七章
その週の土曜日は五月らしいさわかやかな晴天だった。
そして、ここ一ヶ月の記憶が飛んでいる僕にとっては、破邪煉獄学園で迎える初めての土曜日となった。入学前に読んだパンフレットによると、土曜日はたまに補習がある以外休みってことになってたけど、その休みにねじこんだんだろうか、このイベント。
そう、この『激闘! 大掃除バトル大会! ポロリもあるよ~』は……。
土曜の朝、校門から学園内に入るや否や、こう書かれている看板がデカデカと掲げれているのを見て、改めてこの学校の異常さを知ることになった。しかもやけに達筆な草書体で書かれてるし! ポロリまで!
いや、しかし、ポロリはとても大事だ……。
僕は、このイベントが初めてではないという健吾に案内されるがまま、その後、校庭に行った。そこにはほとんど全校生徒というぐらいに人が集まっていた。大掃除のイベントだが、僕も含めてみんな制服だ。だって、制服で参加して下さいってプリントに書いてあったし。
「健吾、ホントにジャージじゃなくていいんだよな?」
「ああ。この学校の制服、少しぐらい汚れても勝手に綺麗になるからな。なんせ――」
「ハイテクだから?」
「そー、そー」
健吾はへらへら笑っている。騙されている。この学校の生徒たちは明らかに「ハイテク」という言葉で思考停止状態になっている。
ま、いいか。ポロリがあるんだし。細かいことは。
それに、ポイントがじゃんじゃん稼げるんなら、花澄ちゃんに追いつくことだって……と、そこで、少し離れたところで、その後ろ姿を発見した。うわ、花澄ちゃんも参加してるんだ。まずいなあ。僕が頑張っても、それ以上に花澄ちゃんが頑張ったら意味ないじゃないか!
「け、健吾、僕たち友達だよな?」
「どーしたんだよ、急に?」
「いや、今日のイベントでは特に結束を深めて行きたいなあって」
「何それ? ガチきめえんだけど」
「いいから、今日は僕に全面的に協力しろよ!」
「いやー、そんなこと言われてもなあ……」
なぜか妙に気が進まない感じだ。なんだよ、その態度、僕たち親友じゃないかよ!
やがて、集まった生徒たちの前に、残念なイケメンこと、生徒会長の美星三太夫が現れた。
「よくぞ集まった勇者たちよ!」
イケメンはマイクを握っていきなりこう叫んだ。お前はどこの王様だよ。
「これより開催される大掃除バトル大会では壮絶な戦いが予想される。心してかかるがよい!」
おーっ! イケメンの謎の鼓舞に、あらぶる生徒たち。何の集会だよ、これ! ってか、壮絶な戦いって、今からやるのは掃除だろ? しみついたカビや頑固な汚れと戦えって意味?
「なお、この大会では美星杯は休止扱いとなり、参加者同士の戦いは厳禁だが、今日に限り、全ての生徒たちに
と、イケメンは後方を指さした。そこにはテントがあり、中では桜井先生がパイプいすに座ってくつろいでいた。ここは、救急センターみたいなものかな?
にしても、今日は美星杯は休みなのか。ポイントがジャンジャン稼げるはずなのに、いったいどういうことだ?
「さあ、勇者たちよ。今こそ、この学園の美化のために立ち上がれ!」
おーっ! と、また生徒たちの歓声が上がったところで、イケメンの演説は終わった。そして、そこで全てが始まったという空気で、みんなばらばらに散っていってしまった。まあ、多くは、桜井先生のいるテントに向かったけど。
「俺らも行こうぜ、吾朗」
健吾が肩を叩く。
「行くって、やっぱり、掃除?」
「ちげーよ。俺らはこれから退治するんだよ、害獣と害虫を!」
「害獣と害虫?」
「そーそー、学園の美化を損ねるヤツをな」
ああなるほど。ネズミとかゴキブリとかを駆除すればいいんだな。なんだ、意外と普通だな、この大掃除大会。
「さあ、とっとと行こうぜ。獲物が横取りされちまう!」
健吾はにわかに走り出した。僕もあわててその後を追った。
やがて、僕たちは体育館の裏手にたどりついた。そこには、異様な光景が広がっていた。
だって――体長二メートルぐらいの、バカデカイ、ピンク色のナマコみたいなのがそこにいるんだものっ!
