十二章
「勇者部」
その部屋の扉には、そう書かれたネームプレートが貼られていた……。
「吾朗、これ、ゆうしゃぶ、って読むんだよね?」
「たぶん……」
僕と花澄ちゃんはともに首をかしげた。昼休みの、破邪煉獄学園の校舎の一角だ。昼休みになったとたん、僕たちは美星先輩たちに校内放送でここに呼び出されたのだ。
「とりあえず、入ってみましょ」
僕たちは扉を開けた――と、そのとたん、
「よく来たな、勇者たちよ!」
部屋の中央で玉座に腰掛けているイケメンがひときわ大きな声で言った。その衣装は、ビジュアル系バンドみたいにラメラメでゴージャスでダークだ。
「会長、もしかしてそのコスプレ、悪の大魔王的なものですか?」
「ふっふっふ。勇者よ、よくぞ私がラスボスだと見抜いたな。ほめてつかわす」
ああ、今日はこの方向でめんどくささを発揮してるのか、この人。
「しかし、見くびってはもらっては困る! 私はあと二回、ボーイズラブゲーマーとしての変身を残しているのだぞ!」
「はあ……」
さっさと全部変身して、二次元の世界に帰ってほしいな。
「……あの、会長、あたしたち今日から特訓って話でしたよね?」
と、寒すぎる空気に耐えられなくなったのか、花澄ちゃんがマジレスしてきた。
「ああ、そうだった。君たちの特訓のために、勇者部という部を設立したところだったな」
「え? やっぱりここ、勇者部とかいうのの部室なんですか?」
と、僕と花澄ちゃんが口をそろえて言うと、
「さよう! 学園モノと言えば、痛いキャラが突然の思いつきで作る痛い部と決まっているからな!」
イケメンは玉座から立ち上がり、天井に向かって人差し指を立て言った。相変わらず二次元すぎる発想の人だ。ってか、自分で自分のこと痛いキャラって認めてるし! 突然の思いつきで部活作ったってバラしてるし!
「それにこの部を作ったのは、もう一つ理由がある。この破邪煉獄学園では、放課後は、部活動および生徒会などの活動に参加していない生徒は速やかに下校すべし、という、校則があるのだ」
「校則? そんなのこの学校にもあったんですか?」
「あるのだよ。そして、我々は生徒である以上、それに従わなければならない。そう、これから君たちには放課後も残って特訓してもらうことになるわけだが、それは勇者部という部の活動ということになるのだ」
「え……」
なんかそれ、すごく恥ずかしいぞ。
「ただ、部活というものは、君たち二人だけでは成立しない。我が校においては、正式な部と認められるのは最低六人部員が集まってからなのだ」
「いや、そもそも無理して変な部を作る必要なんてない――」
「そこでだ、これから君たちには部員を勧誘してきてもらう!」
イケメンは僕の常識的なツッコミなんか聞いちゃいない。
「部員の勧誘? 僕たちが? 地球がピンチなのに、なんでそんなことしなくちゃいけないんですか?」
「愚か者め。緊急事態だからこそ、戦力となる人材の確保は焦眉の急なのだぞ!」
「はあ……」
戦国武将のような口調で怒鳴られて、思わず圧倒されてしまった。
「当然のことだが、勇者部というのは、選ばれし者だけが入部を許される部だ。仲良しサークル感覚で適当に人を集めてこられても困る。部員は、現在美星杯に参加している生徒に限らせてもらう」
「まだ脱落してない人ってことですか?」
「そうだ。まだ生き残っているということは、一定の水準以上の
なるほど。そういうふるい分けの意味もあったんだな、美星杯。
「さあ、行きたまえ、小暮君、峰崎君! 仲間を集めて次の街へ行く、そこから勇者の伝説は始まるのだから!」
と、イケメンは、僕たちを勇者部の部室から追い出した。街ってどこだよ、おい?
