十六章

「はああっ!」


 ここはジャングルの奥深く。ツインテールの少女の掛け声が轟く。


 彼女の近くには、このジャングルに住む獣たちの屍が累々とかさなっている。トラ、ゾウ、ワニ、カバ、カピパラ、カンガルー、オカピ、タスマニアデビル、チュパカブラ、リザードマンなど、種類は実にさまざま。多国籍……っていうか、異界の生物まで混じってる。そう、僕らの世界は限りなく自由だ。ここが学園だった日々が懐かしい……。


「ふう、これで全部かしら?」


 ケダモノたちの最後の一匹、ミノタウロスを拳で撃破したところで、少女、花澄ちゃんはさわやかに額の汗をぬぐった。


「吾朗、とりあえず全部撲殺したけど、やっぱりこいつら、キャンサーってやつなのかしら?」

「そ、そうなんじゃないかな……」


 とりあえずで撲殺するのか。いや、確かに、こいつらジャングルを歩いてたらいきなり襲ってきたし、応戦するしかない状態だったけどさ。


「でも、昨日のクモと違って、息の根を止めても消えないみたいね?」


 ケダモノたちの屍をゆさぶりながら、花澄ちゃんは呟く。


 と、そこで、


「それは、ガクエンレンゴクのシステムが正常に作動してないからですわ」


 琴理人形が茂みの中から出てきた。ケダモノが現れるや否や、どこかに逃げて行っちゃってた人だ。どうやら、謎ワープは今は使えないらしい。


「美星先輩、そもそも、なんで学校がこんな異世界になってるんですか?」

「『滅びの花』がそうさせてるんですわ。ヤツはこちらの生態を熟知していますし、おそらくガクエンレンゴクにリピディアを供給されないように、劣悪な環境を作って、この学園内にいる地球人を直にぶち殺しに来たんですわ」

「え? じゃあ、他のみんなも今頃襲われて……」


 不敗姉妹はともかく、健吾とクマは大丈夫なんだろうか。ちょっと心配になって来た。


 と、そのとき、


「他の者の心配をしている余裕はあるのかね、君たち?」


 一人の少年が、茂みの奥から出てきた。この学校の制服を着た、十歳ぐらいの、妙に整った顔立ちの少年だ。その胸にはゴールドのエンブレムが輝いている――って、あれ? この人あれじゃね?


「えーっと、確か、三次元! そう、あんた、美星三次元生徒会長!」

「失礼な! 言うに事欠いて、ボクの一番唾棄してやまないその単語で名前を間違えるヤツがあるか! ボクは美星三太夫だ!」


 少年は胸を張り、偉そうに言った。ああ、やっぱり、この人そうなんだ……。


「なんでそのクソ三次元お兄様が、そんな恰好でいるんですの?」

「それはこっちの台詞だ。萌えないゴミ妹。ってか、お前も便乗してボクを三次元呼ばわりするんじゃない! バーカ!」


 少年会長は歯をむき出して、琴理人形をにらんだ。見た目だけじゃなく、精神も若干幼児化しているようだけど、これも「滅びの花」の浸食とやらの影響だろうか。


「で、会長、あんた何しに来たんですか?」

「なに、この姿でわけもわからずさまよっていたら、偶然君たちを発見したまでだよ」

「ああ、そうですか。用がないなら、もう帰っていいですよ」


 他のみんなを探さなきゃいけないしなあ。


 僕と花澄ちゃんと琴理人形は、それを見なかったことにして先に進んだ。


「ちょ、待ちたまえ、君たち!」


 後ろから、何か追いかけてきたけど。




「君たち、仲間は今は一人でも多いほうがいいというものだよ。このガクエンレンゴクは、もはや君たちにとって煉獄ではなく地獄。凶悪なキャンサーたちがうごめく、地獄ジ・インフェルノモードといってもいいのだからね」


 結局無理やりついてきた少年会長は、歩きながら僕らに言った。


「地獄ねえ? 昨日までは学校だったのに、またすごい変わりようですよね……」


 周りのジャングルをあらためて見回し、僕はつぶやいた。


「まあ、気にすることはない。学園モノだった週刊連載少年漫画がテコ入れで異世界モノになるのはまれによくあることだ」

「ねーよ!」


 たぶん……。


「で、会長って、僕たちに何かできることあるんですか?」

「最高に役に立つアドヴァイスができる」


 うわ。最高に使えなさそう……。


「まあ、念のために、参考までに聞いておきますけど、会長は僕たちはこれから何をすればいいと思いますか?」

「それは決まっているだろう。仲間たちと合流し、勇者部の部室に帰るのだよ」

「部室に?」

「そうだ。あそこは、いわばこのガクエンレンゴクの活力のツボともいっていいところなのだ。君たちが集い、そこでリピディアを使えば、ガクエンレンゴクに活力がみなぎり、このふざけた状態から脱することが可能なはずだ」

「ツボですか……」


 宇宙生命体にもあったんだ、そんなの……。


「でも、部室ってどっちのほうにあるのかしら?」


 花澄ちゃんがきょろきょろあたりを見回す。確かに、こんなジャングルジャングルな世界では、部室の方向どころか、右も左もわからない。


「美星先輩、どっちに行けばいいのかわかりませんか?」


 僕の肩の上に座っている琴理人形に尋ねたが、


「残念ですが……」


 ダメみたいだ。


「申し訳ありません。近くで動いているキャンサーなら、なんとか追跡できそうなのですが」

「それってさっきのアニマル軍団ですか?」

「はい、彼らの動きを探ることで、地形を把握することも可能かもしれません。さっそくやってみま……あ」

「どうしたんですか?」

「……ごめんなさい、もう来てました」

「え?」


 と、そのときだった。


 ゴゴゴゴゴゴゴッ!


