十章

 その後、僕たちは下着姿でぐったりしている花澄ちゃんを保健室に運んだ。そして、そこで僕は急に意識を失ってしまった――。





 次に目を開けたとき、僕は保健室のベッドの中だった。そして、僕の顔はとてもやわらかくてあたたかいものに包まれていた。


 こ、この感触は!


 すごく覚えがあった。少し起き上がって見てみると、僕のすぐ隣に花澄ちゃんが寝ていた。


 しかも、運び込まれたときと同じ、ブラとパンツだけの姿で……。


「お……おおおおっ!」


 たちまち体がものすごく熱くなってきた! だって、今、僕の顔を包んでいたやわらかいものって、あれじゃん! それじゃん! そこにある、花澄ちゃんのぷるぷるのおっぱいじゃん! なんなんですか、この状況!


 しかも、花澄ちゃん意識ないみたいだし! 下着姿だし! 白だし! ブラもパンツも白だし! 純白だし!


 ってか、ブラとパンツという吹けば飛ぶような薄布しか身につけてない女の子が、同じベッドで、すぐ近くで寝ている……これなんて事後? い、いや、さすがに僕はまだ何もしてないぞ! 僕の体のいまだ満たされてないあらぶるモノがそう言っている!


 そうだ、お楽しみはこれからだ……。そっと、花澄ちゃんのあらわになっている二の腕にふれた。ぷにっ。やわらけえっ! すべすべしてるぅ!


 そして、花澄ちゃんはいまだ起きる気配がない――。


 これは一世一代のビッグマグナムチャンスだっ! こんな近くに、半裸の女の子がいるんだ! 僕はそれを楽しむ権利があるんだ!


 そのままそっと、ホントにマジでそっと、花澄ちゃんのおっぱいに手を置いた。


 やわらけええええうぇえぇっ!


 祝福された! 僕の世界が歓喜で満たされた! 脳内ウィーン少年合唱団が歌う喜びの歌が聞こえる! 第九とも言う!


 お、女の子のおっぱいって、こんなにいいものだったんだ……。


 感動のあまり涙が出てきた。そして同時に、僕の手と花澄ちゃんのおっぱいを隔てる、ブラジャーという布がこの上なく憎らしくなってきた。普段なら、この布きれを目にしただけで、心躍るものだけれど、もう今までの僕じゃないんだ。求めあう二人の間にこんなものいらないってばよ! 邪魔だってばよ!


 ブラジャーのホックは背中側についているようだったが、幸い、花澄ちゃんは仰向けではなく、横向きに寝ていた。つまり背中はノーガード。これはもう乳神様のナイス気配りと言わざるを得ない! 僕はそっと、そう、凄腕のアサシンのように気配を最大限に殺しながらそっとベッドを出ると、そのまま、花澄ちゃんの背中のほうに回った。


 そして、ブラジャーのホックを――外す!


 パチンッ!


 おおおおおっ! 外れた! 初めてなのに外れちゃった! きゃー!


 い、いや、これで喜ぶのは早い……! 僕はまだ何も手に入れてない!


 これはいわば、おっぱいカゲキ歌劇における序曲オパーイチュア。そうだ、二人の物語はまだ始まったばかり……いや、ここから始まるんだ! だっ!


 ただちに、ゴキブリのような敏捷にして気配ゼロの身のこなしで、花澄ちゃんの正面に回った。


 そして、その胸にそっと手を伸ばした! さあ、解き放て、おっぱい! おっぱいおっぱい!


 が、瞬間――その僕の手はがしっと握られた……。


「てめえ、この手は何だ……」

「い、いえ、その……」


 見つめ合う一組のうら若き男女。その視線はとても熱く、特に女のほうは悪鬼羅刹のごときであった……。


「てめえ、今、あたしのブラ外そうとしてただろ……」

「ち、ちがっ! 僕はただおっぱいの解放運動を――」

「言い訳するんじゃねえ!」


 ドゴッ! 僕の横腹に花澄ちゃんの回し蹴りがクリーンヒットした。


 ぐはあ。そのまま床に倒れてしまった。


「……あ、二人とも気が付いたみたいねー」


 と、保健の桜井先生が衝立の向こうからやってきたようだった。


「先生! なんでこんなやつがここにいるんですか!」


 花澄ちゃんの抗議する声が聞こえる。


「ああ、ごめんなさいね。ここベッド二つしかないんだけど、一つは先客がいて。だから、とりあえず二人一緒に使ってもらうことにしたのよー」


 おお、なんという神判断。やっぱりこの先生、いいおっぱい先生だ!


