二十九章

「さあ、はじめようか、地球人?」


 イケメン滅びの花はゆっくりと、僕と「滅びの花」本体の間に移動した。戦う気なんかまるでないような、悠然とした表情と態度だ。


 コイツと、コイツの奥にいる本体を倒さないと僕たちは……。


 ただちに、花澄ちゃんのそばに落ちていた剣を拾って構えた。凛とした、冴えた刃のきらめきが美しい細身の剣だ。きっとこれが伝説の剣の最終形態なんだろう。


蒼炎の剣ブルーフランベルジェだっけ? すごいよねえ、君の必殺技。ぜひ、我にも見せてくれないかな?」


 イケメン滅びの花の態度は変わらない。僕を見て、楽しそうに笑っている。


 くそ、どうすればいいんだ……。


 さすがに、その挑発の意味ぐらいは僕にもわかった。蒼炎の剣ブルーフランベルジェを使えば、確かにこいつはすぐ倒せるかもしれない。だがもし、よけられてしまったら? 使うと確実に意識がなくなる技を外してしまったら、僕は、終わりだ。それに本当に倒すべき相手はコイツじゃない。その奥で光ってるヤツなんだ……。


「く……」


 焦燥で胸が張裂けそうだった。わかっている。すごく単純なことだ。蒼炎の剣ブルーフランベルジェは本体へのとどめの一撃にしか使えない。蒼炎の龍ブルーサラマンダーも同じだ。そして、花澄ちゃんがそばで倒れている以上、蒼雪炎舞スノウ・フレアも使えない。そう、こいつを排除するのに、『蒼き灼熱』ブループロミネンスの技はまるで使えない――。


「おやおや、もう時間がないってのに、全然動かないんだねえ」


 イケメン滅びの花の目に鋭い光が宿った。


「じゃあ、こっちからやるかなっ!」


 それは猛禽の滑空のような跳躍だった。イケメン滅びの花は、頭を低くして一気にこっちの懐に迫ると、そのまま僕の顔めがけて拳を放ってきた!


「ぐあっ!」


 すごく重い拳だった。僕は大きく後ろに吹っ飛ばされ、床に開いた穴のへりに背中を叩きつけられた。はずみで、穴の下に落ちそうになる。


「わっ!」


 とっさに、へりを片手でつかんで持ちこたえた。穴の外周から宙ぶらりんにぶら下がった格好だ。何の穴なんだろう。かなり深いみたいだし、何か大きな、でたらめな力で無理やり開けられたもののようで、形が悪い。外壁もボコボコしている。


 いや、そんなことより、今は上に……。


 へりをつかんだ手に力を込めて必死に上へのぼった。穴の中から顔を出すと、すぐ前、八十センチぐらい離れたところにイケメン滅びの花が仁王立ちしていた。


「はやくのぼってきなよ。我はそこまでははいけないんだからさ」

「いけないって?」

「一応、我の本体はあそこにあるヤツだからさ。あんまり『遠出』はできないんだよねー」


 なるほど、この滅びの花イケメン出張所は、動ける範囲が決まってるらしい。よかったあ。穴から這い上がるときに、手をぐるぐり踏まれるみたいなことされなくて。


「安心した? でも君、急いだほうがいいんじゃないかな。時間、あんまりないでしょ?」

「わ、わかってるさ!」

「それに我、けっこうイジワルだしさ♪」


 と、そこで、イケメン滅びの花はすぐ奥で倒れている花澄ちゃんのほうを向いた。


「何をする気だ?」

「殺すんだよ、君が見ている前で、この地球人のメスをね。我、イジワルだからさあ」

「や、やめろおおっ!」


 全力で穴から這いあがり、イケメン滅びの花に体当たりをかました――が、よけられてしまった。


「ははは。地球人、必死だなー」


 くそ、見た目が会長なだけに、余計に腹が立つ!


「……吾朗、あたしのことは……気にしないで……」


 ふと、花澄ちゃんのすごく弱弱しい声が聞こえた。


「花澄ちゃん、だいじょうぶ?」

「バカ、あたしと話してる場合じゃないでしょ……。今は『滅びの花』を……」

「で、でも、花澄ちゃんこんなにボロボロになって……。一体、僕が寝てる間に何があったの?」

「そ、それは……」

「その地球人のメスはね、君をかついでここまで運んで来たのさ」


 イケメン滅びの花が口を挟んできた。


「この塔の床に穴をあけていってね。深い穴だったろう? あのキャンサーがバリバリしたヤツもあるけど、大部分は彼女のリピディアによるものなのさ。まあ、そのせいでずいぶん消耗したみたいだけどねえ」


 そうだったのか……。僕が寝ている間に、花澄ちゃんはそんなに頑張って……。こんなに衰弱しきってるんだ、すごく苦しかっただろうに……。


 やっぱり、僕は負けちゃいけないんだ。花澄ちゃんのためにも!


