十一章

「吾朗さん、あなたは先ほどわたくしに質問しましたね、美星杯と今日の大掃除大会は、ガクエンレンゴクの健康のためだけのものかと。そして、それに対して、わたくしはこう答えました。今日の掃除大会に関してはそうです、と」


 琴理さんは僕の目を見てゆっくり語る。その綺麗な顔は、「滅びの花」の芽が放つ緑色の光に照らされている。


「つまり、美星杯はそうじゃないってことですか?」

「そうじゃないというより、それ以上の意味がある、ということですわ。考えてもみて下さい、このガクエンレンゴクのプロバイオティクスのために生徒たちにリピディアを使わせるのなら、どうして、負けた生徒がエンブレムをはく奪されるシステムなんでしょう? 脱落する生徒が増えるごとに、供給されるリピディアも減る……効率が悪いにもほどがありますわね」

「ああ、確かに……」

「簡潔に述べると、わたくしたちは、美星杯というゲームにおいて、テストをしていたのですよ」

「テスト?」

「ええ。そして、その効率化のために、あえて負けた者は脱落するシステムを採用しましたのよ」

「はあ?」


 わかるような、わからないような話だ。


「でも、いったい何のテストだったんですか?」

「それは君、世界を救う勇者を見つけるために決まっているではないか」


 と、イケメンもこっちに近づいてきた。


「勇者?」

「そう、リピディアの勇者とでも言ったほうがいいかな。ガクエンレンゴクは基本的にそれのみで『滅びの花』を処理するように作られている。しかし、万が一の時には、切り札を使うのだ。それが、他の生物に行使させているチカラ、リピディアだ」

リピディアが切り札? 『滅びの花』処理のための?」

「ああ。だが、『滅びの花』に対抗しうるレベルのリピディアが使える個体は非常に希少だ。さらに、強いリピディアを秘めているものでも、はじめからそれをうまく使えるとは限らない。ゆえに、我々は、美星杯というゲームを持って、君たちが与えられた因子によってリピディアをどれだけ引き出すか、どう使いこなすか、見極める必要があったのだよ」


 なるほど、それがテストってわけか……。


「それにもう一つ、切り札として使わざるを得なかった場合に備えての訓練も兼ねてますのよ。先日の、生徒会室での戦いを思い出して下さい、吾朗さん」

「ああ、そういえばあれは……」


 なんか真剣なバトルというよりは、力を試されているという感じだったな。


「じゃあ、もしかして、さっきの巨人も訓練の一環だったんですか?」

「いいえ。アレは間違いなく不具合バグによるものですわ。そして、このガクエンレンゴクがガチヤバイってことの証明でもあります」

「ガ、ガチヤバイ?」

「はい。浸食されつつあるんですわ。この『滅びの花』に」


 琴理さんはまた笑顔でとんでもないことを言う。


「ガクエンレンゴクと『滅びの花』の確執は十億年の長きにわたりますわ。ゆえに、『滅びの花』にはガクエンレンゴクに対抗するための様々な手段が備わっています。その一つが、先ほどお二人が目にしたような現象です。ガクエンレンゴクの一部をのっとって、暴走させるんですわ」

「あの巨人、このでかいもやしみたいなのが操ってたってことですか?」

「はい」


 なんという……。黒幕はもやしでしたよ、奥さん!


「また、君たちの件とは別に、先ほど、ある男子生徒が犠牲になった。この『滅びの花』の浸食により、バナナの皮という危険極まりないオブジェクトが学園内に配置され、それによって転倒させられたのだ!」


 イケメンが厳しい表情で言う……って、あの電気クマの気絶も、これの仕業なのかよ!


「なんておそろしいのかしら、『滅びの花』……」


 花澄ちゃんも、妙に厳しい顔だ。いや、そのリアクションは違うだろう……。


「そういう切迫した事態ですので、お二人をここに呼んだのですよ」

リピディアの勇者として、一刻も早く覚醒してもらうためにね」


 美星兄妹は口をそろえて言う。


「あたしたちが、これを取り除くんですか? リピディアで?」


 さすがに花澄ちゃんも困惑しきっているようだ。僕だって、実際、ショック受けまくりだ。世界を救う勇者の仕事って、こんな謎もやしを取る作業だったのかよ。地味すぎるだろ、絵的に!


