二十八章

「すべてを焼き尽くせ! 蒼炎の龍ブルーサラマンダー!」


 僕の右手から、蒼い炎が渦となり、らせんとなって黒竜に走る。その光と灼熱が、竜の脇腹をえぐり、穿つ!


「グオオオオオッ!」


 竜は悶絶し、頭を大きく上下に降った。その牙に捕らえられていた女の子が、はずみで床に落ちた。


 よし、花澄ちゃんをはなした!


 もう遠慮はいらない。左手に持ち替えていた伝説の剣(もうひとがんばり)を、右手で握りなおし、隙だらけの竜の懐に潜り込んだ。


「くらええええっ!」


 いまだ! 竜の顎の真下から、その首に向かって剣を大きく振った!


 蒼い炎の剣閃は、業火の刃となって、その長い首をはねた。そして、竜の首と体とが分断された瞬間、それは拡散し、竜の残骸を焼き尽くす大きな蒼い炎と化した。


「花澄ちゃん!」


 すぐに倒れている花澄ちゃんに駆けよった。すでにその制服はボロボロだ。朦朧としており、さらに相当疲れているのだろう、息使いも荒い。その体を抱きかかえて、炎のそばから移動した。


「吾朗……?」


 離れたところの床に寝かせてたところで、花澄ちゃんは目を開けた。


「りゅ、竜は……?」

「それなら僕が倒したよ」

「なんですって――」


 瞬間、花澄ちゃんは大きく目を見開いた。


 そして、


「バカ! なんであんたが手を出すのよバカ!」


 パァンッ! 平手打ちされてしまった……。


「か、花澄ちゃん……」


 見ると、花澄ちゃんはすごく怒った顔をしていて、目にはいっぱい涙がたまっている。


「なんであんた、後先考えずに行動するの? わからないの? あんたが今、リピディアを使ったら、あたしたち、世界を救えないじゃない!」

「そ、それは……」

「嫌い! あんたなんか大嫌い! 嫌い嫌い嫌い!」

「ご、ごめん……」

「……なんでよ。なんでそんなことするのよ」


 ふいに、花澄ちゃんの声がかすれた。涙が止まらないんだろう、うつむいて、目元を指でぬぐっている。しゃっくりで、その小柄な体が規則正しく震えている。


「ごめん……」


 僕はもう一度、花澄ちゃんに謝った。


 と、そこで、強いめまいを感じた。


 うう、やっぱりまた気絶しちゃうのか……。だめだ。今ここで倒れるわけにはいかない! 頬を強くたたいて、そのめまいを必死に振り払った。しかし、効果はないようだった。次第にめまいは強くなり、意識は曖昧になっていく……。


 やがて、僕はその場に崩れた。


「吾朗……」


 花澄ちゃんはそんな僕を悲しそうな目で見ている……。


「花澄ちゃん、ほんとにごめん。でも、僕はやっぱり、君を助けたかったんだ……」

「……わかってるわよ。それぐらい」


 花澄ちゃんは僕の手をぎゅっと握った。


「あんたはいつだって、あたしを助けてくれる。あたし、いつだってすごくうれしかったのよ。今だってそう。あんたはあたしを助けるために、あんな大きな竜を倒してくれた。ありがとう、吾朗……」


 花澄ちゃんは微笑んだ。その目にたまった涙が、はらりと頬に流れた。


「さっきはごめんね。叩いて。それにひどいこと言って。嫌いだなんて、本当じゃないのよ。だってあたし、ほんとはあんたのこと、ずっと――」


 その後、花澄ちゃんは何か言ったようだったが、僕にはもう聞こえなかった。




 ――今度はあたしが……助けるから……。


 深い闇の中でそんな声が聞こえた気がした。雲の中にいるような、不思議な感覚だった。意識は限りなくあいまいで、何も見えず、自分が誰であったのかすら思い出せなかった。ただ、恐怖や不安はなかった。僕の体は、とても心地よいぬくもりで包まれていた。


 これはなんだろう?