「うおおおおおっ!」


 剣を拾うと、再びイケメン滅びの花に立ち向かった。渾身の力でそれを振り下ろす! 突く! なぎ払う!


 だが、どれもさっぱり当たらなかった……。


「地球人、これはどういう踊りなのかな?」


 イケメン滅びの花は涼しい顔をして、僕に足払いをしてきた。うわっ! 前のめりに転んでしまった。


「ぬるいなあ。地球人。早くこれに切り札を使っちゃいなよ?」


 イケメン滅びの花は自分の胸に指を立てて、にやりと笑う。


「つ、使うもんかっ!」

「ふーん、煽っても無駄か。ガクエンレンゴクはもう死に体だし、いい機会だから、リピディアのデータが欲しかったんだけどなあ。我、あれ、超苦手だしさあ。ハハハ」


 データだと! こいつ、そんなもののために、僕を弄んでたのか!


「ふざけるな!」

「……そうだね。遊びはもう終わりにしようか!」


 再び、イケメン滅びの花は低く鋭く跳躍した。それはやはり、僕には対処しようもない動きの速さだった。次の瞬間には、僕はさっきと同じように頬を殴打されていた。


 だが、それで攻撃は止むことはなかった。頬の次は胸、次は腹、次は太もも……重い拳や蹴りが、次々と襲いかかってくる!


「ぐ……」


 苦痛で、呼吸すらままならなかった。制服がどんどん破れて行く。


 勝てない。このままじゃ、僕は死ぬ。


 こうなったら、いちかばちか――。圧倒的な力の殴打の中、剣の柄をぎゅっと握りしめた。


 だが、そのとき、イケメン滅びの花の動きが止まった。なんだろう。見ると、背後から誰かが抱きついて動きを止めている――。


「ご……吾朗、いまのうちに……」


 花澄ちゃんだ!


「邪魔しないでもらえるかな、地球人のメス」


 イケメン滅びの花は、冷やかに一瞥すると、花澄ちゃんの細い手首をつかんで、上に放り投げた。そして、落ちてきたところに蹴りを入れ、向こうに吹っ飛ばした。


「きゃあっ!」

「花澄ちゃん!」


 あわてて、その落下地点に走った。そして、そのボロボロの体を抱き抱えた。すでに制服は大半が破れ落ちている。


「花澄ちゃん! しっかりして!」

「ご、吾朗……ごめん、あたし、役に立てなくて……」


 もはや息も絶え絶えだ。胸がキリキリと痛んだ。僕が弱いばっかりに、花澄ちゃんがこんなになってしまったんだ……。


「吾朗……これ、受け取って……」


 花澄ちゃんは自分の胸からエンブレムを取って、僕の手に置いた。


「あたし、もう無理みたいだし、気持ちだけでもあんたと一緒に……」

「ああ、もらっておくよ……」


 熱いものが込み上げてきた。


「あと、これも……」


 と、花澄ちゃんはさらにポケットからいくつかのエンブレムを取り出して、僕に手渡した。


「みんなのよ。吾朗、あんたが持ってて……」

「わかった」


 それらを胸ポケットにしまった。


「吾朗……あたし、信じてるから、あんたのこと。だから……」


 言葉はそこで途切れた。花澄ちゃんは気を失ってしまったようだった。


「話はおわった? 早くこっちに戻って来てくれないかなあ? 我、そこまで移動できないからさあ」

「言われなくてもわかってるさっ!」


 お前のせいで、花澄ちゃんは! 強い怒りに駆り立てられ、そのままイケメン滅びの花に突撃した。今度こそ、今度こそ、こいつを倒してやる!


 と、その瞬間、胸ポケットのところが熱くなった。そして、周りのあらゆるものの動きがゆっくりになったようだった――。


 これは、まさか……。


 加速している? 僕自身が? 


 そう気付いたとき、僕の剣はすでにイケメン滅びの花の胸板を斜めに切り裂いていた。


「ぐっ……」


 ヤツは顔をゆがめ、ただちに大きく退いた。


 当たった? この僕の攻撃が? 今まで何をやっても当たらなかったのに――。


 いや、今のは明らかにこれのせいだ。


 胸ポケットにそっと手を置いた。


 そうだ。今のは花澄ちゃんの『脱兎』ラピッド・ラビットだ。



 爆発まであと一分十八秒――。

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