八章
「健吾、この大会、害虫害獣(?)退治で美星杯のポイントがもらえるのはわかったけど、じゃあ、なんで既に脱落した生徒もいっぱい参加してるんだ?」
体育館の裏手から駆けだしながら、僕は健吾に尋ねた。
「そりゃ、お前。美星杯のポイントとは別に、今日の大会でがんばったヤツには賞品が出るからだよ」
「賞品? なにそれ?」
「ズバリ! 『豪華客船で行く合法ノーパンしゃぶしゃぶの旅(日帰り)』だぜ!」
「合法……ノーパン?」
ナニソレ? 意味不明すぎるぞ、その賞品!
「吾朗、知らないのかよ。俺ら未成年がノーパンしゃぶしゃぶみたいな店に入るのは条例的にアウトなんだぜ?」
「いや、だから、それがなんで賞品に――」
「決まってるだろ! 豪華客船で日本以外の領海まで行けば、日本の法律なんて関係ない! 未成年がノーパンしゃぶしゃぶ楽しもうが合法だ! 素晴らしい賞品だろう!」
「な、なるほど……」
なんか言われてみるとそんな気がしてきた。なんて粋な計らいをしてくれる主催者だろう。
「ちなみに、女子は『豪華客船で行く合法ノーパンイケメン足つぼマッサージの旅(日帰り)』になるらしい」
「おおっ!」
やっぱ、この学園すげー! なんてったって、合法だからな!
「そういうわけで、美星杯関係なしに、みんな気合が入ってる。俺も、今日ばかりはお前に協力するつもりはない! ライバルだぜ!」
「そ、そうか?」
いや、なんかバトルで健吾に協力された記憶がないんだが……。
やがて、僕たちは、破邪煉獄学園の三つある校舎のうちの一つの前に出た。植え込みや木がまばらに配置されている以外は、開けた場所だったが、そこにはすでにたくさんの生徒たちが集まっていて、多くの害虫害獣、いや、そう呼ぶことになっているクリーチャー達と戦っていた。
「くたばれ害虫! とりゃー!」
近くで男子生徒が叫び、光の弾のようなものを手から放出している。その標的となっているのは、ばかでかいフナムシのようなモンスターだ。
さらに、近くでは、頭が何個もあるヤギっぽい怪物と死闘を繰り広げているグループ、ピカソの絵から出てきたようなデザインの歩く樹を追いかけまわしているグループ、など、異常すぎる光景が広がっている。なんという
「吾朗、アレ見てみろよ!」
と、急に健吾がそんな百鬼夜行な光景の右のほうを指さした。見ると、そこには、あの麗しの黒ブラの乙女にしてボブカットの美女、天野先輩がいた。今は一人で、巨大スライムと戦っているようだ。すでに美星杯を脱落したはずの先輩の胸には、白いエンブレムが光っている。(白いエンブレムは、今日一日だけ使えるヤツって話だ)
そして、その水属性の攻撃は、全然さっぱり巨大スライムに利いてないようだった。ほぼ一方的に、スライム粘液攻めをくらっている……。
「あああっ!」
ぬるぬるぬる。スライムの粘液にまとわりつかれて、天野先輩は苦しそうに、あえいで、いや、悶えている。その制服はいまや濡れ濡れで、体にぴったりフィットしている。そう、モデル体型のナイスバディに!
「健吾、この距離なら撮影できるよな?」
「まかせろ! ばっちりだ!」
そう言う健吾の手にはすでにケータイがあった。ナイス、親友!
しかし、その素晴らしい光景は長続きしなった。いや、さらなる進化を遂げるときが来たと言ったほうがいいだろうか。スライムの粘液はおそらく強い酸性で、人体にダメージがあるんだろう、粘液浴びまくりの天野先輩の制服はやがてダメージをカバーしきれなくなったのか、溶けてしまった――そう、溶けて、きれいさっぱり消えてしまった!
