二十七章

「ヤツは今回は量より質の作戦に切り替えたようですわね。たったの一体だけだと、よくもまあ、ほざきますわ……」


 半透明の琴理さんは、厳しい表情で割れた天井の向こうの黒い竜を見つめている。


「そんなにやばいんですか? あの竜?」

「はい。単純なパワーと耐久力だけでも、吾朗さんが今まで戦ってきたどのキャンサーよりも高いはずですわ」


 うう。そんなに強敵なのか。


 でも、コイツを倒さないと、僕たちに未来はない――、


 と、そこで、様子を窺うようにこちらを凝視していた黒竜の巨体が動いた。天井から舞い降りて来るや否や、牙を、僕たちの固まっているところめがけて振りおろしてくる!


「うわっ!」


 とっさに、僕たちは別々の方向によけた。竜の爪が塔の床をえぐり、破片を周囲に飛び散らせる。


 今の攻撃、巨体に似合わないかなりのスピードだ。それにパワーも相当……。


 体勢を立て直しながら、伝説の剣(もうひとがんばり)を握りしめた。やるしかない! 周りを見回し、他のみんなとも視線を交わす――が、そこで、


「あんたは戦っちゃダメよ!」


 花澄ちゃんがすごい速さで駆けよって来て、僕の肘をつかんだ。そして、いきなり、遠くの壁に向かって僕の体を投げつけた! ぎゃあ、痛い!


「くそ、なんなんだよ……」


 痛む体をさすりながら、再び起き上がる。みんなのいるところから、十五メートルぐらい飛ばされてしまったようだ。


「吾朗さん、峰崎さんの言うとおりですわ。今は戦わないでください」


 半透明の琴理さんが僕の目の前に現れた。


「でも、あんな強そうな敵、みんなで力を合わせないと倒せな――」

「忘れたんですか? 吾朗さんは、戦いの後、気絶することがあったでしょう?」

「あ……」


 そういえば、そんな体質だったな、僕。


「わたくしたちが真に倒すべき相手は、あの竜ではありません。くわえて、わたくしたちに残された時間はわずかです。今ここで、吾朗さんに倒れられると困るのですよ。吾朗さんこそ、わたくしたちの最後の切り札なのですから――」

「僕が切り札?」

「あの『滅びの花』に対抗できるのは、吾朗さんしかいないということですよ」


 琴理さんは有無を言わせぬ強い口調だ。


 そうか、今ここで僕が気絶しちゃったら、爆発までに「滅びの花」本体を倒せなくなるから、だから僕は、戦っちゃいけない。だから、花澄ちゃんは僕を投げて……。


「わ、わかりました! 僕、ここでみんなを見守ることにします!」


 その場で体操座りし、竜と、勇者部のみんなの様子をうかがった――。




 竜は、やっぱりとてつもなく強かった。


「はあああっ!」


 クマが叫び、竜の横腹に電撃の拳を炸裂させる!


「行け、俺のかわいいツバメちゃんたち!」


 その後方で健吾が叫び、『切り裂き燕』スワローオブセプテンバーの刃を次々と竜の頭に放つ! 素晴らしいコンビネーションだ!


 だが――彼らは次の瞬間には、パンツ一枚になって、地面に転がっていた!


「は、はやい!」


 竜が何をしたのか、何も見えなかった! なんという瞬殺! いろんな意味で衝撃的だったが、ある意味、予想通りだった!


「……じゃまね、こいつら」


 花澄ちゃんが、パンツ一枚になっている二人をこっちに投げてきた。うわっ! 立ち上がって、その肉の弾をよけた。見ると、二人とも完全に白目をむいているようだ。


「なんてことだ、一気に二人もやられ……まあいいか」


 とりあえず、今見たことは忘れた。視線を、花澄ちゃんたちのいるほうに向けた。

 そこでは、すでに死闘が繰り広げられているようだった。


 竜の動きはやはり速かった。しかし、花澄ちゃんはそれ以上だった。竜の巨体から繰り出される攻撃を完全に見切っているようで、全て紙一重で交わしている。竜の牙が、爪が、長いしっぽが空を切り、地面にたたきつけられ轟音を響かせる。そのすきに、花澄ちゃんは野兎のように跳ねまわって、竜の四肢に拳や蹴りをお見舞いする。


「グオオオオッ!」


 その攻撃は、確実に竜にダメージを与えているようだった。花澄ちゃんの拳や蹴りが命中するたびに、竜は身を痙攣させ、時にのけぞらせ、大きな口から苦悶の唸りを上げた。


 すごい、あの竜を圧倒してる!


