九章

 不敗姉妹が去った後、僕はすぐにそこを離れた。やっぱり、一応大掃除バトル大会に参加した以上は、頑張らないとダメだと思ったし。もしかしたら、群れからはぐれてさまよっているものすごい高得点のモンスターに遭遇するかもしれないし。そのまま一人でうろうろと、中庭や渡り廊下の周りなどをさまよった。


 やがて、そのかいあって(?)、下駄箱がある学校の正面入り口の前で、一匹のモンスターを発見することができた。ちっこい人魂みたいなやつだ。ものすごくザコっぽい。倒してもしょっぱいポイントしかくれなさそうな雰囲気? 


 まあいいや、炎で焼いて倒しちゃおう。さっそく、『蒼き灼熱』ブループロミネンスを発動させる――が、その瞬間、突如として僕の目の前に琴理さんが現れた。


「あら、こんなところにもジャンクが」


 琴理さんは人魂に手をかざした。すると、たちまちそれは消えてしまった……。

 って、あれ? 僕の獲物がなくなっちゃったよ?


「美星先輩、これはいったい?」

「あら、吾朗さん、いたんですの」

「いや、いたもなにも。美星先輩が突然ここにわいてきたんでしょう」

「いやですわ。人をお化けか何かのように言って」


 ふふふ、と、琴理さんは笑った。やっぱりその笑顔はすごくかわいい……んだけど、人間じゃないんだよなあ、この人。お化けどころか、この学園の備品らしいし。


「吾朗さん、もしかして今のジャンクを狙ってましたの?」

「ジャンク? 今の人魂が?」

「ああ、今日はそれを害虫害獣と呼ぶことになってましたわね」


 琴理さんは、くすりと笑って舌を出した。相変わらずかわいさマックスの表情だけど、なんとなくわざとらしい。


 っていうか、やっぱり気になる。この学校のこと……。


「美星先輩、いい加減教えて下さいよ。この学校って一体何なんですか? 今日は掃除をするはずなのに、やってることはモンスター退治だし。一体、何の目的で僕たちにこんなことさせてるんですか?」

「吾朗さんはどう考えますか?」

「え」

「聞かせてください。吾朗さんなりの推察を」

「いや、そんなこと言われても……」


 質問を質問で返されても、その、困る。


「吾朗さんは、このガクエンレンゴクをどんなものだと思っているんですか?」

「そ、そうですね……。この間、美星先輩はこの学園を生きてるものだって言ってましたけど、こんなの地球上の生物じゃありえないし……まさか、宇宙から来た超生命体とか?」

「まあ、大当たりですわ」

「え」


 うわ、適当に言ったのに、正解しちゃったぞ。


「じゃあ、この学校ってまるごと宇宙人?」

「そうですわね。学園全体が、一つの宇宙生命体なんですわ」

「なんでそんなことに……」

「そういう生態の生物なのですよ」


 うむ。わからん。


「う、宇宙は広いってことなんですかね……?」

「そうですわね。今はそのように理解しておけばいいと思いますわ」

「今は?」

「そうなのです。このガクエンレンゴクの抱えている問題。その大きさによっては、さらなる理解が必要になるかもしれないということですわ」


 うむ。全然さっぱりわからん。わからんぞっ!


 それに、学園が宇宙生命体だということを理解できたとしても、気になるのはやはり――、


「じゃあ、なんで僕たちはリピディアを与えられて、バトル大会に参加させられたり、怪物退治させられてるんですか?」


 そうだ。学園の正体とかぶっちゃけどうでもいい。僕たちのやらされていることの意味だけは知っておきたい。


「まさか、美星先輩たちは、僕たちをおもちゃにして遊んでるんじゃ……」

「それは違いますわ。すべて、意味のあることですのよ」


 と、ふいに琴理さんは僕に近づいてきた。そして、僕の顔を両手でつかんで、じっと見つめてきた。うわ、いきなりなんなんだよ!