 大きな地鳴りのような音が響いてきた。


 なんだろう、すぐに音のするほうに振り返ると――そこには、二足歩行する巨大なロボットが立っていた!


「なん……だと……!」


 さすがに予想外すぎてこう言わざるを得ない。アニマル軍団の次はロボなんて、脈絡なさすぎだろ! バランス考えろ!


 だが、それもまた、れっきとしたキャンサーという僕らの敵らしかった。僕らがそっちに振り向くや否や、胴体の砲身からレーザーを射出してきた。


 しゅびびびびびっ!


「うわあっ!」


 あわてて、僕らはそれをよけた。レーザーは周囲の木を焼き、地面をえぐった。破壊力は相当なもののようだ……。


「くそっ、なんで、ジャングルにメカが!」


 やっぱりありえなさすぎるだろ。二足歩行する巨大ロボといえば、もっとこう、映えるシーンってものがあるだろ!


 と、僕が思った瞬間だった。にわかに、周囲の風景が変わった。


 そう、ジャングルだったはずの世界が一変して、そこは荒廃した近未来の街と化したようだった……。


「ま、まさか、空気を読んだのか?」


 滅びの花……意外と気が利く子!


 いや、感心している場合じゃない。環境が変わっても、ロボは依然としてこっちを狙ってレーザーを撃ってくるし、むしろ、ロボ向きの世界に切り替わったことで動きがよくなった気がする。僕と花澄ちゃんは必死にそのレーザーをかわした。すでに美星兄妹の姿はどこにもなかった。逃げたな、アイツら……。


「ねえ、吾朗、メカの急所ってどこかな?」


 ビルの影に隠れたところで花澄ちゃんが尋ねてきた。


「急所って、あの大きなロボ相手に肉弾戦やるつもりなの?」

「だって、戦うしかないでしょ、この状況」


 と、そこで、今度は小型のミサイルがこっち飛んできた。僕らはやはり、それをかわす――が、その方向は違っていた。僕は後ろに下がったのに、花澄ちゃんは前に飛び出したのだ。そして、ミサイルの爆風が散るや否や、花澄ちゃんは身を低くして、ロボのほうに駆けて行った。弾丸のような速さで。


 ロボの反応も速かった。すぐにレーザーの砲身を彼女のほうに向けた。だが、それは、花澄ちゃんの動きの速さの前では意味のないものだった。彼女は、またたくまにロボの懐に迫ると、次の瞬間には、その胴体の砲身に回し蹴りをはなっていた。


「す、すごい……」


 その流麗にして的確な攻撃に思わず見とれてしまった。これなら、もうあのロボはレーザーを撃てない。そう思った――、


 だが、直後、


 ぎゅるるるる……。


 そんな音を立てながら、花澄ちゃんの蹴りで曲がった砲身が勝手に直ってしまった!


「じ……自己修復だと!」


 さすが二足歩行ロボだ、女子高生の蹴りぐらいじゃなんともないぜ、とでも言うのかよ! くそ、花澄ちゃんの攻撃が利かないとなると、僕たちもう何も打つ手がないじゃないか! 花澄ちゃんだけが頼りだったのに……。


 と、そのとき、


「機械というものは熱に弱いのだよ、小暮君」


 後ろで声が聞こえた。はっとして振り返ると、少年会長が背中をビルに預けて、かっこいいポーズを決めていた。


「あんた、今までどこに……」

「それはこっちの台詞だよ。君はなぜ峰崎君ばかりに戦わせているのだね! 君はなぜ戦わないのだね!」

「はっ!」


 そういえば、僕も戦えたような気がする! けっこう強いとか言われてた気がする!


 で、でも、僕の戦い方はまだ全然未熟で……。


「勇者よ、君にこれをさずけよう!」


 と、少年会長は突如、細長いものを手に出現させて僕に手渡した。見るとそれは剣――ではあったが、本物ではなくておもちゃの剣だった。全部プラスチックでできていて、柄に無意味に光るボタンがついてるような?


「なんですか、これ?」

「伝説の剣(予定)だ」

「へえ……」


 なんだろう。棒きれよりはグレードアップしてるのかな、これ?


「さあ、伝説の剣(予定)を手にした勇者よ! 恐れるものは何もない! 今こそ、くろがねの魔物にとらわれし姫を救いに行くがよい!」

「じゃあ、会長も来てくれますか」

「え?」

「何かの役に立つかもしれないので」


 少年会長の襟首を左手でつかむと、ビルの影から出た。伝説の剣(予定)を右手で握りしめながら――。

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