「え、まさか、あたしこの格好でこいつと寝かされてたんですか?」


 なんかすごく嫌そうな声が聞こえるけど……聞かなかったことにしよう、うん。


「最初はねえ、もう一人の男の子のベッドに小暮君を放りこもうと思ったんだけど、入らなかったのよ。彼、大柄だからー」


 と、保健の先生はベッドとベッドを隔てる衝立を横にずらしたようだった。いったいどんなヤツが寝てるんだろう。痛む腹をさすりながら起き上がって向こうを見てみると、そこにはあの電気クマがパンツ一枚で大の字に寝ている姿があった。


 ああ、コイツも参加してたのか……。


「彼、害虫にやられて制服が破れたところに、バナナの皮で滑って転んで、頭を強く打ったみたいなのね。それで、ここに運び込まれて来たの」

「バナナの皮ですか」


 そりゃまた物騒な話だなあ。バナナの皮と言えば、滑るものと決まってるからなあ。


「あ、でも、僕はなんで気絶したんですかね?」


 そうだ、僕はここに来るまでは、すごく普通だったぞ。花澄ちゃんが下着姿だったことを瞬時に思い出し、光の速さで、そっちに視線移動させながら言った――が、時すでに遅し、花澄ちゃんはベッドのシーツを肩から被っていた。ちくしょう。


「前と同じね。おそらく、高密度のリピディア行使による副作用よ」


 れろれろ。桜井先生は棒付きキャンディーをなめながら言う。


「副作用? そんなのあるんですか?」

「小暮君だけね。一言で言うと、あなたのリピディアは、人類には早すぎるレベルなのよ」


 なにそれ! 解説になってないよ、先生!


「まあとにかく、二人とも元気になったみたいだし、これから生徒会室に行きなさい」

「生徒会室? あたしがこいつと?」

「なんかねー、美星君たちがさっきのことで話があるみたいよ? 二人に」


 桜井先生はそう言うと、「じゃあ、伝えたからねー」と、向こうに行ってしまった。




 その後、僕と花澄ちゃんは一緒に生徒会室に向かった。花澄ちゃんは既にジャージ姿だった。美星杯の仕様が仕様なので、この学校には予備のジャージが常に保健室にあるらしい。それを借りたのだった。(ずっと下着姿でもよかったのにぃ……)


 生徒会室に入ると、以前のときのように残念なイケメンの生徒会長、美星三太夫と、その妹、美星琴理さんが席についていた。僕たちは琴理さんに促されるまま、椅子に座った。


 すると、突然生徒会室の全ての窓にシャッターが降り、部屋全体にガチャンという機械的な音が響いた。そして、微細な振動とともに体が軽くなっていく感覚があった。そう、まるで、エレベーターで下に降りているときのような。


「美星先輩、これって……?」

「はい。ただいま、このガクエンレンゴクの真下に向かってますわ」


 相変わらずフリーダムだなこの学校。生徒会室がエレベーターにもなるのか。


「でも、なんで下に向かってるんですか?」


 花澄ちゃんが尋ねた。


「君たちに見せたいものがそこにあるのだよ」


 イケメンが妙に偉そうに答える。


「それって、美星先輩がさっき言っていた『とてもおそろしいもの』ですか?」

「ええ。吾朗さんたちには話しておく必要があるようですし」


 琴理さんは意味深に微笑んだ。


 やがて、生徒会室エレベーターは目的の場所に降りたようだった。ガクンという反動とともに、体にまとわりついていた浮遊感が消えた。


「こちらがその、『とてもおそろしいもの』になりますわ」


 と、琴理さんがバスガイドのように生徒会室の窓のほうを指さした瞬間、シャッターは開放され、ついでに窓も壁も消えてなくなり、僕たちは緑色の光が満ちた不思議な空間に放り出されたような形になった。その中央には、強い緑色の光を放つサッカーボール大ほどの球体がある。それは発芽したてのもやしのような形で、ツル状のものを下に伸ばして直立している。


「なんですか、あれ? 植物?」


 椅子から立ち上がり、その近くまで行って見てみた。他の三人もそんな僕についてくる。


「まあ、一種の寄生植物ですわね。惑星をまるごと養分にするものです」

「え?」


 ちょ、なんかすごくダイナミックなことさらっと言ってない、琴理さん?


