十五章

「い、言っておくけど、変な真似したら、全力でぶっとばすわよ!」


 ベッドの上で枕をぎゅっと抱きしめながら、花澄ちゃんは僕をにらんだ。


 すでに時刻は夜十一時を過ぎている。窓の外は真っ暗。そして僕たちは今、この、学校が用意した部屋、高級感のあるいい感じのホテル風の部屋のベッドの上に座っていた。二人っきりで! 


 ただ、花澄ちゃんも僕も制服のままだった。それが一番安全な服装だからしょうがなかった。一応、替えの下着はもらったけど。


「こ、これがあたしたちの境界線なんだからね! 入ってきたらもれなくボコるっ!」


 花澄ちゃんは、大きなダブルベットの真ん中に、予備のシーツを丸めたもので線を作っている。その髪は、今はツインテールをほどいたロングだ。さっきまでお風呂に入っていたせいか、シャンプーのいいにおいがたちこめてくる。ほんとは、お風呂入ってるところのぞきたかったけど、ものすごくガードが固くて無理だったんだよなあ。とりあえず、残り湯をお腹いっぱい飲んだけどさ。


 しかし、この状況は……やっぱり、千載一遇のチャンスじゃないだろうか!


 熱いものが体の芯からわき上がってくるのを感じた。お風呂上がりのいいにおいのするかわいい女の子、それと一夜をともにする! 同じベッドで! このシチュにときめかない男子なんて、いないってばよ!


「バ、バカだな、花澄ちゃん、僕が君に変なことすると思ってるのかい?」


 精いっぱいさわやかに笑うと、さりげなく、ほんとにもうさりげなく、その境界線のシーツを取った。そうだ、二人の間にこんなものはいらない……。


 だが、


「この手は何?」


 光の速さで、その手首をつかまれてしまった。


「境界線だって言ったでしょ。何勝手に取ってるの?」

「ちちちちちがっ! ベッドメイクも紳士の大切なお仕事なんですよ、これが!」

「そんなこと、頼んでないわよ!」


 ぼふっ! 枕で殴られた。よかった、今日は殺傷力の低い攻撃で……。


 と、そのとき、急に部屋の明かりが全部消えた。


「きゃあっ!」


 花澄ちゃんは突然の暗闇にびっくりしたようだった。いきなり、こっちにしがみついてきた! うわ、おっぱいが、おっぱいが胸に! 僕もビックリですぞ、これは!


「な、なんでいきなり暗くなるの? お化け? ポルターガイスト?」


 花澄ちゃんは少し震えているようだ。


 もしかして、暗いのが苦手なのかな?


「大丈夫だよ、たぶん、停電か何かだと思う」

「そ、そうだよね。部屋の電気が消えたぐらいで、お化けはないよね……」


 ははは、と、震える声で笑うのが聞こえた。


「待って、今電気つけるから」


 僕は暗がりの中、ベッドのそばのスタンドに手を伸ばし、スイッチを入れた。しかし、明かりはつかなかった。かわりに、


『消灯時間です。良い子は早く寝ましょうね♪』


 と、桜井先生ボイスで、メッセージが流れただけだった。


「これ、もしかして朝まで電気つかないのかな?」

「え、うそ! 朝まで真っ暗なの?」


 花澄ちゃんは僕の肩をぎゅっとつかんだ。暗くてよく見えないが、やっぱり震えているようだ。かさなった胸から少し早まった動悸が伝わってくる。っていうか、おっぱいまだ当たってるし! 密着状態だし! 僕もドキドキしちゃうよ、これは!


「か、花澄ちゃん、大丈夫だよ。僕が朝までついていてあげるよ……」

「吾朗が朝まで? あ……」


 と、そこで、花澄ちゃんははっと我に返ったらしかった。いきなり僕から離れてしまった……って、おい! 僕のおっぱい、どっか行っちゃったよ!?


「ご、ごめん、いきなりしがみついたりして……」

「い、いや、別に……」


 謝らなくていいんだけど! むしろ、もっとしてほしいんだけど!


「あ、あたし、真っ暗なの苦手で、寝る時はいつも明かりつけるほうなの」

「ふ、ふーん……」


 離れて行ったおっぱいに対して、僕は冷ややかに答えるしかないのであった。


「吾朗は暗いの、平気?」

「普通だよ」

「そう、怖くないんだ? じゃあ、こうしててもいい?」


 と、暗い中うっすらと花澄ちゃんの小さなシルエットが揺れ動くのが見えた。そして、すぐに、てにあたたかい感触が伝わって来た。こ、この感じは……花澄ちゃんの手? またドキドキしてきた。


「……やっぱり、こうしてると、ちょっと落ち着くかも」

「そ、そう?」


 僕は全然落ち着かないよ……。


「それに、こうして片手だけでも捕まえておけば、寝ている間に、あたしに変な真似できないでしょ?」


 花澄ちゃんはくすりと笑って、そのまま横になったようだった。


 こ、このまま寝るのか……。ドキドキがおさまらないながらも、僕も寝転んだ。握った花澄ちゃんの手はやっぱりとってもやわらかくて、あったかぁい……。


「……ねえ、吾朗ってさ、やっぱり……琴理さんが好きなの?」

「な、何だよ急に?」

「だって、前、あたしがエンブレムちょうだいって言ったとき、断ったじゃない。それって、やっぱり、『美星杯』で優勝して琴理さんと結婚したいからでしょ?」

「ああ、そういえば……」


 そんなこともあったなあ。


「琴理さんって綺麗だよね。あたしと違っておしとやかだし。男の子なら、みんな付き合いたいって思うような人だよね……」

「い、いや、僕は別に……」


 そりゃ、始業式で一目見たときはそう思ったけどさ。記憶喪失になってからは普通だし。しかも学校の備品らしいし。多分、始業式のアレは、ガクエンレンゴクの洗脳パワーの一種だったんだろうな。