 何もわからない僕はただ、それに意識をゆだねるしかなかった。心地よいだけではなく、懐かしい感触だ。神経を研ぎ澄ませると、やがて、吐息のようなものが聞こえてきた。それはとても苦しそうだ……。


 ああ、そうか。あの子は僕のために何かしてるんだ……。


 それは滴が水面に落ちた瞬間に広がる波紋のようなひらめきだった。何もわからないのに、なぜかそれだけは理解することができた。そして、それは僕に強い焦りを感じさせた。あの子は苦しんでる。僕も何かしなくちゃ。目を見開き、手足を動かし――目覚めなきゃ。


 そうだ、僕には、まだやることが残ってるんだ!


 瞬間、僕の世界の闇は消えた。




 目を開けたとき、すぐ前に、花澄ちゃんの顔があった。


「ご……吾朗、よか――」


 彼女は僕と目が合うと、そこで張り詰めていたものが切れたようだった。ゆるく笑って、いきなり僕の胸に崩れ落ちてきた。うわっ、なんだ?


「か、花澄ちゃん?」

「…………」


 返事はなかった。というか、もう返事をする力も残ってないぐらいに、疲れきって朦朧としているようだった。僕が意識を失っている間に何があったんなろう。


 というか、ここは……。


 少し起き上がり周りを見回してみると、さっき竜を倒したところとは違う場所のようだった。丸い、広い開けた空間だったが、壁や床は赤く、血管のようなものが浮かび上がって、かすかに動いている。さらにそのすみには、強い緑色の光を放つ何かがあるようだ。


 僕たち以外には誰もいなかった。そして、僕たちのすぐそばの床には大きな穴があいているようだった。


「ふうん、君がガクエンレンゴクの切り札か」


 と、そこでどこからか声が聞こえてきた。竜と戦う前に聞いた、機械で合成したような声だ。


「ちゃんと爆発前に目を覚ますとはねえ。我は、間に合わないほうに賭けてたんだけどな。あてが外れたな。ハハハ」


 間違いない、こいつ「滅びの花」だ! 

 くそ、どこから僕を見てるんだ! 周りを見回してみたがそれっぽい姿はない。


「ど、どこにいるんだ! 隠れてないで出てこい!」

「ああ、そっか。会話機能だけじゃ、らしさがないか。らしさが」

「らしさ?」

「未知の存在との対話というのは、知能の低いほうの恐怖と動揺を極力排除した先に成立しうるということだね、うんうん」


 と、そこで、僕の目の前に一人の男が現れた。


「やあ」


 イケメンだ……っていうか、あの二次オタ生徒会長そのものだ!


「ちょ、いったいどういう……?」

「ああ、この外見? 気にしないで。どうせ擬態するならかっこいいほうがいいだろ? だから、このガクエンレンゴクのデータベースから適当にチョイスしてみたんだよ」


 つまり、コイツ、あの会長の外見だけコピーしたのか。びっくりさせやがって!


「安心している場合ではないですわ、吾朗さん」


 今度は半透明の琴理さんが、僕のすぐ横に現れた。


「外見こそクソお兄様ですが、あれは『滅びの花』の細胞から作られています。気をつけて下さい」

「細胞? あいつ、『滅びの花』の一部ってことですか? じゃあ、本体は――」

「あれだよ♪」


 と、イケメン滅びの花は、すみっこの、緑色に強く光っているものを指さした。

 ああ、あれがそうなのか。光が強くて、あの謎もやしかどうかよく見えなかったぜ。


「あそこの我を、制限時間内に処理することができれば、君の勝ちだね、地球人?」


 イケメン滅びの花はにやりと笑った。


「制限時間?」

「ああ、君は気絶していたから、あとどれくらい時間が残っているかわからないのだね。しょうがない。君のために特別にサービスしてあげよう」


 イケメン滅びの花は指パッチンした。たちまち、僕たちのすぐ近くの床から巨大な電光掲示板がせり上がって来た。そこには「4:48」とあり、点滅しながら、47、46、と数字を減らしている。こ、これって……。


「そう、この塔の爆発まであと五分もないということだね♪」


 イケメン滅びの花は、楽しそうに笑った。

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