五章

「生きている学園、リピディアと呼ばれる謎の力を発揮できるようになった生徒たち、それを使った謎のバトル大会、賞品は美男美女兄妹と結婚する権利。二人の発言は意味不明で、思わせぶりで、二次元オタクの兄貴は世界の危機とか急に言い出すし、そして僕は……学園内最強? うーん……」


 イケメンと別れた後の破邪煉獄学園からの帰り道、僕はひとり歩きながら、ここ数日見聞きした情報を整理してみた。もちろん、さっぱり全然意味はわからない。ただ、あの兄と妹なら、確実に真相を知っている、というか、彼らの思惑でいろんなことがおかしくなっているということだけはわかった。そう、僕たちは踊らされているんだ! そして、僕だけがその真実に気付いている。


 いったい何が起こってるんだ、あの学園で……。


 そして、最強らしい僕は、いつになったら女子を脱がせられるんだ? そうだ、あの眼鏡コンビを倒してからも何度か戦ったけど、全部相手は男だったし! なんかエンブレムつけてる女子見つけても、全力で逃げられちゃうし!


 健吾が言うには、女子の参加者は同性としか戦わないことが多いらしい。しかもなぜか人目を避けて対戦することが多くて、ここ一ヶ月の間にずいぶん多くの女子たちが、ひっそりと、本当に嘆かわしいことにひっそりと脱落していったという! 胸が破れそうなぐらい悲しい話だ。あの天野先輩みたいなのはレアケースだったみたいだし。


 花澄ちゃんも、僕と戦うの避けてたよなあ……。


 やっぱり、負けたとき下着姿になっちゃうのが恥ずかしいのかな。女の子だもんね。それもすごくかわいい、すごくいいおっぱいをしている……。ふと、見上げた夕焼け空に、そのバストショットが浮かんだ。それはまるで天使のようだった。(実際は修羅の戦士なんだけどね)


 あの子を脱がせられないなら、もう美星杯に参加する意味はないよな。


 戦って勝っても、それはあの兄妹に踊らされてるだけだし。点数もどんどんマイナスになるから、かっこわるいし。女子はみんな逃げてて、ブラジャーもパンツも見せてくれないし。やっぱりこれが一番萎えるよなあ。美星杯とかもうどうでもいいから、誰かおっぽい触らせてくれないかな。はあ、おっぱいおっぱい……。


 と、いらいらしながらむらむらしていると、お腹がすいてきた。まだ六時ぐらいで、僕の家の晩御飯タイムまでは少し時間がある。適当に、近くのラーメン屋に入った。


 そこはこじんまりとしたお店だったけど、今はお客さんでいっぱいだった。他に席が空いていなかったので、すでに他のお客さんが三人座っている入り口近くのテーブルに席をとった。


 やがて、お店の人がお冷を持って注文を聞きに来た。若い女の子だった。


「いらっしゃいませ。何にします……か?」


 瞬間、僕とその子は固まってしまった。だって、その子は、あの花澄ちゃんだったんだから。


 しかも今は、なぜかチャイナドレスを着ている。それも体にピッチリとフィットした、胸が大きくはだけたデザインものを。


「や、やあ、峰崎さん――」

「ご注文は?」

「君、ここでバイトしてるんだ。知らなかったな。それ、この店の制服?」

「ご注文は?」


 花澄ちゃんは僕の質問をガン無視だ。目を合わせようともしない。


「ねえ、峰崎さん。少しは僕の話を――」

「では、ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」


 水だけ置いてさっさと向こうに行ってしまった。なんだよ、その態度。一応僕、お客さんなんだよ。もっとやさしくしてよ!