「その寄生植物がここにあるって、それって……」


 と、花澄ちゃんも驚きを隠せない様子でつぶやく。


「そう、これによって近いうちに地球は消滅するだろうね」


 イケメンもまた、さらっとトンデモないことを言う。普通なら到底信じられないことだが、今まで散々この学校の摩訶不思議を目の当たりにしてきた以上、疑うことは難しかった。マジなんだろう、この人たちの言ってることは。


「じゃあ、早くこれを取らないと――」

「ええ。現在、ガクエンレンゴクが総力を挙げて、この芽の処理に当たってますわ」


 琴理さんが僕のそば、つまりその芽の前にまで来た。そして、ふいに胸ポケットから万年筆を出して、そこに投げた。ばちばち。ただちにそれは蒸発してしまった……。


「ごらんのとおりですわ。これは真空絶対零度の宇宙空間でも生きながらえることのできる、異常な生命力の植物です。ガクエンレンゴクは現在あらゆる方法で処理を試みていますが、どれも蛙のつらに小便、効果ナシですわ」

「今のところは、だろう。三次元妹」


 と、イケメンが付けくわえた。


「あ、あの、なんで学校はこんなことしてるんですか?」


 花澄ちゃんが口を開いた。まあ、今まで何も聞かされてなかったんだから、当然の質問だろう。実際、僕もよくわかんないし。


「ガクエンレンゴクは、一つの生命体です。正確には生物兵器なのです。この『滅びの花』を撲滅するために作られた」

「生物……兵器?」


 また、異次元な話になって来たな……。


「兵器ってことは誰かに作られたってことですか?」

「そうですね。作られたのは、今から十億年ほど前のことですわ」

「じゅうおく……」


 どんだけスケールのでかい話だよ、これ!


「つ、作った人は、さすがにもう生きてませんよね?」

「はい。種族ごと滅んでますわ」


 琴理さんはまたさらっと、とんでもないことを言う。


「その種族が滅んだのは、この『滅びの花』によるものだ。それにより、彼らは母星を失い、宇宙の塵となった」


 イケメンがさらに話を続ける。


「滅ぶ寸前、彼らは『滅びの花』に対抗する生物兵器ガクエンレンゴクを開発していた。それが完成したとき、すでに彼らの星は手遅れだったが、彼らは『滅びの花』にこのままなすすべくやられてたまるものかと、ガクエンレンゴクの胚を無数に宇宙にばら撒いたのだ」

「いわゆる、最後の悪あがきというやつですわね」


 なんとまあ、壮大な悪あがきだ……。


「ガクエンレンゴクは、休眠状態で宇宙空間を漂泊しながら、『滅びの花』を探し、それが芽吹いた惑星に漂着して処理するように作られている。ここに破邪煉獄学園というトンデモ学校が出現したのも、そういうゆえんだよ。ここにたまたま『滅びの花』の芽があったから、という」


 うわあ。このイケメン自分で認めやがったよ。トンデモ学校って。


 しかし、本当に宇宙レベルで世界ヤバイ状態だったんだな……。


「そ、それで、大丈夫なんですか? あたしたちのいる地球?」


 花澄ちゃんがおっかなびっくりと言った感じで尋ねると、


「今の時点では相当ピンチだね、ハッハッハ」


 イケメンはさわやかに笑って答えた――って、笑い事じゃねえええっ!


「いや、そんなのほほんとしてないで、がんばってくださいよ!」

「がんばってますわよ。このガクエンレンゴクはいつだって全力投球ですわ。ただ、どんな生物にも個体差というものがあって、生命力の強い個体、弱い個体というものがあるんですけど、ここにある『滅びの花』は、特に生命力の強い個体のようなんですわ。困ったことに」

「え、じゃあ、僕たちは死ぬしかないんですか?」

「それは君の活躍次第だ、いや、君たちと言ったほうがいいかな?」


 イケメンは、僕と花澄ちゃんを交互に指さした。


「どういう意味ですか?」

「簡単なことだ。この『滅びの花』に君たちのリピディアをぶつけるのだ」

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