「じゃあ、僕はこれを『蒼き灼熱』ブループロミネンスで焼けばいいんですかね?」


 まあ、話はわかったし、仕事はさっさと片付けちゃおう。


「そうですね。試しにやってみてください」


 琴理さんは、なんだか全然期待してない感じだ。なんなんだよ、謎もやしの脅威から世界を救う勇者としてここに呼ばれたんじゃないのかよ。釈然としない気持ちながらも、とりあえず、渾身のパワーを込めて、『蒼き灼熱』ブループロミネンスの炎をその謎もやし周辺にまき散らした。


 だが、それで謎もやしは焼けることはなかった。ってか、まるで変化なし? まるで無傷?


「やはり今は無理ですわね。リピディアの練磨がまるで足りませんわ」


 やれやれといった感じで首をふる琴理さん。なにその反応? 僕、今、せいいっぱい頑張ったんだけど!


「……あんたは、リピディアの集中が全然足りてないんじゃないの?」


 僕が炎を出したとき一瞬で向こうに跳んで行った花澄ちゃんが、こっちに戻って来ながら言った。


「そうだね。小暮君は力の強さだけなら申し分ない。あとは、その制御だ。だからこそ、峰崎君、君もここに呼んだのだよ」


 イケメンは花澄ちゃんを指さす。キラーンと目を光らせながら。


「あ、あたしが?」

「そうだ。小暮君の能力を引き出すうえで、君が一番適任のようだからね」


 え? 初耳ですよそんなこと……。


「そういうわけで、君たちはこれからともに特訓してもらう」




 生徒会室を出ると、僕と花澄ちゃんはともに下校した。アクシデントが発生した、ということで、大掃除大会は中止になったからだ。


「これから、どうなるんだろうね……」


 道を歩きながら、僕は花澄ちゃんに話しかけた。一応、あの後、会長たちには「明日から特訓」と言われたが、それ以上のことは何もわからない。っていうか、聞かされた話の内容も、壮大すぎて、いまいちピンとこない。地球が危機一髪のピンチって話だったけど、こうやって、僕たちが歩いている土曜の午後の街は、どこもいつも通り、平和そのものに見えるのに。


「ほんとに、この世界、ヤバイのかな?」


 と、思わず口に出すと、


「やっぱりそうなんじゃないかしら。美星先輩たちが言うんだから」


 花澄ちゃんはそれを信じ切っているように答えた。ああ、そうか、学園の宇宙超パワーで、基本的に生徒たちは学園のやってることを疑えないんだっけか。


 っていうか、今までのことを考えると、僕もホントだと思うしかないんだよな……。ドッキリにしてはいろいろ芸が細かすぎるし。


「特訓しろって言われたけど、具体的に何するんだろうね?」

「そりゃ、あんたがリピディアをちゃんとコントロールできるように何かするんでしょ?」

「何か、ねえ?」


 座禅でも組まされるのかな。集中しろってさんざん言われたし。


 でも、僕はそうするとしてもだ……。


「花澄ちゃんは何するんだろうね?」

「『花澄ちゃん』?」

「あ……」


 しまった。ついうっかり、心の中だけで呼んでいるファーストネームで話しかけちゃったぞ。しかも、ちゃん、づけで。顔が熱くなってしまう。


「ご、ごごごごごめん。急に名前で呼んだりして」

「……いいよ、別に」

「え?」

「友達にはフツーに名前で呼ばれてるし」

「そ、そう?」


 そっか。花澄ちゃんはそういうことあまり気にしない人だったんだ。よかったあ。


「その代わり、あたしもあんたのこと、吾朗って呼ぶわよ」

「ああ。それでいいよ」


 僕も呼ばれ方とか、気にしないほうだしなあ。


「じゃあ、それで決まりね、吾朗」

「うん。これからもよろしくね、花澄ちゃん」


 僕たちは目を合わせた。すると、なんだか、お互いとてつもなく恥ずかしくなってきたようだった。ほぼ同じタイミングで顔を赤くして目をそらしてしまった。


 な、なんだこの空気?


 ただ、名前で呼び合っただけだろ? なんでこんなドキドキするんだよ、意味わからないよ!