「君は、あの子の学校の友達かい?」


 と、隣の席のおじさんが話しかけてきた。「まあ」と、適当にうなずいた。すきっぱらに水を流し込みながら。


「あの子は偉いよね。あの歳で家の手伝いなんてねえ」

「家の手伝い?」

「ああ、知らなかったのかい。この『ラーメンミネサキ』は、峰崎の親父さん一家が経営してるんだよ」


 へえ、ここ、花澄ちゃんの家がやってる店だったんだ。


「でも、なんで普通のラーメン屋さんなのに、あんな恰好してるんですか?」

「そりゃ君、サービスに決まってるじゃないか!」


 おじさんは頬を赤く染めてにやにやした。よく見ると、周りも似たような年代のおじさんばかりで、みんな一様に花澄ちゃんのチャイナドレス姿に鼻の下を伸ばしているような表情だ。


 まあ、確かにこの上なく素晴らしいサービスだよな……。チャイナドレス娘ってのはそれだけで尊い、保護に値する存在だけど、今花澄ちゃんが着ているものは特に胸の前が大きくはだけていて、ゆたかな、たゆんたゆんのおっぱいの谷間があますところなく公開されてるし、スリットも大胆に腰のすぐ下ぐらいまであって、歩くたびに、すこしかがむたびに、そこから白くまばゆいふとももがあらわになっている。髪型も、いつものツインテールをさらにお団子にしてまとめていて、チャイナドレスとバッチリあってる。このおじさんばかりのこじんまりとしたお店では、ひときわ目立つ、まさにはきだめにツルといった存在だ。まあ、その接客態度は僕限定で最悪だったけどね……。


「あの子があんなに体を張って頑張ってるんだ。私たちも頑張って、この店に通い続けないとね」

「そうだ、この店を潰されてたまるもんかってんだ」


 と、おじさんたちが話してるのが聞こえた。店を潰される? この店、もしかして経営がピンチなのか? でも今はすごく繁盛しているように見えるけど?


 と、そのときだった。誰かがまた店に入って来た。


「いらっしゃいま――」


 とっさにこっちへ、入口のほうへ駆け寄ってきた花澄ちゃんだったが、その声は途中で止まってしまった。見ると、顔をすごくひきつらせている。いったい誰が来たんだろう。入口のほうに振り向くと、趣味の悪いスーツを着た、チンピラ風の男が三人立っていた。


「えらく儲かってるみたいだな。このぶんじゃ、カネもすぐ用意できそうか?」


 へへへ、と、チンピラの一人、手に書類のようなものを持っている男が汚い歯をむき出しにして笑った。他の二人もつられたように下品に笑った。


「い、今は忙しいんです! その話はあとで――」

「あとで? あとであとであとで? そうやって、借りた金返さねえのはクズの常套手段だよなァ?」


 汚い歯のチンピラ男は、花澄ちゃんの顔を書類ではたいて、大きな声で言った。


「お嬢ちゃん、ここに書いてある金額、いくらか読めるかな? 読めるよねー? こんなにおっぱい大きいんだから、子供じゃないよねー」


 つんつん。チンピラは突如、花澄ちゃんのおっぱいを指でつつきだした。なんという暴挙! 店にどよめきが走った。僕も体が震えた。


 しかし、そんなことをされているのに、花澄ちゃんは怒るどころか、無言でうつむいたままだ……。


「あ、あの、話は奥で聞きますからどうぞ――」


 店の奥から、花澄ちゃんのお母さんらしいおばさんが駆けてきた。しかし、チンピラはいきなりその体を突き飛ばしてしまった。ごろん、その小太りの体がラーメン屋の床に転がった。


「あ、あんたたち、お母さんに何するのよっ!」

「ああ? どこでカネの話をしようと、オレらの勝手だろうがよ。借りたもんを返さねえ、テメーらが悪いんだろうがよ!」


 チンピラはものすごく調子こいているようだった。今度は花澄ちゃんのチャイナドレスの胸倉をつかんで、怒鳴り始めた。


「ネーチャンよお。昔っから、親の借金は子供が返すって決まりになってんだよ、この美しき日本ではなあ! ネーチャンそれ、実践してみっか? このおっぱいを、泡の出るお風呂に沈めてよう!」


 げへっへっへ、と、チンピラ達は一斉にまた下品な笑いを浮かべはじめた。これはもう、見ちゃいられない。許せるもんか、こんなセクハラ野郎たちは!


