし、アリスはロシアの取引先の娘さんで、留学ついでに家に住まわせる事になってるし————良く考えれば、アリスの親御さんもよく許可出したよな。男と二人っきりで同棲させるなんてさ。


「アリスはまだいいだろ。俺なんか当日に言われたんだぞ? しかも、同棲の話はアリスが来てからだし」


「でも、遥さんらしいよね」


「らしくあって欲しくなかったがな」


 遥さん————俺の母親は、何故か大事なことは言ってくれない。言うにしてもギ

リギリ。抜けているのか、サプライズ精神旺盛なのか……息子にとっては悩みの種でしかない。


「ほんと、早く言って欲しかったよ。海外赴任のことも、同棲のことも、相手が勇者だってことも」


「勇者は流石に無理じゃないかなー。ほら、私達しか分からないんだし」


「いや、それは分かるがな? それでも教えて欲しかったよ。ただ、誰かと同棲は百歩譲ってなんとかなるにしても、勇者相手は不味いだろ? ……同棲し始めの時の事、覚えてるか?」


「そ、それはごめんってばぁ……」


 俺は目玉焼きを頬張りながら、同棲し始めの頃を思い出す。


 ……あの時の俺達は相当酷かったんだよなぁ。

 ご飯を作っても絶対に食べてくれないし、目が合っただけですぐ逃げるし、話しかけてもガン無視するし、寝込みを鈍器で襲ってくるし————あれ? 今思えば、悪いの全部こい?


 でも、いつからか。アリスは俺に気を許してくれて、今のような関係を築けた。


「そういえば、どうしてアリスは俺を襲わなくなったんだ? 初めは毎日のように襲いに来てたのに」


「それはあの時から、クロちゃんが悪い人じゃないって分かったからね」


「ん? あの時……?」


「なんでもないよ〜♪」


 アリスは楽しそうにはぐらかすと、目玉焼きを美味しそうに食べる。


(……まぁ、いいか)


 今、こうして仲良くしていられるのなら、どんなきっかけがあったのか関係ない。

 俺はそう自分の中で納得させると、再び食事に戻る。


「……ほんと、あの時はかっこよかったなぁ」


「……何か言ったか?」


「うぅん! なんでもないよ!」


 ……独り言の多い奴。喋るならもう少し大きな声で喋ればいいのに。


「さっさと食べてしまおうぜ。学校に遅刻する」


「うん!」


 何故か、珍しく昔の話をした俺達は、少し急ぎめで朝食を食べ終えた。


 ……じゃないと、本当に遅刻しそうだからな。



 ♦♦♦



 俺達は基本的に別れて学校へと向かう。別に一緒に登校すればいいじゃないか、と思う人もいるのだが、考えて見てほしい。

 元勇者のアリスはこの世界でも超の付く美少女。学校内の人気は言わずもがな、学校外でも大変人気なのだ。


 もし、そんな少女と一緒に登校していたら?

 もし、一緒に住んでいることがバレたら?


 ……俺はきっと、嫉妬という魔力に狂った男子達に、俺は殺されてしまうだろう。

 この世界でも、魔王時代の魔術が使えれば……あんな奴らに襲われることもなかったのに……っ!


 それと、始めの頃は別々に登校していたから、その名残もあるかもしれない。

 そういえば、アリスってああ見えて意外と律儀なんだぜ?


 俺と会話もしてくれなかった時、毎回玄関扉に「行ってきます」っていう貼紙残して学校行くんだからさ。

 初めて見た時は、正直笑いそうだったな。流石、勇者だけのことはあって、人ができていると思った。


「おはー」


 教室に着くと、気の抜けた声で軽く挨拶。それを聞いたクラスメイト達からも挨拶を返される。


「あ、クロちゃん遅いよ〜!」


 すると、先に学校に着いて、友達とアリスが俺のところまで駆け寄る。トテトテと走る様は可愛らしい小動物を連想してしまう。後で餌与えなきゃ。


「遅くないと思うが?」


「嘘っ! クロちゃんの方が先に家出てたもん!」


『『『あぁぁん!?』』』


「こらこらアリス? あまりそういうこと言っちゃダメだよ? お兄ちゃん、この世界では魔術使えないんだからさ」


 俺は教室の隅で睨みを効かせている男子達を他所に、アリスに軽く注意する。


「……ふぇ? でも、クロちゃんは魔術使えなくても強いでしょ?」


 分からないよ、と言った顔でアリスは可愛らしく首を傾げる。

 この謎の信頼感。会話のキャッチボールが微妙にできていない。


『黒崎くんおはよう! 遅かったね!』


『アリスちゃん、黒崎くんが来るまでずっとそわそわしてたんだよ?』


「そ、そんなことないよっ!」


 アリスの友達の女の子がそんなこと言うと、アリスは顔を真っ赤にして否定する。


「……へぇ(ニマニマ)」


 そっかぁー、そんなにそわそわしてたんだぁー(ニマニマ)。魔王であるこの俺に、勇者が……ねぇ(ニマニマ)。


「笑わないで! 別にそんなにそわそわしてないからぁ!」


 いいんだよ、別に俺はなんとも思ってないからさ。だから、そんなに顔を赤くしなくても(ニマニマ)。


「もぉー! 全然分かってないしー!」


 アリスは俺の顔を見て少し怒ったのか、俺の胸をポカポカと叩いてくる。

 ……あぁ、全然痛くないや。勇者時代は聖剣の付与効果もあって、叩いただけで壁が壊れるほどだったのになー。今は全然痛くない


『おい、今から鈍器の準備をしろ』


『YES。釘バットでよろしいか?』


『コンクリも必要かもしれん』


 ……どっちかと言うと、今はこっちの方が痛そうだ。

 ……早く、魔王時代の魔術が使えるようになりたいなぁ。侵略とか破壊が目的じゃなくて————護身用に。



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