「勇者部? マジかよ、俺超入るわ」
破邪煉獄学園昼休みの屋上。健吾は焼きそばパンを牛乳で流し込みながら、即答した。
「お、お前? ちゃんと僕の話聞いてたのか?」
さすがにノリが軽すぎて、びっくりしてしまう。
「いや、だって、今お前言ったじゃん、地球ピンチだって。だったらやるしかないでしょ。ほら、エコとか最近流行ってるしぃ?」
「いや、エコで地球を守るってのとは、全然違うんだけど……」
「じゃあ、ロジー? 省略されたロジーのほうか?」
「エコもロジーも違うよ!」
「そういや、エコバッグ運動って、地味に広がってるよなー」
もぐもぐ。焼きそばパンをほおばりながら、さもテキトーな感じで言う。真剣さゼロって感じだ。一応、コイツも美星杯生き残り組だし、話はしやすそうだったから真っ先に勧誘しに来たんだけど、失敗だったかなあ……。
「まあ、いいじゃない。とりあえず六人集めればいいんでしょ?」
花澄ちゃんが僕にささやく。まあ確かに、勇者部なんて何するかわかんない部活だし、部員はカボチャでもクリーチャーでも健吾でもなんでもいいか。
「よし、じゃあ、あと三人だな」
健吾が焼きそばパンを食べ終わるのを待って、僕たちは屋上を後にした。
「あ、こうやって並んでると、俺らマジ、勇者の一行って感じじゃね?」
廊下を歩いていると、にわかに、健吾が僕の後ろにまわった。
「ほら、峰崎も俺の後ろに来いよ。勇者、剣士、武闘家女のパーティーだぜ」
「あんたが剣士? 盗賊の間違いじゃないの?」
「あー、そうだわ。俺イケメンすぎるし、どう見ても、剣士じゃねーわな。イケメンすぎるし、マジ盗賊だわー」
健吾はいつものようにへらへら笑ってる。まあ、こいつは確かに盗賊以外の何ものでもないな。イケメンじゃないけど。
「でも、俺らのパーティーちょっと偏りすぎだよな。ここは魔法使いの女の子とか欲しいよな」
「あー、確かに」
「あんたたち、何バカ言ってるの。女とか男とか関係ないでしょ。強ければいいのよ」
「お、そうだ、いるじゃんいるじゃん! 魔法使いっぽい激強い女の子!」
と、健吾は急にロープレ隊列を飛び出した。そして、「盗賊ダーッシュ!」と叫んで走りだし、すぐ先の階段を駆けおりて行く。確かこの下は二年生の教室があったはずだけど……。
あ、二年生って、もしかしてあの人たちか。
僕もあわててその後を追った。「勇者ダーッシュ!」と叫びながら。
「あら、美星杯参加者がこんなに雁首そろえてやってくるとはね。まさか、その人数で私たち『不敗姉妹』を倒せるとでも思ったのかしら?」
「かしら、かしら?」
破邪煉獄学園二年四組の教室前。「不敗姉妹」こと、一之宮ココ、一之宮ロロの両名は、僕たちが廊下に呼び出すや否や、こう言った。どうやら、僕たちが一様にエンブレムを胸につけているので、美星杯のバトルのために来たと思ったようだ。
「違うんですよ、ココ先輩。実は……」
かくかくしかじか。僕はこれまでの経緯を説明した。
が、
「勇者部ですって? そんなふざけた部に入るなんて、ありえないわよ」
一蹴されてしまった。非常に常識的な意見で。
「い、いやでも! 信じられないかもしれませんが、地球は今激烈にピンチらしいんですよ? 温暖化とかメじゃないレベルで?」
「そんなことはどうでもいいのよ。私は気に入らないの、その、勇者部って、あか抜けない名前」
「え? 入部拒否のポイントはそこなんですか?」
「そうよ、美しくないわ! 美星様が作られたのなら、美星様部と命名するべきよ!」
なにそれ! 何をする部か、ますますわからなくなるじゃないか!
「だいたい、勇者なんて、いまどき時代おくれよ。最近は、最初からめちゃくちゃ強い魔王とか、オンラインゲームで最初からめちゃくちゃ強いスキル保持とか、そういう系のキャラが若者に受けるのよ? スライム倒して地道にレベル上げるしかない勇者なんて、泥臭くて、ダメダメなのよ?」
「はあ……」
ダメだしの方向性が、まったくよくわからん。
「ロロも、勇者部ってのは、かわいくないと思うな。ゴローくん部がいいよ!」
いや、それはさすがに恥ずかしすぎる……。
「とにかく、私たちを入部させたいのなら、その部の名前を、もっとエレガントでクールにすることね」
「ゴローくん大好き部とか!」
一之宮姉妹は、また口をそろえて言う。そんなこと言われてもなあ。あの会長が作った部だし、その名前を勝手に変えるわけにはいかないよなあ。なんかまた、二次元じみた、めんどくさいキレかたされそうだし。
と、そのときだった。
「一之宮さん、そんなつれないことを言うものではありませんわ」
教室の中から、琴理さんが出てきた。ああ、この人、一之宮姉妹と同じクラスだったんだ。
「み、美星様……」
ココ先輩はなぜか顔を赤らめている。
「こうして、かわいい後輩たちがあなたたちの力を頼って来たのですよ。協力してあげるのが、上級生としての務めでしょう?」
「は、はい! 私もそう思います!」
え? なんかものすごい勢いで琴理さんに服従してるぞ、この人?
「ふふ、相変わらずココ犬さんは、かわいいですわね」
琴理さんは、ココ先輩の小さな体を胸一杯に抱きしめた。
「み、美星様……もっと私を犬と呼んで、ナデナデしてください」
「こうですか、ココ犬さん」
「あ、ありがとうございます……」
ココ先輩は琴理さんの胸の中で頭を撫でられて恍惚としているようだ。なんだこの空気? だいたい、ココ犬さんって呼び方はなんなんだよ?
「ゴローくん、お姉ちゃんはね、かわいい女の子に犬って呼ばれたい人なんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん! お姉ちゃんの将来の夢はね、たくさんの女の子と結婚して、女の子パラダイスをつくって、みんなに犬扱いされることなんだよ」
ロロ先輩はにこにこと、姉の夢を語っている。それ、ただの変態じゃないですか……。
「世界は広いな、吾朗……」
「ちょっとついていけないわね……」
健吾と花澄ちゃんもドン引きしている。
「じゃあ、一之宮さんたちは勇者部に入部ということで、わたくしのほうで手続きしておきますね」
「はい!」
向こうへ行く琴理さんを、ココ先輩は心底名残惜しそうに見つめた。
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