「おー、いたいた、さっそく発見♪」
健吾は上機嫌の様子だ。
「健吾、アレ……?」
「あ? 決まってるだろ、害虫だよ」
「が、害……虫?」
チ、チガーッウ! あんなの虫じゃない! むしろ蟲に近い? いやもう、地球上の生物じゃない! どこかの魔法使いが異世界から召喚したクリーチャー的なものだよ、どう見ても!
「さーて、さっくり倒すとするか!」
健吾はしかし、まるで何も動じていない。そのまま
カカカッ!
ナマコのボディに刃が次々と突き刺さり、その巨体が地面に転がった。ぴくぴく。瀕死の体で、もだえる巨大ナマコ(ピンク)。
「よし! 一匹捕ったどー!」
両腕を上に挙げ、叫ぶ健吾――って、何だよこの光景! なんでいきなり狩猟タイムなんだよ!
「健吾! 僕たち掃除しなくちゃいけないんだろ! なんで怪物退治してるんだよ!」
「いや、だから、やってるじゃないか、掃除。害虫駆除という」
「あれをお前は虫というのか! あのクリーチャーを!」
「虫じゃねえか、どう見ても」
「んなわけあるかっ!」
やっぱりこの学校変だよ! なんでいきなり化け物退治させられてるんだよ! そして、なんでみんなそれを変に思わないんだよ! おかしいよ! この大会の目的は掃除だろ! 『激闘! 大掃除バトル大会! ポロリもあるよ~』っていう!
って、そう言えば、ポロリは? ポロリはどうなったんだ?
「健吾、この大会……ポロリはあるんだよな?」
「ああ、あるぜ」
マジか! まだ希望はあるのか!
「じゃあ、さっそくポロリが見られるところに連れて行ってくれ! もう細かいことはどうでもいい! ポロリさえあれば僕は戦える!」
「ってか、あっちでちょうどポロリしてるぜ」
おおおっ! ベリーナイスタイミング! すぐに健吾の指さすほうを見た。光の速さで視線移動させた。
そこには……さっき健吾が仕留めた瀕死の巨大ナマコがあった。そう、ちょうどその口から、小さい金属板のようなものを吐きだしているところの……。
「ほら、あの虫が口からポロリと落としてるだろ、エンブレ――」
「うわああああっん!」
チガーッウ! そのポロリ激烈にチガーウッ! 僕が欲しかったポロリじゃない!
「違うだろ、健吾! ポロリと言えば、もっと尊い、神聖なものだろ! きわどいデザインの水着を着た美女たちがプールで騎馬戦やってるときに起きる、うれし恥ずかしハプニング的なものだろ!」
「お前、何言ってるんだよ。だいたい、うちの学校まだプール開きしてないだろ」
「じゃあ、開けよ! 今すぐ開け! M字開脚で観音開きしろっ!」
地面に転がり、手足をばたばたさせた。くやしかった。ポロリだけが今日の楽しみだったのに! うわああああんっ!
「わけわかんねえこと言ってないで、お前もポイント稼いだらどうだよ」
と、ナマコの口からポロリした金属片を拾いながら健吾が言う……って、ポイントってなんだよ?
「ああ、お前にはまだ言ってなかったか。こういう害虫倒すと、エンブレム落とすんだわ。美星杯のポイントゲットできるっていう」
「エンブレム? それが?」
がばっ! すぐに起き上がると、ちょうど健吾が生徒手帳を見ているところだった。そこからはポイントが加算されたときの、明るい効果音が鳴っている――。
「よっしゃ、五点ゲットだぜ!」
健吾はガッツポーズしている。
「五点? まさか、今のナマコを倒したからポイントもらったのか?」
「当たり前だろ。そのために俺たちはこの大会に参加してるんだからな」
「え? いや、僕たちは掃除のために――」
「さあ、次の獲物を探しに行こうぜ!」
健吾は相変わらず僕の常識的なツッコミが聞こえていない。そのまま、また、どこかへ駆けだしていってしまった。
「なんなんだよ、いったい!」
あわててその後を追った。どういう仕組みか知らないが、僕たちが駆けだしたとき、すでに巨大ナマコは跡かたもなく消えていた。これも「ハイテク」のせいかな?
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