「あ、でも、名前で呼ぶの、他の人の前ではやめてくれる?」


 うつむいていると、恥ずかしそうな花澄ちゃんの声が聞こえてきた。


「あ、あんたと変な関係って思われるかもしれないし」

「まあ、確かに恥ずかしいかもね……」


 今もすでに恥ずかしいし。


「じゃあ、僕たちが名前で呼び合うのは、こうして二人だけでいるときだけだね」

「うん。それで……」

「あ、なんかそれって、いかにも秘密の恋人同士っぽい――」

「バ、バカなこと言わないでよ!」


 それはとても大きくて、とても上ずった声だった。道行く人がみな、こっちに振り返った。


「あ、あたし、あんたみたいなタイプ、嫌いだから!」


 と、また唐突に変なことを言う。


「似てるのよ、吾朗って。あたしのお父さんに」

「花澄ちゃんの?」

「うん。いかにもバカっぽくて、お人好しで、すぐ人に騙されそうなところがそっくり。大嫌い」

「う……」


 当たってるかも、それ。


「でも、僕はともかく、お父さんのこと嫌いにならなくても……」

「何言ってるの。うちの店、借金まみれなのは知ってるでしょ。あれ、お父さんのせいなんだから」

「え、そうなんだ?」

「そうよ! お父さん、お人好しで、知り合いにお金を巻き上げられちゃったのよ。お金がどうしても急に必要になったから貸してくれって言われて、ほいほい出して。でも、その人、お金を持ってどっか行っちゃったの。詐欺よ、典型的な……」


 花澄ちゃんは重く息を吐いた。顔を上げると、そのとても悲しそうな表情が見えた。


「あんたも、お父さんと同じよ。人を助けるつもりで無茶をして、結局、自分が痛い目を見るんだわ。ホントにバカみたい……」


 花澄ちゃんはもう涙目だった。やっぱり自分の家のことだし、すごく辛いんだろう。あんなチンピラが借金の取り立てに来るんだからなあ。


「げ、元気だしなよ! お金のことは、そのうちなんとかなるかもしれないじゃないか!」

「……そうね」


 と、花澄ちゃんは目元を指でぬぐって、少し笑った。そしていきなり――僕の手を握って来た。


 え? なんなのこれ?


 突然のことに思考が停止してしまった。花澄ちゃんの手は、とてもやわらかくてあったかぁい……。またすごく胸がドキドキしてくる。


 僕たちはなぜか、ほんとになぜかそのまま、歩き始めた。まるでカップルですよ、これ! どうしたんだ僕の人生!


「……さっきはごめんね、吾朗」


 と、パニックのあまり何も言えずにいると、花澄ちゃんがまた話しかけてきた。


「ご、ごめんって何さ? 何なのさ!」


 動揺で、言葉づかいが非常にアレになってしまう。


「ほら、保健室で蹴っちゃったでしょ。よく考えたら、あたし、またあんたに助けられたのに、あんなこと……」

「え? 助けた? 僕が花澄ちゃんを?」

「あの一つ目の巨人よ。あんたが倒したんでしょ?」

「ああ……」


 そういえばそうだっけ。


「でも、僕、花澄ちゃんが気絶しちゃうまで、何もできなかったし……」

「ううん。そんなことないよ。ありがとう、吾朗」


 僕を見て、恥ずかしそうに笑いながら花澄ちゃんは言った。うわあ。かわいい! すごくかわいい笑顔だ! 思わず見とれてしまった。


「……じゃあ、あたし、そろそろこのへんで」


 やがて、花澄ちゃんは僕から手をはなした。どうやら、いつの間にかあの「ラーメンミネサキ」のすぐ近くまで来ていたようだ。


「じゃ、じゃあ、また明日、学校でね、花澄ちゃん」

「うん。明日から一緒にがんばろうね」


 花澄ちゃんは笑顔で僕に手を振ると、早足で家のほうに駆けて行った。


「明日から一緒にかあ……」


 その言葉にはとても胸が高鳴った。それって、また一緒に、こんなふうに手をつないで下校できるってことかな。えへへ。


 あ、でも、地球がなくなったら、そんなことはもう二度とできなくなるんだよな?


 ふいに、あの謎もやしがとてつもなくおそろしくなった。


 やっぱり僕は、アイツを倒さなくちゃいけないんだ!


 そうだ、まだ僕たち名前で呼び合って、手をつないだだけじゃないか。まだ、ちゅーとか、ちゅっちゅおっぱいとか、ぱふぱふおっぱいとか、おっぱいびんたとか、くんずほぐれつちんちんかもかもおっぱいとか、そんなけしからんことはしてないのに、あんな謎もやしに世界終了させられてたまるもんかってんだ! ふつふつと、煮えたぎるような闘志がわき上がって来た。

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