「おおおっ!」
瞬間、ケータイを手にした多くの男子生徒たちの歓声が上がった。僕もたちまち胸の奥がじゅんと熱くなった。制服という戒めを解かれた天野先輩の肌は、スライムの粘液でしっとりと濡れながら、五月の陽光に白くまばゆく照らされている。そして、その裸体を申し訳程度に包むブラジャーとパンツは、今日は――ピンクだ! うわ、すごい! 生まれて初めて生で、ピンクの下着姿の女の子を見ちゃったぞ! ありがとう天野先輩! ありがとうスライム! その神々しい姿を拝んだ。
だが、そのとき、何かがものすごい速さでスライムの上に落ちてきた!
ドォーンッ!
それは人だった。女の子だった。っていうか、花澄ちゃんだった。
そう、その花澄ちゃんが、はるか天空から、スライムに蹴りをお見舞いしたのだ。
そして、その稲妻のような蹴りに、スライムはたちまちはじけて、どこかへ消えてしまった。なんという豪快な攻撃。普通、スライムに物理攻撃はNGだろうに。
「悪いけど、これはあたしがもらうわよ」
呆然としている周りの男子生徒たち(僕含む)を前に、花澄ちゃんはスライムが落としたらしいエンブレムを拾った。そして、風のように去って行った……。
って、あれ? これって僕と花澄ちゃんの点差がまた開いたってことじゃないか!
まずいぞ! 天野先輩のピンクのブラとパンツに見とれている場合じゃない! ってか、今の騒ぎで、天野先輩どっか行っちゃったみたいだし、僕もそろそろ本気で獲物を狩らないと!
「健吾! 僕たちも早く次の獲物をしとめるぞ!」
よし、まずは、すぐ近くにいる蛇っぽい鳥だ! さっそく、右手に
「お前、こんなところで何してるんだよっ!」
ドゴッ! いきなり健吾が僕の後ろ頭を叩いた。
「何するんだよ! 痛いじゃないか!」
「それはこっちのセリフだ! こんなところでお前の
「? どうなるかって?」
「……周りをよく見てみるんだな」
と、健吾は近くの生徒たちを指さした。見ると、そのほぼすべてが、僕を睨んでいた。心底迷惑そうな顔をして。
「お前、また俺たちを巻き添えにするつもりかよ!」
「こんなところで炎を出すんじゃねえよ、自爆野郎!」
「そうよ、
たちまち猛抗議されてしまった……。
「う……」
確かにこんな人の密集したところで
「いいから、お前はこれでも使ってろ」
と、そんな僕に健吾が手渡してきたのは――棒きれだった。いかにもそこら辺に落ちてたものを適当に拾ってきた風の。
「なにこれ……」
「ほら、俺ら会長に言われたじゃん、勇者って。だから、勇者の初期装備と言えば、これだろ? 木で出来た棒っぽい何か!」
「うわああああんっ!」
バカにしやがって! ちょっと
そのまま、全力で向こうへ走った。涙目で。
その後、校舎と校舎の間の、人気のない休憩所のようなところに来た僕は、そこのベンチに腰掛けた。ちょっとおしゃれな中庭という感じの空間だった。花壇があり、色とりどりの花が咲いていた。
「ここには害虫害獣はいないんだな……」
まあ、いないから、誰もここに来てないんだよね。セルフ突っ込みしながらため息をついた。今日の大会でポイントをじゃんじゃん稼ぐはずだったのに、まさか狩り場から追い出されちゃうなんて。ホントに僕ってば、情けないヤツだよなあ。
「あー、もうこんな世界なくなっちゃえっ!」
健吾からもらった木の棒をぶんぶん振り回してつぶやいた。あのイケメン会長は世界の危機がどうとか言ってたけど、そんなイベントあるなら、早く出せっていうんだ。このままじゃ、いつまでたっても僕、情けないまんまだよ。世界の危機とやらで、早く勇者になって、みんなにちやほやされたいよ!