「……吾朗さん、つかぬことを尋ねますが、ここにいる『あなた』は、『ひとつ』の生命体だと言えると思いますか?」

「え? そりゃ、僕はこの世でたった一人の僕だから、オンリーワンで、一つの生命体なんじゃないですか?」

「まあ、人間なら誰でもそう思っていることでしょうね。でも、わたくしたちから見ると、それは真実とはかけはなれていますわ。だって、ここにいる吾朗さんは、一人の人間でありながら、多くの生命体の集合でもあるんですもの」

「多くの生命体の集合? な、何言って――」

「そんなにむつかしい話ではありませんわ。吾朗さんでも聞いたことがあるでしょう。腸内細菌、常在菌……そう呼ばれる微小な生物が、人間の体にはたくさんいるんですのよ」

「ああ、そういうことですか」


 なるほど。そう言えば、人間のお腹の中には菌がいっぱいいて、正義の味方の「善玉菌」と邪悪なる「悪玉菌」が日夜壮絶な戦いを繰り広げてるんだったな。ヨーグルトのCMで見たことある。


「それが、この学園の話と何の関係があるんですか?」

「同じことだと言ってるのですよ。このガクエンレンゴクも、人間も」

「同じって? このガクエンレンゴクのおなかのなかにも、善玉菌と悪玉菌がいて、戦いあってるってことで――え?」


 はっ! なんかものすごくいやな結論にたどり着いてしまったような気がするぞ! だって、この学校の中で戦いあってるって、僕たちのことじゃないか!


「つ、つまり……僕たちは、この学園にとって、お腹の中の菌と同じ扱い?」

「まあ、吾朗さん冴えてますわね。すごく正解に近い答えですわ」


 ぱちぱちぱち。琴理さんは僕から少し離れて拍手し始めた。うわー、正解したのに全然うれしくないぞ、これは。だって、僕たちが謎の宇宙生命体に、菌扱いされてるってことなんだもの。それってどうよ?


「ここで地球人たちにリピディアを使って戦いあってもらうことは、いわば、ガクエンレンゴクにとっては、プロバイオティクスなんですわ」

「ぷろばいお……?」

「体内の微小生物の活動により、体内環境を整え、免疫力を強化すること、ですわ」

「つまり、僕たち、ヨーグルトの善玉菌と同じ扱いなんですか……」

「はい、生きて腸まで届く、ではなく、生きて校門までやってくる、ってやつですわ」

「コーモンねえ……」


 ひどい。そこ出口だから。入口違うから!


リピディアというのは、発動されるたびにガクエンレンゴクの免疫力を高める効果がありますが、ガクエンレンゴクには直接使えないものなんですわ。だから、ガクエンレンゴクは漂着した星の生命体を内部に引き入れ、リピディア発動のための因子を与えるんです。そういう生態なんですのよ。人間が生まれたときにビフィズス菌を体内に取り入れるのと同じですわ」

「ビフィズス菌、ね……。じゃあ、僕たちはもしかして、この学校の健康のために戦いをさせられてるんですか?」

「はい」


 うわー。満面の笑顔で答えられちゃったぞ。僕たち、学校にとってただの菌だって! 健康維持のための! 家畜とか奴隷とかよりひどい扱いじゃないか!


「吾朗さん、ショックを受けるのはまだ早いですわ。このガクエンレンゴクが健康でいることは、吾朗さんの世界にとって、とても大事なことなんですのよ」

「え、なんですか、それ?」

「ガクエンレンゴクは、吾朗さんの世界、つまり、この地球という惑星のために健康でなくてはならないのですよ」

「はあ……?」


 わからんよ。全然さっぱりわからんよ、この子の言ってることはっ!


「さらに言うと、宇宙レベルの問題を抱えているわたくしたちにとって、漂着した惑星の生態系に溶け込むための『最適化』は、とても容易なことなのです。そう、例えば、この地球の人間社会においての『常識』を書きかえることなどは……」

「ああ、それで……」


 なるほど、これはわかったぞ。やっぱり、この学校の宇宙超パワー(?)のせいで、みんな洗脳状態になってたんだな。そう、突っ込みどころのバーゲンセールのはずの「美星杯」を華麗にスルーしてしまうレベルで。


「じゃあ、結局『美星杯』も、今日の掃除大会も、僕たちに学校の健康のためにリピディアを使わせるためだけのもので、他に意味はないってことですか?」

「そうですね。今日の掃除大会に関してはそうだと言えますわ。特に、あのジャンクをリピディアで排除してもらうことは大事なことなんですのよ」

「ジャンク? あのモンスター軍団が?」

「はい。あれは、ガクエンレンゴクにおける有害な老廃物のようなものなんですわ。それを、みなさんが的にしやすいように見た目だけ加工したものなんです。人間に例えると……アセトアルデヒドや活性酸素のようなものでしょうか?」

「え……それって……」

「つまり、今日、みなさんにやってもらっていることは、このガクエンレンゴクの解毒デトックスってことなんですわ」

「デトックス……」


 ああ、知ってるぞこの言葉。僕の母さんが飲んでる美容サプリに書いてあったもん。確か、体の毒を抜くとか、そんな意味だ……。


 つまり、あのモンスターは、ガクエンレンゴクの体の中にたまった毒素? それを僕たちは退治させられてるってこと? うわー、相変わらず僕たち、この学校にいいように利用されてるよ! 


