四章

「吾朗さん、わたくしはあなたの『常識』をいまさら修正するつもりはありません。あなたは、あなたの思うままに行動し、感じるがままに答えをだしていいのですよ。いずれ、本当のことは明らかになるかもしれませんし。……そんな事態にならないことををわたくしたちは願っていますけどね」




「そこだ、いけっ、吾朗!」


 黄昏どきの破邪煉獄学園校門前。健吾が僕に鋭く叫ぶ。


 僕たちの前にいるのは、二年生と思しき男子生徒二人。ともに胸に黒いエンブレムをつけている。


 だが、もはやそのライフはほぼゼロ、つまり制服は破れ落ちる寸前だった。そう、今こそとどめをさすとき!


「上級生だからって容赦しないぞ! くらえ、超必殺、蒼雪炎舞スノウ・フレア!」


 一生懸命考えたかっこいい技名を、かっこいい角度(ここ大事)で言い放つと、瀕死の彼らに向かって炎を放った。


 たちまち、蒼い光が周囲に散り、はじけた。その飛沫はまるで風に舞う粉雪のよう。しかし、それは灼熱の雪。脆弱なるものを屠り断罪する、地獄の業火なのだ……うわー! なんか僕ってば超かっこいい! 心の声とはいえ、こんなことを言っちゃう男になっちゃったなんて、きゃー! 


 そして、そのかっこいい僕のおかげで、勝負は完全に決まった。一瞬の炎の制裁ののち、そこに残ったのは下着だけになった男子生徒二人だった。足元には当然、エンブレムが転がっている。


「よっしゃ! また連勝だぜ!」


 と、上のほうから声が聞こえてきた。見ると、健吾が校門のわきの樹の上から降りて来るところだった。


「健吾、いつのまにあんなところに……」

「そりゃ、お前の炎の巻き添えはごめんだからな」


 樹から降りてくると健吾は腰に手を当て、意味不明に誇らしげに言った。そして、落ちている二つのエンブレムを取り、その一つを僕への分け前と言わんばかりにこっちに投げてきた。なんなんだろう、こいつ。自分はほぼ何もしてない癖に、勝ち星を半分持って行くのかよ!


 まあ、いいか。とりあえず勝ったし……。さっそく生徒手帳を出して、ポイントが加算されるのを確認する――と、そこで、


「ちょっと、小暮君、ひどいじゃない!」


 近くで声がした。見ると、女子が三人、こっちをにらんでいる。その制服は焼け焦げてぼろぼろだ……。


「わたしたち、もう美星杯には参加してないのよ! それなのに、なんで攻撃してくるの!」

「すごく熱かったわ! あんまりよ!」

「責任取ってよね!」


 みんな鬼のような形相をしている。うわああ。またやっちゃったぞ。


「ご、ごめんなさい!」


 必死に頭を下げ、揉み手をし、時々土下座もしてあやまった。


 だが、


「私たち、許さないんだから絶対! 超減点よ!」


 ドーン! 女子たちは僕の生徒手帳をいっせいに指さした。たちまち、見る間に点数が減って行った。あれから数日、いろいろあって、「-324」だったのが、一気に「-339」になり、さらに「3ヒットボーナス」と出て、「-369」になった。なんということでしょう。美星杯不参加生徒三人に同時にリピディアを行使すると、こんなうれしくないボーナスがもらえるんですよ、奥さん! さすがにちょっと泣きたくなってきた。


「あんたみたいな迷惑なヤツ、はやく脱落してよね!」


 下校するところだったのだろう、三人はそのまま校門のほうへ歩いて行った。門をくぐった瞬間、三人の制服が綺麗な状態に戻るのが見えた。そう、僕たちの制服はいったん学校を出ると、綺麗に修復されるんだ。ただ、僕たち美星杯参加者は一度下校してしまうと、翌日の朝、登校するまでリピディアを行使することができなくなるけどね。