「お、お前たち! そ、そんな乱暴なことをするのはやめたまえ!」


 立ちあがり、暴漢たちに近づきつつ、かっこよく言い放った。


 が――、


「あ? カンケーないガキはすっこんでろやっ!」


 ドゴッ! 顔に拳が飛んできた。たちまち僕の意識は吹っ飛んだ。




 目を開けると、そこはどこかの家の和室のようだった。僕は布団に寝かされていた。そして、そばには花澄ちゃんがすわっていて、心配そうな顔で僕を見下ろしていた……あれ、なんか前にも似たようなことあったような?


「……大丈夫、小暮君?」


 体を起こすと、花澄ちゃんが寄り添ってきた。さっきと同じチャイナドレスを着ている。壁に掛けられた時計の針は、八時三十分を指している。窓の外はもう真っ暗だ。どうやら、あれから少し気絶していたみたいだな……。チンピラに殴られた頬がずきずきと痛んだ。


「ここ、峰崎さんの家?」

「うん。あたしの部屋」

「へ、部屋? ここが?」


 マジか! 女の子の部屋なんて、生まれて初めてだぞ! しかも布団! 女の子と二人きりで布団まであるじゃないか! ど、どんだけ、僕たちいろんな過程をショートカットしてここまで来ちゃったの……。


「あんた、なんか変なこと考えてるでしょ」


 と、ふいにほっぺたを強くつねられた。うわ、痛い!


「言っておくけど、あんたをここに運んだのは、他の場所がなかったからよ! あんたみたいのが店でノビてるってのも、邪魔だし! 他のお客さんの迷惑だし!」

「はあ……」


 まあ、そうだよね。深い意味なんてあるわけないよね……。


「だいたい、あんなやつらに一発もらったぐらいで気絶って、情けないったらないわよ。あんた、それでも男なの?」

「す、すみません……」


 確かにあれはちょっと、かっこわるかったなあ。恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。やっぱり僕ってダメなやつなんだ。


「ごめん。なんか迷惑かけちゃったよね。こんなところに運んでもらって」

「いや、それは別に……。元はと言えば、うちの店の問題だし……」

「もうおそいし、帰るよ。介抱してくれてありがとう」


 そのまま立ち上がり、部屋を出る――と、そこで、急にめまいを感じ、後ろに尻もちをついてしまった。同時にお腹がきゅうと鳴った。そう、僕はものすごくお腹がすいていた。


「……ちょっと待ってて」


 花澄ちゃんはそんな僕を見てくすりと笑い、部屋を出て行った。そして、ややあって、お盆を持って帰って来た。


「せっかくだから食べて行きなさいよ。お代はいいから」


 畳の上に正座して、僕にそのお盆を差し出してきた。ギョーザラーメン定食のようだった。ギョーザもラーメンも、できたてという感じで、湯気を立てていてとてもおいしそうだ!