 あ、でも、この学校が健康じゃないと世界ヤバイとか、そんなことさっき言ってたような?


「美星先輩、結局、宇宙レベルの問題ってなんなんですか?」

「このガクエンレンゴクの真下にいるものですわ。とてもおそろしいものなんですのよ」

「この学校の下……」


 あ、そういや、あのイケメンも「我々の目的は深遠なるところにある」って言ってたな。深淵なるところって、やっぱり、この学校の下のことなのか? いったい、そこに何が――。


「まあ、とにかく、吾朗さんはこのガクエンレンゴクの健康のために、今日はがんばってください。ジャンクならまだたくさん残ってますわよ」


 と、琴理さんは、少し離れたところ、学校の焼却炉のほうを指さした。見ると、そこに一つ目の巨人が涅槃のポーズで寝ていた。体長十メートルぐらいありそうだ。うーん、デカイ。そして、すごく強そう……。


「あれはかなり高得点のジャンクですわ。倒すと100ポイントです」

「マジですか!」


 ほんとにいたんだ。群れからはぐれてさまよってる高得点モンスター! いや、さまよってなくて寝てるんだけど。


「見たところ、周りに生徒はいませんし、チャンスですわね、吾朗さん。いろんな意味で」

「はい! 行ってきます!」


 そうだ、周りに人がいないなら、思う存分『蒼き灼熱』ブループロミネンスをぶっぱなせるってもんだ! 全力でそこに向かって走った。


 巨人は僕の気配にすぐに気付いて起き上がった。そして、巨体に似合わない素早い動きで、拳を振りおろしてきた。だが、それは僕の『蒼き灼熱』ブループロミネンスの自動バリアとも言うべき炎の壁に遮られた。ふふ、相変わらずよい仕事をしてくれるやつめ。バリアがなかったら、即死でしたぞ! (僕の回避能力はほぼ皆無だ!)


 まあ、とにかく、向こうの攻撃が当たらないんだし、思いっきり攻撃してやろう!


 そのまま青い炎を、巨人に向けて放った。というか、周囲一帯にまき散らした。


「骨まで燃え尽きろ! 輝きの蒼雪炎舞ブリリアント・スノウフレア!」


 ビシッ! ずっと携えていた木の棒を天に掲げ、高らかに叫んだ。そう、今日の僕はブリリアント! サイコーに輝いてるぜっ! ヒャッハー!


「グオオオオオッ!」


 巨人はたちまち、炎上し、身もだえし始めた。ふっふっふ、勝負あったな!


 が、そのとき、弾丸のような速さで何かが巨人の頭に飛んできた!


 ドコオォッ!


 それは人だった。女の子だった。っていうか、花澄ちゃんだった……って、またこのパターンかよ!


 そして、その強力な飛び蹴りがとどめの一撃になったようで、巨人はそのまま倒れてしまった。口からエンブレムをポロリと落としながら。


「やったわ、またポイントゲットよ!」


 蹴りの爆風であたりの炎が散るやいなや、花澄ちゃんはすぐにそれを拾った――って、なんだよいきなり!


「ちょっと待った! それは僕が倒したヤツだぞ!」


 あわてて彼女に駆け寄った。


「何言ってるのよ。『倒した』のはあたしでしょ?」

「そりゃ、最後の一撃はそうかもしれないけど、そこまで弱らせたのは僕だろ!」

「そんなの知るもんですか。最後に倒したのはあたし。だから、これはあたしのものなの」

「なんだよそれ!」


 さすがに腹が立った。だって、今こそまさに、サイコーにかっこいい僕降臨タイムだったのに! それが、とんびに油揚げをとられるみたいに、獲物を横取りされるなんてないよ! かっこ悪過ぎじゃないか!


「いいから、僕にそれくれよ! 峰崎さんは僕と違って、ポイントいっぱいあるんだろ!」

「まだ足りないわよ。上には」

「そりゃあ上には上がいたけど、僕なんかどん底だぞ! すぐにポイントもらわないといけない体なんだぞ!」

「そんなの焼け石に水でしょ」

「うわあああんっ!」


 鬼だよ! あんまりだよ! 少しは僕にやさしくしてよ!