 思わず中腰でガッツポーズしてしまった。


 だが、その感動も長くは続かなかった。竜は格闘では到底太刀打ちできないと判断したんだろう、いきなり翼を広げ、花澄ちゃんに向けて強い風を起こし始めた!


「きゃあっ!」


 体の小さな花澄ちゃんは、それにあおられ、背後の壁に叩きつけられた! そこを竜は見逃さない。ここぞとばかりに、爪をその体に降りおろす――、


 だが、それは、花澄ちゃんには届かなかった。


 金色に輝くバリア――それが、突如、花澄ちゃんの前に現れたからだ。


 バリアは竜の爪を受け止めると、即座にはじけるように消えた。


「峰崎さん!」


 ずっと後方に待機していたココ先輩とロロ先輩が花澄ちゃんのところに駆けよって来た。


 今のは『絶対守護者』エル・ガーディアンか……。ココ先輩、自分のまわり以外にもバリアを張れるってことかな。でも、一瞬でなくなっちゃったし、自分の周りに貼るよりかはすごく弱いもののようだ。


「峰崎さん、しっかりするのよ!」

「かすみん、だいじょうぶ?」


 一之宮姉妹は花澄ちゃんを抱きおこす。当然その間も竜は攻撃してくるが、すでにその空間は『絶対守護者』エル・ガーディアンの強固なバリアで守られていた。ひとまず安心みたいだ。


 だが、守ってばかりじゃ攻撃できないぞ。僕たちにはあまり時間が残されてない――。


 花澄ちゃんもそのことはよくわかっているようだった。すぐにその安全な空間から飛び出した。そして再び、己の体一つで、竜と戦い始めた――。


「あそこまで速いと、ココ犬さんは峰崎さんの動きに合わせてバリアを張ることができないでしょうね」

「え? じゃあ、花澄ちゃんはノーガード状態で戦ってるってことですか?」

「ふふ、まったくそうでもないと思いますわ」


 その言葉の意味はすぐ明らかになった。


 竜は、もはや四肢を使った攻撃では対抗できないと判断したんだろう、火を噴いたり風を起こして花澄ちゃんの動きを封じようとするばかりだった。だが、その非接触系の技は、いずれも花澄ちゃんがとっさに動くのを止めることで防がれた……正確には、動きを止めた瞬間にココ先輩のバリアが周りに展開されたということだけど。


 そう、かつて拳で語り合った?あの二人の間には、阿吽の呼吸のようなものがあった。竜の非接触系の技を花澄ちゃんは完全に見切り、発動の寸前に、動くのをやめる! それが合図となって、ココ先輩は後方からバリアで援護する!


 なんてすばらしいコンビネーションなんだ! コンビネーションと言えば、さっき一瞬それっぽいものを見たような気がしたが、そんなのとは全然比べ物にならない! すごいぞ、花澄ちゃん、ココ先輩! 


「美星先輩、これなら竜に勝てそうですね!」

「……そうでしょうか」

「え?」

「あの竜、何かまだ持っている気がするのです……」


 琴理さんは眉根を寄せた。


 そんなバカな。見たところ、花澄ちゃんたちは完全に竜を手玉に取ってるぞ? ダメージ一方的に与えてるぞ?


 首をかしげながら彼らを見守った。


 と、そのとき――竜がかすかに笑ったように見えた。


 そして、直後、ココ先輩の体が宙に浮いた!


「きゃあああっ!」


 その小さな体は天井に叩きつけられ、地面に落ちた。


「な、なんだ?」

「吾朗さん、あれですわ!」


 琴理さんはココ先輩が立っていた場所を指さした。見ると、床から巨大な槍のようなものが飛び出している。


 あれが、いきなり床から突き出してきたのか? なんでまた……と、思ったそのとき、その巨大な槍が床に引っ込んだ。竜の動きに合わせて。見ると、その長いしっぽは、根元から床にささっている。


 そうか、あいつ、自分のしっぽを床にさして、地下から攻撃してきたのか!


 そんなことできるやつだったのか……。見ると、ココ先輩はもう制服がなくなっていて、下着姿で、しかも気絶しているようだ。まずい。このままじゃ花澄ちゃんが――、


「花澄ちゃん、逃げて!」


 とっさに叫んだ。


 だが、それは間に合わなかった。


 僕が叫ぶと同時に、竜は再び花澄ちゃんに強い風を吹き付けてきた。それは彼女の体を問答無用でとらえ、後方の壁に叩きつけた。


「きゃあっ!」


 そして、そこに竜の顎が落ちる――。


「やめろおおおおおっ!」


 僕は駆けだした。

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