「あ、でも、そのときもやっぱり僕は今みたいに……」
だよなあ。人間そんなに都合よく変われるはずないんだ。きっと、世界の危機が来ても、僕は相変わらず自爆しまくって、ハブられまくりなんだ……。
「僕……なんてダメなやつなんだ……」
はあ。再び重くため息を吐いた。
と、そのとき、
「そんなことないよ! ゴローくん!」
と、声が聞こえてきた。はっとして顔を上げると、すぐ近くに、小さな女の子が立っていた。
そう、小さな……どう見ても小学生って感じの女の子が。
しかもその短い髪は綺麗な金色だ。目だって青い。肌も超白い。白人だ。どう見ても白人の十歳ぐらいの少女だ。それがこの学校の制服を着て僕のすぐ前に立っている……。
「あの、君、いったいこんなところで何を――」
「きゃっ! ゴローくんが、しゃべった! こんなに近くで、ゴローくんの声聞いちゃった!」
きゃー、と、その子は恥ずかしそうに身をくねらせた。そしていきなり――こっちに体当たりしてきた!
「うわっ!」
なんすかこの不意打ち! 小学生白人少女にいきなりこんなことされる覚えないんだけど!
って、そういや僕、微妙なレベルの記憶喪失だったっけ?
「あの、君、もしかして僕の知り合い?」
僕の胸にしがみついているその少女に尋ねた――が、
「ううん。ロロね、ゴローくんとおしゃべりするの、今日が初めてだよ」
彼女はにっこり笑ってこう答えた。
そうか、初対面なんだ。じゃあ、なんでこの態度? ってか、今何気に「ロロ」って、自分のこと言ったよな、この子?
「君、ロロって名前なんだ?」
「うん! 一之宮ロロ! この学校の二年生だよ!」
「に、二年生?」
ちょ、待て。どう見ても小学生なのに、僕より年上なのか?
「じゃ、じゃあ、僕の先輩ってことになるんですね……」
「せんぱい? 違うよ。ロロはね、ロロなんだよ? ちゃんとそう呼ばなきゃダメなの」
唇に指を当て、上目遣いに僕を見つめてくる。わりと、いや、かなりかわいい顔立ち、かなあ? まつ毛なんか、ばっさばさだし。
「わ、わかりましたよ。じゃあ、ロロさん」
「それもちがう! かわいくない!」
「え……じゃ、ロロちゃん?」
「うん! それすごくいい!」
ロロ先輩はようやく満足したようだった。またにっこり笑って、いっそうこっちにくっついてきた。そのぺったんこの胸が、僕の胸板に重なった。
うむ、ホントにどう見ても、まったくさっぱり小学生だ……。
なんだか小動物にじゃれられているみたいだった。ロロ先輩、何もかもお子様すぎるよ。おっぱいとか、おっぱいとか、おっぱいとか……。女の子に抱きつかれているはずなのに、全然うれしくなかった。
「それで、ロロちゃんは、なんで僕を励ましてくれたんですか?」
「ロロね、ゴローくんのファンなの」
「ファン?」
「ゴローくん、青い火だせるでしょ? ロロね、あれすごく好き!」
ロロ先輩は目をキラキラ輝かせた。
マジか。みんなにものすごく迷惑がられている、制御不能の僕の
「ねえねえ、ゴローくん! ロロにあの青い火見せて!」
「え? ここで?」
弱ったなあ。すぐに見せてやりたいのはやまやまだけど、ここで使ったら、この子も丸焼けになっちゃうぞ。それはさすがに、ファンでいてくれるこの子に悪いし。おっぱいがない女の子とはいえ、速攻ファンやめられても悲しいし。
「じゃあ、とりあえず、僕から五百メートルぐらい離れてくれますか? それぐらいならたぶん――」
「ロロなら、だいじょーぶだよ。お姉ちゃんが守ってくれるから」
「お姉ちゃん?」
「うん。ロロのね、お姉ちゃん。どんな攻撃からもロロを守ってくれるんだよ!」
と、ロロ先輩が自信たっぷりに言った瞬間だった。
「ロロ! そんなところで何をしているのっ!」
と、声が聞こえてきた。見ると、すぐ近くに、ロロ先輩と同じ顔の女の子が立っていた。
ただ、見た目年齢十歳というお子様な体つきや顔つきはそっくりだったけれど、雰囲気はずいぶん違っていて、目つきは険しく、知的で高飛車なオーラをまとっていた。また、その金髪も長くて、縦ロールだった。
そして、
「あ、お姉ちゃん、ロロいまね、ゴローくんと――」
と、ロロ先輩が、その子に振り返ったと同時に、
「ロロから離れなさい、下郎!」
すごい勢いでこっちにやってきて、ロロ先輩の肘をつかんで僕から引きはがした。
うわ、何この人? 人をいきなりゲロ呼ばわりとか、失礼すぎるんだけど!