「とにかくこれはあたしがもらうか――」


 と、そこで不意に花澄ちゃんの言葉が途切れた。


「こ、小暮君、あれ……」

「なに?」


 と、花澄ちゃんが指さすほうを見てみると……そこには、さっき僕たちが倒した巨人が起き上がっている姿があった。しかも、さっきと違って、皮膚の色がどす黒い。目の色も赤い。顔つきも凶暴さが三倍ぐらいになっている……。


「なんで、ちゃんと倒したのに起き上がってるの、あいつ?」


 花澄ちゃんはさすがに驚きを隠せない様子だ。


 確かに、あのナマコやスライムとは明らかに挙動が違うし、雰囲気も異常だ。こいつは本当に、この学園の毒素を見た目だけモンスターっぽくしたやつなのか? 


「吾朗さん、峰崎さん、すぐにそれから離れて下さい!」


 と、にわかに、琴理さんが僕たちに駆けよって来た。


「吾朗さん、あれはもうジャンクではありませんわ」

「え? じゃあ、いったいなんなんですか?」

「おそらく、キャンサーという、何らかの不具合バグが発生したオブジェクトです。すぐにこの場を強制フォーマットしますわ。二人は下がってください」


 琴理さんはさっきの人魂のときと同じように、巨人に手をかざした。瞬間、謎の文字列が空間に浮かび、帯となってその巨人を緊縛した。


 だが、次の瞬間に、それはガラスが割れるように砕けて消えてしまった。


「まずいですわね……コマンド実行不可ですわ」

「え? 消せないんですか、あの巨人?」

「はい。今は無理のようですわ」


 そんな! あんな闇堕ちカラーで凶暴な顔で、青筋立てて牙をむき出し、鼻息を荒げてよだれをたらし唸り声をあげている体長十メートルの巨人を消せないって! ねーよ!


 っていうか、こうしている間に、こっち向かってくるし! めっちゃ襲いかかってくるし!


「グオオオオオッ!」


 凶暴化した巨人が、再び拳を振りおろしてきた。回避能力ほぼ皆無の僕はやはり、『蒼き灼熱』ブループロミネンスの炎の壁で巨人の拳を防ぐ――が、瞬間、それは霧が晴れるように消えてしまった。


 そ、そんな、バリアが――。


 頭上から落ちてくる巨人の拳。もうダメだ。目をぎゅうっとつぶった。


 だが、直後、僕の体はふわりと宙に浮いた。そう、何者かが僕を抱えて後ろに跳んだのだ。この背中に当たる二つのふくらみ……覚えがあるぞ! はっとして振り返ると、そこにはやはり、花澄ちゃんがいた。


「ぼーっとしてんじゃねえよ、ノロマがっ!」


 着地したところで、僕の体を放りながら花澄ちゃんはどなった。その目つきは闇堕ち巨人に負けず劣らず凶悪になっている。うわあ、また修羅モードだよ、この子。


 あ、でも、僕のこと助けてくれたんだよな?


「あの、ありがと――」

「だから、よそ見してるんじゃねえって言ってるだろうが!」


 と、またしても花澄ちゃんは僕を肩に担いで飛んだ。直後、僕たちの立っていたところに巨人の拳が落ちてきた。うわ、また危ないところだったみたいだ……。


「吾朗さん、峰崎さん。大丈夫ですか?」


 遠くから声が聞こえてきた。見ると、二十メートルぐらい離れたところに琴理さんが立っている。ああ、あの人たちは学校の備品だから、謎ワープができるんだっけ。


「美星先輩、こいつどうすればいいんですか!」


 花澄ちゃんに抱えられたまま、琴理さんのほうに声を張り上げた。花澄ちゃんはぴょんぴょん跳びはねて、巨人の攻撃をかわしている。


「おそらく逃げてもどこまでも追尾してきますわ。お二人のリピディアをぶつけて、強制終了させてください」

「た、戦えってことですか? こいつと?」


 ムリムリムリ! だって、僕のバリア無効化されちゃったんだよ?


「バリアが破られたのは、吾朗さんのリピディアの制御がへなちょこだからですわ。もっと、一点にリピディアを集中させてください」

「集中って、この状況で?」


 回避能力ゼロの僕は、絶賛、花澄ちゃんの肩の上のお荷物状態なんだけど!


