魔王と勇者

 夏も真っ盛りなこの頃。部屋の窓からは強い陽射しが差し込んでおり、そのおかげで目覚まし要らずで起きてしまえる。

 ……日当たり良すぎない?


 そんなこんなで、夏休み前のド平日。俺————黒崎楓は少し汗をかいたシャツを乱暴に脱ぐと、ベットから起き上がる。我が家なのでいつ裸になろうが関係なし。あ、流石に全裸じゃないぞ? 上半身だけだ。


 俺は上半身裸の状態で、階段を下り、風呂場の横にある洗面台へと向かうと、顔を洗う。ついでに歯磨きも。

 ……あぁ、学校行くのめんどくせぇ。


 前世だったら学校なんて行かなかったんだけどなぁー。と、嘆いても仕方ない。今の俺はこの世界で生きているのだから。


 顔を洗い終えると、朝食の準備の為、キッチンへと向かう。


「さて……今日は何作ろうかねー」


 冷蔵庫を開け、中身を確認しながら朝食の献立を考える。こういう時、母さんがいてくれれば、可愛い息子に朝食を作ってくれるんだけどな。生憎、母さんは父さんと一緒に海外赴任中なので、そんな甘えた考えは捨て去るしかない。


 つまり、我が家には俺一人————と、同居人が一人。


 ……そいつの為にも、朝食作らないとなー。

 という訳で、もっぱら家事担当の俺は卵を取り出して、フライパンに熱を入れる。面倒臭いから、今日は食パンと目玉焼きでいいや。


「おはよー」


 朝食を作り始めた俺の耳に、眠たげな声が聞こえる。リビングの入口へと顔を向けると、そこにはサラリとした銀髪が特徴的な少女がいた。

 日本では中々お目にかかれない腰まで伸びた銀髪に、くりりとしたブルーの瞳、愛嬌抜群の顔立ちと、少し小柄な体型。間違いなくの美少女さん。


 そんな少女が寝間着を崩した状態で現れた。


「おう、おはようさん」


 肩口から美少女の白い肌が見える。ちょっと前までの俺だったら、鼻から血が出ていたかもしれないが、慣れというものは恐ろしい。全くをもって興奮しなくなった。


「顔洗ってくりゅ……」


「しっかり目を覚ましてこいよー」


「……はーい」


 瞼を擦りながら、おぼつかない足取りで少女は洗面所に向かった。


(こんなこと言ってる俺って、なんかお母さんっぽいよなー)


 いつかお母さんになるのかもしれない。

 そんなことを思いながら、二人分の朝食を作り始めた。



 ♦♦♦



「「いただきまーす」」


 トーストに目玉焼き。朝食が並べられたテーブルに向かい、俺達は合掌してご飯を食べ始める。

 決して手の凝った料理という訳でもないが、朝食であればこれで充分だろう。


「う〜ん! クロちゃんのご飯は美味しいね!」


 そう言って、美味しそうに食パンを頬張る少女。


「別に、ただ単に食パン焼いただけだろうが。それに、クロちゃんやめい」


「えー! いいじゃんクロちゃん! 魔王時代の名前と重なってて呼びやすいんだよ?」


「知ったこっちゃないわ」


 ……全く、この歳にもなってちゃん付けなんて、恥ずかしいったらありゃしない。考えて? 俺達もう、高二だよ? それに、前世合わせたらおじいちゃんである。


「なんなら、俺もアリスちゃんって呼ぶが?」


「そ、それはちょっと恥ずかしいな……」


 俺がかからかうと、少女は恥ずかしげに顔を赤らめる。

 やられて恥ずかしいことを俺にやんなよ……。


「そういえば、もう一年経つんだねー」


 不意に、美味しそうに食べていた銀髪の少女が、懐かしむように言った。


「なにが?」


「ほら、私達が一緒に暮らし始めたことだよ。それと————初めて出会った時」


「あぁ……そういえば、そうだなー」


「あ! クロちゃん忘れてたでしょ⁉」


「忘れてない」


 ……嘘です。正直、言われるまで忘れてました。


「本当に……運命の出会いだと思ったんだけどなぁ」


「ん? 何か言ったか?」


 少女が小声で話すもんだから、全然聞き取れなかった。


「な、なんでもないよ!」


 すると、少女は慌てた素振りで否定する。

 ……まったく、話すんだったらちゃんと聞こえる声で喋ってよね。

 ————しかし、


「確かに、あれからもう一年か……」


 俺は懐かしむように天井を見上げる。

 俺が目の前に座る少女————椎名アリスと出会ってから、一年が経つ。色々事情があり、今はこうして、仲良くひとつ屋根の下で暮らしているが、当時は相当苦労させられた。


 女と一緒に住めとか、両親は海外赴任に行くだとか、実は取引先のご令嬢だったとか……色々問題があった。

 しかし、一番の問題は————









 俺とアリスが『魔王』と『勇者』だったってことだな。


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