 つまり、この不思議な力は学校にいる間しか使えない。やっぱり、変なのはこの学園そのものなんだ……。


「お前、また点数下がってんな。マジうけるー」


 と、健吾が僕の生徒手帳をのぞきこんできた。うざい。うざすぎるぞ、こいつ。


「そういうお前は何点なんだよ」

「俺か? じゃーん!」


 健吾は生徒手帳を僕に見せた。


「は……はちじゅうごてん……」


 うわあ。マイナスじゃない、前に棒がついてない、実体のある数字で「85」って、書いてある! さすがにこれはかなりくやしい! べ、別に点数なんてどうだっていいとは思うけどさ、こんなやつに圧倒的な差をつけられてるのって、すごくムカつくじゃない? じゃない? だって、僕たち昔からの幼馴染だけど、運動も勉強も同じくらいできないダメな子同盟だったんだよ! それが何さ! あんた、僕のなんなのさ!


「まあ、そんな顔するなって。点数稼ぐだけが美星杯じゃねえからさあ」


 健吾はへらへら笑っている。 


「俺ら以外脱落させちまえば、ポイントなんて関係ないしな。吾朗、お前の炎ならできる! ガンガン行こうぜ!」

「何その他力本願全開な計画! 二人だけになっても、お前が脱落しなきゃ、どのみち僕は最下位じゃないか!」

「そう怒るなって。点数なら、一気に稼ぐ方法もあるしさ」

「え、ほんと?」

「ほんとほんと。ボーナスキャラってのがいるんだわ」


 健吾はいかにも極秘情報という感じで耳打ちしてきた。


「ボーナスキャラってのはエンブレムの色が違うんだ。俺らと違ってゴールド。そして倒すと、ポイント五十倍! 五百点だ!」

「五百点!」


 すごい! それだけあれば、僕の点数もマイナスじゃなくなる! 健吾よりも上になる!(ここすごく大事)


「そのボーナスキャラってのはどこのどいつなんだ? 教えろ! すぐに!」

「ああ、それはな――」


 と、健吾が言いかけたときだった。


「エンブレムがゴールドのボーナスキャラがどうかしたのかね、諸君」


 突如、イケメンっぽい声が聞こえてきた。はっとして振り返ると、そこにはイケメンがいた。それもどこかで会ったことがあるようなイケメン……あ、思い出したぞ、この人確か……。


「サンタさんだ! 生徒会長の美星サンタさんだ!」

「残念、私の名前は三太夫。十二月のリア充発情シーズンにだけ存在感を発揮する赤いデブとは違うんだな、これが!」


 ハハハ、と サンタ、じゃなくて、生徒会長美星三太夫はさわやかにイケメンスマイルした。夕日が、その白い歯を輝かせ、その胸につけているエンブレムを黄金に光らせている……って、あれ? 黄金のエンブレムって?


「会長、その胸のヤツはもしかして?」

「ああ、これか。なに、ただのゴールドのエンブレムだよ」


 いやそんな、見ればわかるようなこと言われても。


「吾朗、こいつだよ。ボーナスキャラ」


 健吾が耳打ちしてきた。そ、そうか。よりによって、この変な言葉遣いのイケメンがボーナスキャラなのか。


 でも、この人確か、美星杯の主催者で、かつ賞品だったはずじゃ……?


「健吾、これはいったいどういう――」

「悪い、吾朗。俺、急用思い出しちまった」

「え?」

「あとはまかせた。じゃあなっ!」


 健吾は逃げるように校門の向こうに走っていってしまった。いや実際、苦手なものから全力で逃げたって感じだ。


 まさか、このイケメン……相当なつわものなのか? 


「君はこれが欲しいのかね、小暮君?」


 と、イケメンが口を開いた。


「これを獲得すれば、君は一躍このふざけたバトル大会で一躍トップグループ入りだろうね」

「ふざけたバトル大会?」

「君だけはそう思ってるんだろう?」


 にやり、と、イケメンは片方の口の端を釣り上げて笑った。


 こいつ、生徒の中で唯一僕が美星杯に疑問を持っていることを知ってるんだな。琴理さんに聞いたんだろうか。


「君は能力の強さで言えば、学園最強とも言っていいレベルだね。ただ、別に美星杯で一番になりたいとは思ってないんだろう? 君の常識で考えれば、このようなバトル大会は、全く信じがたい、参加するのもばかばかしいことのはずだ。そう……君には戦う理由なんてない。まさか、一位になってあの三次元の雌豚と結婚したいわけでもあるまいし」

「三次元の雌豚?」

「琴理とかいったか。私の妹という設定の。名前だけは萌えキャラなのだがな」


 はあ、と、憂鬱そうにイケメンはため息をついた。何なんだろうこの人。自分の妹をつかまえて、そんなこと言うなんて。


「何もそこまで言わなくても――」

「いいのだよ。あの三次元ゴミに気を使わなくとも。そもそも、アレのせいで、君は美星杯という茶番に参加させられているわけなのだからね」

「え? 主催者がそんなこと言っていいんですか?」

「もちろんだとも。我々の目的は、もっと深淵なるところにあるのだからね」

「深淵?」

「そう、比喩ではなく」


 いや、意味がわからんて。


「君は世界の危機を救う勇者の存在を信じるかね?」

「そんなこと急に言われても……」

「私の話は、君がそう呼ばれる存在になるかもしれない、ということなのだよ」

「ええ?」


 なんでまたそんな話に? 話が急カーブすぎるだろ!


「ハハ、そんな河川敷にうち捨てられた南極二号みたいな顔をしなくても。今の君は勇者どころか、名前のないモブキャラその一、といったところだよ。勇者が最初に訪れる村の入口に立ってて、ここはナントカ村だよ、と、延々とリピート再生している感じの」

「はあ……」


 なんだかよくわからない例えだなあ。


 と、そこで、イケメンの尻ポケットからチャラリラリーンと軽快な電子音が鳴った。


「お、もうこんな時間とはね、ふふふ」


 イケメンがそう言いながら尻ポケットから取り出したのは……ケータイだった。それを起動させると、うきうきした表情で、ゲームし始めた。「アイリ、君は、今日も萌え萌えだねえ」と気持ち悪い声を出しながら。


「あのう、それは――」

「知らないのかね、君! アイリだよ! 二次元神界の女神だ!」


 イケメンはケータイの画面を僕のほうにむけて、叫んだ。そこに映ってるのは恋愛ゲームのキャラクターと思しきアニメ絵の女の子だ。


「会長、もしかして、それをプレイしてるんですか?」

「プレイ? ノンノン、シンクロだよ」


 どう違うんだ……。


「このゲームはリアル時計とリンクしてイベントが発生するのだよ。私は今、モーレツにアイリとの放課後の時間を満喫している!」


 目をキラキラさせながら、聞いてもないことを語り始めている。ああ、この人あれか、いわゆる一つの二次元大好き人間か。


「三次元の存在というのは悲しきものだ。余分な軸のおかげで彼女たち、二次元神界の女神たちと、真に一つになることはできない。しかし、その悲しみはいつしか私の中で大いなる優しさに変わって、さらに悟りの境地へと私を導くものとなった。それはすなわち、この三次元世界にいることで、私は彼女たちが住まう多くの世界をいくつも同時に、俯瞰で愛でることができる立場にいると。これはエウレカ! まさに我が世界におけるコペルニクス的転回といっていい発見だった――」


 うわ、意味不明なトークが始まってしまったぞ。なんだかよくわからないけれど、これはその筋の人間にありがちな、おおげさな言葉遣いで、すごく下らないことを語ってる系の口調だ!


「そ、そうですね。僕もそう思います……」


 全力で適当に聞き流す体勢に入った。


 すると、


「そうか。君も話がわかるねえ」


 イケメンはまたさわやかに笑った。そして、それで彼の中の何かが満たされたのか、「まあ、君はせいぜい、この窮屈な三次元世界で、つかの間かもしれない平和を楽しんでくれたまえ」と言うと、踵を返し、校舎のほうへ去っていってしまった。


 いったいなんだったんだ、あの残念なイケメンは……。


 それにこの間は、この学園、「生きてる」って言われたし、世界の危機ともいきなり言われちゃったし、意味がわからないよ、もう!


 あ、でも、僕が勇者になって世界を救うって話はいいなあ。この青い炎で、悪い奴らをやっつけるんだ。それってすごくかっこいいじゃないか! えへへ。

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