「ありがとう! いただきます!」


 箸をとり、手を合わせて、遠慮なくそれを食べた。どれもすごくおいしかった! いきおいよくギョーザやラーメンを口に運んだ。


「……あんたってさ、なんであんなムチャするの?」


 と、花澄ちゃんが尋ねてきた。


「前も、頼んでもないのにいきなり助けに来てさ、バカみたい……」

「前も? 何のこと?」

「うそ、まだ思い出してないの?」


 花澄ちゃんは目を丸くした。


「あの日のことよ。あんたが保健室に運ばれた日のこと」

「ああ、それなら聞いたよ。僕、あの日、学園の半分を焼き払ったみたいだね、ハハハ」

「聞いたよって何? ハハハって何よ! 自分でやったことぐらい、自分でちゃんと思い出しなさいよ!」

「え、まあ、努力してるんだけど、これがなかなか……」


 なぜか怒ってるらしい花澄ちゃんの剣幕にたじろいでしまう。


「そ、それで僕、その日、何をしでかしたの?」

「……助けてくれたわ、あたしを」

「へ?」

「あたしがあのクマほか三人にいっぺんに襲われて、やられそうになってたときよ。あんたが急に割りこんできて、『よってたかって女の子をいじめるなんて、ひどいじゃないか!』って、叫んで、いきなり蒼い火を出して……ほんとに思い出せないの?」

「うーん?」


 そんなことがあったのか。


「でもあんた、自分で自分の炎をうまく制御できないみたいでさ、とたんに、周り一面火の海になっちゃって。あたしはとっさに、リピディア発動させて逃げたんだけど、しばらくして戻ったら、あんた、倒れてるし。だからとりあえず保健室に運んだってわけ」

「なるほど……」


 数日前の僕ってば、女の子の前でかっこつけたかったんだな。ムチャしやがって。


「ねえ、ちょっとは思い出した?」

「いや、全然……」

「なんでよ! いい加減思い出しなさいよ!」


 花澄ちゃんは僕の襟をつかんでゆさぶりだした。うわ、苦しい……。


「あんたが思い出さないと、あたし、ちゃんと言えないじゃない!」

「言う? 何を?」

「そ、それは――」


 と、花澄ちゃんは急に顔を赤くして黙ってしまった。なんなんだよ、この反応。かわいい女の子に、こんな近くでこんな表情されると、こっちも恥ずかしくなってくるじゃないか!


「ごめん、そのうち思い出すからもうちょっと待って――」

「そうだわ。何か思い出すきっかけがあれば……」


 と、花澄ちゃんは何か思いついたのか、急に僕から少し離れた。そして、おもむろに立ちあがり、チャイナドレスのすそを手でつまみ、それを――持ち上げた。


 って、なんだと!


 突然の光景に、僕は目を疑った。だ、だだだだって! 女の子が着ているチャイナドレスのすそを持ち上げたら、でてくるものって一つしかないじゃん! あれしかないじゃん!


 そう、今僕の目の前にあるのは……パンツ! 白いパンツだ! それが、持ち上げられたすそから二センチぐらいのぞいている!


「こ、これはいったいどういう――」

「へ、変な意味はないんだからね! これは状況再現なんだから!」


 花澄ちゃんは顔を真っ赤にしながら、早口でまくし立てる。


「状況再現?」

「あの日も、あたし、こんな感じだったでしょ?」

「こんな感じ?」

「あのとき、あたし制服破れてて……スカート、こんな感じになってたから……」


 マジデスカ! 過去の僕はそんな素晴らしい光景を目の当たりにしていたとは。記憶なくしてる場合じゃないだろ、僕!


「で、でも、保健室ではスカートは普通だったじゃないか」

「あれは安全ピンで内側からやぶれたところを応急処置してただけなの」


 ソウダッタンデスカ! 安全ピンという物体がなければ、こんなステキ世界が待っていたんデスカ! なんでそんなことに気付かなかったんだ、僕!


「ど、どう? 何か思い出せそう?」


 花澄ちゃんは恥ずかしそうな顔で、上目遣いに尋ねてくる。その瞳はちょっとうるんで、きらきらしている。かわいい! しかも絶賛パンチラ中だ。しかもしかも! 進んで僕だけのために見せてくれているパンチラだ! たった二センチほど、白い布があらわになっているだけなのに、なんて胸躍る光景なんでしょう! 今までダメすぎる人生だったけど、生きててよかったよ! 僕をこの世に誕生させてくれてありがとう、お母さん!


「ねえ、どうなの? 小暮君?」


 花澄ちゃんは今度は少しかがんで尋ねてきた。うは、胸の谷間がよく見えるぞ! ありがてえ! ありがてえ!