「お姉ちゃんお姉ちゃん、ロロ、ゴローくんと、おはなししてただけだよ?」
「ロロ! 前から言ってるでしょう! 男なんてけがらわしい生き物と口をきいてはダメだって!」
「えー」
ロロ先輩は不満そうに頬を膨らませてその子をにらんでいる。見た目がそっくりだし、二人双子かな? 性格はずいぶん違うようだけど。
「あ、あの、お姉さん、こんにちわ」
とりあえずあいさつした――が、
「男のくせに、私にきやすく話しかけないでくれる?」
そっぽ向かれてしまった。どうやら、ものすごい男嫌いのようだ……。
「ゴローくん、こっちにいるのがロロのお姉ちゃんだよ。一之宮ココっていうの」
「へえ、ココさんっていうんですか」
態度と違って名前はかわいいんだなあ。
「ココ先輩、はじめまして。僕は一年の小暮――」
「吾朗、でしょ? 知ってるわよ。あなた有名人だものね。悪い意味で」
冷やかに笑われてしまった……。くそ、さっきからいったい何なんだよ、この子! 失礼すぎるぞ!
と、そこで、二人の胸に黒いエンブレムが光っているのが目にとまった。そう、今日一日だけ使える白じゃなくて黒だ。
「先輩たちって、もしかして美星杯の参加者ですか?」
「そーだよ、ゴローくん。ロロたちは、『不敗姉妹』なんだよ?」
「腐敗? 腐ってるんですか?」
「その『ふはい』じゃないわよっ! 絶対、負けないってことよ!」
ココ先輩はどなった。そして、いきなりポケットから生徒手帳を出して僕に見せつけた。そこにあるポイントは「255」。あれ? なんだかすごく懐かしい数字だけど、数字の前に棒きれがついてない。これって……。
「もしかして、ポイントがマックスってことですか?」
「そうよ。私たち、これ以上ポイントが加算されないって状態なの。あなたなんかとは格が違うのよ」
「違うんだぞぉっ!」
ココ先輩とロロ先輩は、口をそろえて言った。へえ、美星杯にそんな高得点をキープしているユニット(?)がいたのか。
「ぶっちゃけ、私たち、あとは下から這い上がってくる参加者たちを蹴落とすだけの消化試合なのよね。ま、ポイントがマイナスすぎるあなたには関係のない話かしら?」
おほほ、と、ココ先輩は高笑いした。その縦ロールの金髪が、五月の風になびいている。
「まあ、確かにそうですね……」
ってか、ポイントマックスの人たちとか、僕的にはどうでもいいし。僕としては、花澄ちゃんにポイント追いついて、制服を脱がせられればいいだけだし。こんなお子様すぎる女の子二人組なんか、どうでもいいし。制服脱がせがいがなさすぎる、ぺったんこの胸だし。
「ま、あなたのような人は、今日の大会で、ちまちまポイント稼いでなさい」
また高飛車に言うと、ココ先輩はロロ先輩を連れて、向こうに行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます