二十四章

「これはいわば、焦土作戦だ。ガクエンレンゴクは、『滅びの花』を撲滅するためだけに作られている。『滅びの花』の芽を処理できなかった場合は、その苗床となる惑星そのものを消し去る。はじめからそのように設定されていることなのだ――」




 目を開けたとき、そこはすでに学校ではなかった。僕は見覚えのある和室の、布団に寝かされていた。


「あれ、ここは……?」


 布団から起き上がると、


「気が付いた、吾朗?」


 花澄ちゃんがすぐ隣に座っているのに気づいた。今は制服ではなく、紺のジャージの上下を着ている。


 そして、僕も今はパンツ一枚だった。


「あれ、制服は? それに学校にいたはずなのになんで……」

「あんたが気絶している間にいろいろあったのよ」

「気絶って……ああ」


 またあれか。強いリピディアを使った後の副作用か。


 どうやら、あの会長の話を聞いてる途中に意識が飛んじゃったみたいだな……。部屋の時計を見ると午後二時過ぎ。気絶していたのは数時間ほどのようだ。


「あのあと、あたしたち、美星先輩たちに抗議しようとしたの。でも、あたしたちが何か言おうとしたとたん、床がパカっと割れて、下に落とされちゃって。そのまま、ダストシュートに入れられたゴミみたいに、あたしたち学校の外に投げ出されちゃったのよ!」


 花澄ちゃんは拳をぎゅっと握りしめて怒鳴る。確かにひどい話だ。ゴミ扱いとは。


「学校の外に出されたあと、何をやっても中には入れなかったわ。結界っていうのかしら? それっぽいものが学校の周りにあるみたいで。それに、あたしたち、学校の外ではリピディアは使えない、普通の高校生だし。制服だってすぐになくなっちゃったし」

「制服がなくなったって?」

「学校の外に出された瞬間、制服が消えちゃったのよ! おかげでみんな下着姿! ほんと迷惑な話よね!」


 そ、そんなことがあったのか! 僕が寝ている間に、花澄ちゃんがブラとパンツだけの姿に!


「なんてことだ……僕は……!」

「吾朗もやっぱり許せないわよね!」

「もちろんだ!」


 そんな奇跡の瞬間に気絶していた自分が許せない!


「……まあ、そのときは、一之宮先輩たちが助けてくれたんだけどね。家に電話して車を呼んで、あたしたちを家に送ってくれたの。一之宮先輩たちの家ってすごくお金持ちみたいなのよ。あたし、あんな高そうな車に乗ったの初めて」

「へえ……」


 それで僕たちはいったん家に戻ったってわけか。


「でも、僕はなんで花澄ちゃんの家に?」

「そ、それは……あんた気絶してるし、ほっとけないでしょ!」


 顔を赤くしてそう言うと、恥ずかしそうに顔をそらしてしまった。まあ、同じ勇者部のよしみで親切にしてもらったってことかな? 「ありがとう」お礼を言った。


 それから、僕はグレーのスウェットを貸してもらって、着た。そして、花澄ちゃんの家のお店、ラーメンミネサキでラーメンをごちそうになった。今日は定休日ということで、お店はしまっていて、誰もいなかった。お父さんとお母さんも出かけているらしく、花澄ちゃんがラーメンを作ってくれた。


 インスタントだったけど……。


「ざ、材料がないからしょうがないのよ!」


 お店が休みだと、そんなもんなのかなあ。もしかして、花澄ちゃん、料理できないんじゃ? とりあえずお礼を言って、それを食べた。インスタントな、手堅い味がした。


「……吾朗はさっきの話、どう思う?」


 テーブルに向かい合って座って、インスタントラーメンをすすっていると、花澄ちゃんがおもむろに切り出してきた。


「学校が、地球を消すってほんとなのかしら……」

「うーん?」


 やっぱりすごく信じられない話だ。だって、今までは地球を守るためにがんばってきたんだろう? それなのに、急にそんなこと言われても……。


 それに、地球が消えるってことは、僕たちは全員死んで、僕のいるこの世界がなくなっちゃうってことだ。そんなのやっぱり、壮大すぎる話で実感がわかない。時計の針はいつも通りの正確なリズムで動いている、店の窓から見える街並みもいつも通り平穏そのもの、そして、このインスタントラーメンはいつも通りの微妙なおいしさだってのにさ。


「あの会長が言うにはね、学校そのものが地球を吹っ飛ばす爆弾になるんだって。それで、あと十時間後に爆発するらしいの」

「じゅ、十時間?」


 ちょ……また急な話だな!