 って、夢中になって拝んでいる場合ではない! こういうときだからこそ、紳士的にせめるべきだと、どこかで聞いたような気がするし。


「そ、そうだね、今の君の姿は、僕の失われた記憶の糸にビンビンヒットする感じがするよ……」


 咳払いをして、必死に冷静を装って言った。


「でも、あと一歩ってところなんだよなー。もうちょっとなんだよなー」

「もうちょっとって何?」

「で、できたらもうちょっと刺激が欲しい……」


 と、畳に座ったままじりじりと花澄ちゃんに近づいた。


「刺激って何よ?」

「そ、それはもちろん、さわったりなめたりにおいをかいだり撮影したり――」

「そんなことできるわけないでしょ!」

「違う! そうやって五感に訴えることで、僕の記憶は真に蘇るんだ!」


 力の限り叫んだ。


「そんなちょっとの露出で、僕の記憶が本当に全部蘇ると思ったら大間違いだ! 記憶喪失なめんな!」

「ちょ、いきなり何言ってるの――」

「いいからもっと見せろ! 揉ませろなめさせろにおいをかがせろ撮影させろおっ!」


 うひょー! もうたまらん! けしからん! 乙女の恥ずかしい丘に突撃した! むしゃぶりついた!


 が――、


「いいかげんにしろやっ! クソがッ!」


 ドゴォッ! 膝蹴りが顔に飛んできた。


「ぐはっ……」


 うわあ。強い。この子、リピディアなしでもつよい……。後ろに吹っ飛ばされ、たんすに勢いよく頭をぶつけた。


「てめえ、人が下手にでてりゃ、調子に乗りやがって!」


 と、ごきごきと指を鳴らしながら僕を見下ろすその表情は、まさに憤怒。チャイナドレス補正で、さながら殺意の波動に目覚めたクンフーマスターのようだ……。


「ご、ごめんなさい! もうしません!」


 あわてて、土下座した。恐怖で股のところがきゅっと縮こまる思いがした。


「……で、ちょっとは記憶戻ったの?」

「いや、それが全然……」

「もう一度、ショック療法(物理)しましょうか」

「い、いやっ! それはけっこうです! 間に合ってます!」


 あわてて手を振り首を振り断った。


「じゃあ、今日はもういいわね」


 はあ、と、花澄ちゃんはあきれたように溜息をついた。よかった。戦闘モード解除って感じだ。


「でも、さっき言ってた、僕が記憶が戻ったら言いたいことって何?」

「それは……」


 と、また恥ずかしそうな顔をして花澄ちゃんは目をそらしてしまった。なんだろう、さっきからこの反応?


「せっかくだし、今言ったら?」

「そうね……。あんたバカだし、いつ記憶が戻るかわかんないし、ショック療法で殴り続けるのも手が痛いし――」

「いや、もうそれはいいから……」


 やはりこの娘、発想がガチムチ戦士のそれである。


「じゃあ、しょうがないわね。今言うから……ちゃんと聞いててよね」


 花澄ちゃんはふと、僕の目をじっと見つめた。


 そして一言、


「あ……ありがと」


 と、すごく小さな声で言って、また目をそらした。


「え? 今の何?」

「お、お礼よ!」

「何の?」

「何って、あたしのこと、助けたでしょ、あんた! だから――」


 花澄ちゃんの顔は真っ赤だ。そんな顔を見ていると、やっぱり僕もドキドキしてしまう。顔も熱くなってきた。


「う、うん。わかったよ……」


 とりあえず畳の目を数えながら小声で答えた。


「あと、それからもう一つあるんだけど、言いたいこと」

「え、なに?」

「あたし、やっぱり欲しいの。小暮君の――」

「ぼ、僕の……」

「エンブレム!」


 ですよねー。一瞬期待してしまったのがバカみたいだ。ハア。


「ねえ、ちょうだい、小暮君! あたし、どうしても美星杯、負けられないの!」


 しかし、こっちが激烈にテンションダウンしているというのに、花澄ちゃんは懸命におねだりしてくる。よりによって前かがみで! おっぱいの谷間がよく見える角度で! 