「小暮君、今のままじゃ、あたし、よけるのが精一杯なんだけど! あんたがなんとかしてくれないと困るんだけど!」


 花澄ちゃんからも促されてしまった。


 うう、やっぱやるしかないのか……。


「わかったよ! じゃあ、とりあえず、炎だすよ!」


 ぼー。周りに炎をまき散らした――ら、いきなり花澄ちゃんに地面に叩きつけられた。


「てめえっ! ふざけんな! 周りを火の海にしたら、あたしたちの逃げ場がなくなるだろうがっ!」

「え……でも、これが僕のできる精一杯なんで……」

「いいから、炎はあいつにだけ当てろ!」


 と、また花澄ちゃんは僕の制服の襟をつかんで跳びはねた。巨人の拳から逃れるために。ぐう。持ち上げられた襟で首がしまる。苦しい。


 そして、まだ蒼い炎がその場に残っているというのに、巨人はまるでノーダメージのようだった。さっきのバリアと同じように、まるで利いてないようだ。つまり、僕の技は全部無効? そんなあ……。


「吾朗さん、リピディアを集中させないと、それは倒せませんわ!」


 遠くで、琴理さんが叫んでいる。いや、わかってるんだけど、それができたら、こんなにポイントがマイナスになってないよ、僕は……。


「峰崎さん、もういいよ。僕を置いて君は逃げるんだ……」

「え?」

「僕が盾になって、君の逃げる時間を稼ぐ。それぐらいはできると思うから」

「で、でも……」


 と、花澄ちゃんが一瞬戸惑った瞬間だった。


 巨人の巨大な脚が、その小さな体を横から強く蹴り飛ばした!


「な――」


 キックだと! いままでパンチしか使ってこなかったのにキックだと!


 呆然としている僕の眼前で、花澄ちゃんの体は吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「花澄ちゃん!」


 あわてて駆け寄って、呼びかけてみたが返事がない。というか、すでに制服は破れて散っている。今の一撃で、制服の防御力を上回るダメージをもらっちゃったみたいだ……。


「そんな……」


 僕のせいだ……。僕が話しかけたせいで、花澄ちゃんに隙ができてそれで……。胸がすごく痛くなった。悲しくて、くやしくて、自分が許せなかった。


 だが、そんな気持ちに沈んでいるいとまはなかった。花澄ちゃんを一撃で倒した巨人は、すぐに僕めがけて拳をくりだしてきた。


 こいつのせいで、花澄ちゃんは――!


 瞬間、胸の奥に火がともったようだった。相変わらず巨人の攻撃は巨体に似合わず素早い。僕ではよけられない――が、もうよける必要なんてない!


 そうだ、こんな攻撃恐れることはない! 僕の炎で全部受け止めてやる!


 振り下ろされる巨人の拳に向かって、右手を上げると、そこに渾身のリピディアをこめた――。


 瞬間、蒼く強い光がそこに躍った。それは僕の手のひらからほとばしると、らせん状にうねりながら、巨人に向かって走った。


「グオッ!」


 ただちに、巨人の片手は燃え尽きて灰になり、その体は後ろに大きく吹っ飛んだ。


「い、今のは……」


 なんだ? まるで蒼い炎の龍が手から出てきたみたいな……?


「吾朗さん、まだ終わっていませんわ!」


 と、いきなり僕の体は誰かに後ろから抱きしめられた。背中に当たる二つのふくらみ。さっきの花澄ちゃんのよりは少し小さい。こ、これは、琴理さん?


「ど、どうしたんですか、いきなり?」

「もう黙って見ちゃいられないってことですわ。わたくしが、サポートします。もう一度、今のようにリピディアを集中させてください」


 と、琴理さんは僕に棒きれをもたせた。これは、さっきまで僕が握っていたヤツだろうか。


「来ますわ! 早く!」


 と、琴理さんが耳元で叫ぶと同時に、体勢を整えた巨人が、前のめりで突撃してきた!


 くそ、よくわかんないけど、もう一度やるしかないのか!


 とっさに、棒きれを握りしめた。そして、そこにリピディアをこめ、向かってくる巨人めがけて、大きく振った――。


 ゴオッ!


 瞬間、棒きれが、蒼い炎の剣となったようだった。そして、その炎の剣閃は、巨人の体を斜めに切り裂いた!


「グア……」


 それはまさに超高温の炎によって、一瞬にして体を二つに焼き切られたようだった。そのまま巨人は地に膝をつき、崩れた。そして、その巨体は消滅した。


「やった、のかな……?」


 さすがに戸惑ってしまう。僕、こんな戦い方、できたんだ……。


 って、感心してる場合じゃない!


「花澄ちゃん!」


 琴理さんとともに、すぐに花澄ちゃんのところに駆け寄った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る