「ホント? じゃあ、なんで吾朗はずっと『美星杯』に参加してたの?」

「それは――」


 言葉に詰まった。まさか、花澄ちゃんの制服を脱がしたかったからなんて、口が裂けても言えないぞ。


「ぼ、僕にだって、男のプライドってやつがあるんだよ! やっぱ、男なら、一度は頂点目指してみたいっていう?」


 適当にごまかした。ほんとは花澄ちゃんのおっぱいの頂点めざしてたんだけどね。


「そっか、よかった……」

「え? 何が?」

「あ、いや、その……吾朗がそんな大したことない理由で参加してるなら、遠慮なく倒せるなって思っただけよ!」


 花澄ちゃんはなぜかすごく動揺しているようだった。


「ほ、ほら、あたしって、家が借金まみれでしょ? 吾朗何かと違って『美星杯』には、マジで人生かかってるのよ!」

「『美星杯』かあ……またやるのかな、あれ?」


 もう地球ヤバイでそれどころじゃない状況だけど。


「再開してもらわなきゃ、困るわよ! なんのために今まで必死に……」


 花澄ちゃんの声が、ふいに悲しそうにかすれた。


 そうか、だから花澄ちゃんはあんな強引なやり方で僕からエンブレムを取ろうとしてたんだ。はっと、気が付いた。だって、ラーメン屋でもあんな恥ずかしい恰好して接客してたじゃないか。おっぱいの谷間とか露出して実にけしからん恰好で! 僕からエンブレムを取ろうとしたやり方も最低だったけど、それも、すべては金持ちの会長と結婚して、家を救うためだったんだ。実際は金持ちどころか宇宙生命体の一部だったわけだけど、謎の宇宙超パワーで、花澄ちゃんの家の借金ぐらいはなんとかできそうだしな、あの人。


 つまり……花澄ちゃんは性悪どころか、家族思いの優しい子?


 たちまち自分がすごく恥ずかしくなってきた。だって、花澄ちゃんに引き換え、僕の参加動機はあまりにも不純すぎる! うわー、穴があったら入れたい! じゃなかった、入りたい!


「ごめん、花澄ちゃん……」

「? どうしたの?」

「僕、花澄ちゃんのこといろいろ勘違いしてたみたいで……家のこと聞いたはずなのに、エンブレムあげなかったし」

「なにそれ? 別にいいわよ、いまさら――」

「あ、あの! もし『美星杯』が再開した時は、もらってくれないか、僕のエンブレム!」

「え?」

「必要なんだろ、ポイント! だったら……」

「もういらないわよ。吾朗のポイントなんて」


 花澄ちゃんの笑う声が聞こえた。


「たった十点でしょ。それだけであの不敗姉妹に追いつけるわけないし、吾朗に情けをかけてもらうのも気に食わないしね」

「で、でも……」

「あたしにも女のプライドってものがあるのよ。それに、吾朗はいいの? 本当にあたしが優勝しても?」

「え? なんで? 花澄ちゃんは家のためにがんばるんだろ?」

「……まあ、あんたならそうだよね」


 花澄ちゃんは何かがっかりしたようにため息を漏らした。そして、そこでおしゃべりは終わりという感じに「おやすみなさい」といって、黙ってしまった。


 いったい、今のはどういう意味だったんだろう? 花澄ちゃんが優勝したら、あの会長の嫁になって、会長の宇宙超パワーで家の借金がチャラに……って、花澄ちゃんが会長の嫁だと! なにそれ! そんなの絶対許せないぞ、僕は!


 ああ、でも……そうしないと花澄ちゃんの家は……。


 考えるほどに胸が苦しくなってきた。うう、なんでこんな気持ちになるんだろう。こんなに苦しいなら、いっそ明日にでも地球爆発しちゃえ! うわあああんっ!




 翌朝目が覚めたとき、そこはもうホテル風の洋室ではなかった。僕たちはなぜか、ほんとになぜか、ジャングルの中に寝転がっていた。


「……なんだ、ここ?」


 花澄ちゃんと一緒に起き上がり、周りを見回してみたが、やっぱりどー見てもジャングル! 木々がうっそうと生い茂り、遠くに鳥の鳴き声なんかが聞こえる、緑あふれる大自然空間だ。


「もしかして、これ、勇者部の訓練なんじゃないの?」

「あー、なるほど。サバイバル訓練ってやつか!」


 と、僕がぽんと手を叩いた瞬間、


「それは違いますわ!」


 足もとで声が聞こえた。見ると、ちっさい人形が立って……いや、人形サイズの琴理さんがそこに立っていた!


「美星先輩! なんですか、その格好!」

「『滅びの花』の浸食の影響ですわ。ヤツは、こちらの予想をはるかに上回る速度で、ガクエンレンゴクに攻撃を仕掛けてきたんですわ!」


 琴理人形は、手足をちまちま動かしながら声を張り上げている。


「攻撃? じゃあ、僕たちがいるこのジャングルもそのせいなんですか?」

「はい。オブジェクト配置システムの大半が掌握されてしまいましたので、お二人は今、有害なキャンサーの真っただ中にいるんですわ」

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