 これはちょっと目が離せない……。いや、さすがにもう、こんな色仕掛けに惑わされるわけにはいかないぞ!


「だめだ、これは渡せない!」


 きっぱり言い切った。


「どうして? 保健室ではくれるって言ったじゃない」

「気が変わったんだ。僕だって男だ。戦わずして勝負から降りるなんてできないよ」


 そうだ! 僕はまだ花澄ちゃんを脱がしてない! 戦ってもない! そんなんで終わるわけにはいかないんだ!


「でも、あたし、どうしても美星杯に勝って、あのお金持ちの会長と結婚しなきゃいけないのよ。小暮君もさっき見たでしょ。うちの事情。もう玉の輿で一攫千金狙わないと、うちはラーメン屋を続けていられなくなるのよ!」


 花澄ちゃんは涙目になった。うわあ。花澄ちゃんってば、そんな事情で、美星杯に参加してたのか。


 それに引き換え僕ときたら……い、いや! 僕は僕、花澄ちゃんは花澄ちゃんだ! 勝負の世界は非情なんだ。ここで譲っちゃダメだ!


 それに、今の話をよく考えると、花澄ちゃんがもし優勝してしまったら、あの変なイケメンと結婚するってことになるぞ。そう、あの二次元オタのイケメンが、花澄ちゃんのおっぱいを揉み放題なめ放題いじり放題になる権利を獲得することに! そ、それはものすごくむかつくことだぞ! 


「とにかく、そんなの絶対ダメだ! 峰崎さんだけは、絶対に優勝させないんだからな!」


 力いっぱい叫んで、そのまま花澄ちゃんの部屋を出た。




 その後、家に帰って、僕はいつも通り夕飯を食べ、いつも通りお風呂に入って、いつも通り美星杯のことについて普通に尋ねてくる両親と妹をあしらって、いつも通り床に就いた。


 しかし、頭の中にはずーっと花澄ちゃんのチャイナドレス赤面セルフパンチラ姿があった。っていうか、まぶたに焼き付いてる状態だった。


 変な夢も見た。僕と花澄ちゃん(チャイナドレス)がいちゃいちゃしているところに、突然あのイケメンが白馬に乗って、花嫁姿で乱入してきて、花澄ちゃんをさらっていってしまうのだった。ちょうど、僕が花澄ちゃんのチャイナドレスを脱がしはじめるというタイミングに! しかも、次のコマ?では、二人はすでに夫婦となり、三人の子供をもうけていた。そんなバカな! 夢の中で僕は悲しみ、ブチ切れた。そしてそこで目が覚めた。


 なんでこんな夢を見るんだ……。


 未明のベッドの中で途方に暮れた。夢が理不尽で意味不明なのはともかく、僕がそれに怒りや悲しみを感じたのは違う気がした。


 だって、それじゃまるで僕は……花澄ちゃんに恋してるみたいじゃない!


「そんなわけあるかっ!」


 シャウトした。ひとりぼっちの夜明けのシャウト。ちょっとロックな青春の主張。


 そうだ、あんな見た目だけ、おっぱいだけ、チャイナドレス赤面セルフパンチラ姿がものすごくかわいかっただけの、性悪娘に、僕がハートを奪われることなんかあるわけない!


「あ、あんなやつ、すぐに倒してやるんだ!」


 そうだそうだ! 僕は一度、あの子に純情を弄ばれ、エンブレムをだまし取られそうになった。その復讐をしなくちゃならない!


 つまり、このモヤモヤした気持ちは、復讐の心! べ、べつに、あの子の下着姿が見たいとか、これっぽっちも思ってないんだからねっ! ねーだ!

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