「いくらなんでも早すぎないか、世界の終わりまで!」

「そう……だよねえ?」


 花澄ちゃんは曖昧に首をかしげる。やはり、信じられないという顔だ。


「実を言うと、あたし、今までのことも、ホントだったのかちょっとわかんないの。だって、あたしたち、いきなり変な力が使えるようになったでしょ? そんなのおかしいじゃない、常識的に考えて」

「常識……?」


 その言葉にはっとした。そうだ、あの学校、ガクエンレンゴクは、謎の宇宙パワーで人間の常識を書き変えて、自身に対する「常識的な」ツッコミを禁止していたはずだ。でも、今はそれがなくなっている……。


 それってつまり……どういうことなんだ? うーん?


「思うんだけどさ。もしかして、あたしたちって、集団幻覚でも見てたんじゃないかしら?」

「幻覚?」

「そうよ。きっと催眠術とか手の込んだ手品とかでだまされてたんだわ。そう考えるのが自然よ」

「自然……」


 ああ、なんてしっくりくるツッコミだろう。そうだ、常識的に考えて、あの学校はおかしい! そう考えるのが自然! 僕はずっとそう思ってきた! それがようやく他の人にも伝わったんだ!


「そうだね。あの学校はおかしい! 学校が地球破壊爆弾になるとかマジありえないよね。猫型ロボットが四次元ポケットから出す秘密道具かっての!」

「やっぱりあの会長たちのいたずらだったんだわ。今までのことは」

「だよねー」


 うんうん。うなずきあうと、胸の中のいろんな不安が吹っ飛んでいく気がした。そうだ。あと十時間で世界終了とか、そんなバカな話があってたまるか。




 やがて、インスタントラーメンを食べ終えると、僕はそのまま家に帰った。家には誰もいなかった。僕の両親は共働きだし、妹も学校に行ってるはずだし。ちょっとした休みだ。普通にお菓子を食べ、普通にゲームをして、普通に他の誰かの帰りを待って、やがて数時間後、普通にみんなで夕食をとり、普通にお風呂に入って、普通に部屋でくつろいだ。何もかも平和だった。やっぱり、地球があと少しで消滅するとか嘘なんだと思った。


 寝る前は部屋にあるパソコンで、おインターネットをたしなむくらいの普通さだった。おインターネットというのは、今時の高校生はできて当たり前のものなのだ。僕は高校生だからそれができる! なんて普通のことなんだろう。実は、パソコンは高校に入学したお祝いに買ってもらったもので、おインターネットなんて、ほとんど全然やったことなかったんだけど、やっぱりあれじゃない? 今は、世間がどれだけ普通なのかIT的に知っておきたいところじゃない? 高校生がおインターネットとか全然普通だしぃ? ……まあ、そんなわけで、おっかなびっくりながらも、パソコンを起動させ、おインターネットの世界というものを見てみた僕だった。


 おインターネットに接続して最初に出てきたのはyapoo!というサイトだった。ようわからんが、いろんな情報を集めてるところなのかな? 今日あったと思われる事件や、最近話題になってることなんかがトップに箇条書きで紹介されている。普通だ。おインターネットで意外とたいしたことないものなんだな。もっと早くやってみればよかったぜ!


 と、僕がディスプレイの前でふんぞり返ったときだった。そのトップで紹介されている、とある「話題」が目にとまった。


『ネットで騒然! モンスターが出現する学校!?』


 なにこれ? どっかのスポーツ新聞の記事でも紹介しているのかな? んなバカなことあるわけないじゃないですかー、と思いつつも、なんとなく、それをクリックしてみた。


 すると、目に飛び込んできたのは……スライムに粘液責めにされている天野先輩の写真だった。


「ぶほっ!」


 さすがにめちゃくちゃ驚いた。思いっきり、うちの学校じゃん! 天野先輩の顔には目線入ってるけど、ほとんど特定できるレベルで鮮明に映ってるじゃん!


『合成? それとも……? 現在休校中の学園の信じられない実態が明らかに!?』


 うわあ。あのトンデモ学校の実態がみんなに知られて大騒ぎになってるようだぞ。なんでこんな事態に? あんなの全部、幻覚とかイリュージョンとかのはずだろ? それがこうして、写真に残ってるっておかしいだろ!


 やっぱり……幻じゃなかったってことか?


 手に冷たい汗がにじんだ。今までのことが幻じゃないってことは、つまり全部本当だったってことで……これから起きると予言されたことも、当然実現されるということに?


 それに……この記事は、今日になって急にあの学校のトンデモ具合が判明したみたいな書き方だけど、大掃除バトル大会は、前から何回かやってることのはずだぞ。それなのに、今までは華麗にスルーで、今日になって急にツッコミが入る……。それって、明らかに、ガクエンレンゴクの地球人に対する精神干渉が今日なくなったってことだよな? 花澄ちゃんも常識人になってたし、やっぱり、今日になって、洗脳や~めた☆ってことだよな?


 それはつまり、もうそんな必要はないからってことか? そうだ、もうすぐ地球がなくなるから、地球人の洗脳なんて、意味のないことで――。


「大変だ!」


 すぐに部屋を飛び出し、家の電話を取った。

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