三章

「いいか、吾朗。あれが俺たちの戦いってやつだ。よく見ておけよ!」

「わかってる。この目にしっかり焼きつけるよ!」


 五月十一日、破邪煉獄学園の昼休みの屋上。僕と健吾はならんで屋上のフェンスによじ登り、双眼鏡を顔に当てて、はるかかなたの中庭を見ていた。


 そう、学園の中庭では今、ひと組の参加者たちの熱きバトルが繰り広げられている。


 やりあっているのは、昨日保健室で僕に襲いかかって来た男子生徒、熊田ナントカと、ボブカットのお姉さんだ。健吾情報によると、三年生の天野智子という生徒らしい。遠目にもわかる、華奢ながらも出ているところは出ているクオリティの高いモデル体型。凛々しく端正な顔立ち。その立ち居ふるまいもひたすらに優雅で華やかだった。水を自在に操るリピディアを持っているようで、今は水で作ったと思しき細身の剣を右手に握っている。きっと、相手によってはものすごい威力を発揮するんだろう。


 だが、今は相手が悪すぎたようだった。そう、あのクマ?の能力は電気の拳だ。水と電気。ちょっと考えれば僕だってわかる。ゲームとかでよく聞く話だからな、水は電気をよく通すってことは。


 そう、天野先輩の水の攻撃はクマにはまったく通用してなかった。水で何か攻撃を仕掛けたとたん、それを伝ってクマ電気が天野先輩の体に襲いかかるのだ。これではまるで勝負にならない。一方的すぎた。


 もはや、天野先輩の敗北は誰の目にも明らかだった。新品同様のクマの制服に対し、天野先輩のそれはボロボロで、今にも破れてしまいそうだった。表情も苦しそうだし、肩で息をしているし、姿勢も前かがみ――そう前かがみだ! 大事なポイントだ。なぜなら制服はところどころ裂けているわけで、裂けたところからおっぱいの谷間と、ブラジャーが見えているわけで、その色は当然のごとく明らかになってるわけで、それは黒で、僕にとってはとても新鮮な色だったからだ! 実は僕、今日まで黒い下着を身につける女性はビッチっぽいなあって思ってました、でもそれは間違いでした、黒は黒で、素晴らしい世界だとこの目で確認しました、なんとなくイメージだけでビッチとか中古女っぽいとか判断するのは、この世の美に対して失礼だと思い知らされました、小耳にはさんだ豆知識によると黒というのは収縮色で、ものの大きさを不当に小さく見せる効果があるそうですよ奥さん、つまり実は、ビッチどころか楚々としたたたずまいの、控えめな女性にぴったりの色だったりするんですよ!


 そうだ、僕の目の前(双眼鏡補正含む)で繰り広げられているのは、クマに蹂躙される、黒ブラの清らかな乙女、の図だ。乙女の下着の下半身がガーターベルト+ニーハイストッキング(ともに黒)になっているのも、既に裂けたスカートの隙間から確認済みだ! これは目が離せない! なんて熱い戦いなんだ美星杯!


 と、僕が見入っていると、やがて勝負はついたようだった。憔悴しきってうずくまっていた天野先輩に向かって、クマの電気拳が炸裂したのだ。たちまち、天野先輩の体が後ろに吹っ飛んだ。そして――その制服が破れ散った!


 それはタンポポの綿毛が風に舞うのに似ていた。一瞬のうちに、そう、まったくの一瞬のうちに、天野先輩の制服は消失し、下着(黒)だけがそこに残されたのだ。すごい! 絶対的な勝利と、絶対的な収穫の光景だ! 感動してしまう。


 だが、クマはその収穫にはまるで興味がないようだった。天野先輩の近くに落ちたエンブレムを拾うと、すぐに向こうに行ってしまった。こいつは、まさか、ホモなんだろうか。目的を達したのはわかるけど、せめてもうちょっと楽しんだらいいのにさ。


「吾朗、望遠カメラとか持ってないか?」

「残念ながら……」

「クソッ!」


 僕たちはともに歯ぎしりした。遠くを撮影する機材が欲しくてたまらなかった。


 やがて、天野先輩の友達らしい女生徒が駆け寄ってきて、彼女にジャージを着せて向こうに連れて行ってしまった。お楽しみの時間は終わりだ……。


「これで上物の女がまた一人減ったな、美星杯……」


 遠くを見つめながら、健吾はつぶやく。


「でも、まだ女の子は、残ってるんだろう? 希望はあるさ!」


 僕はその肩をたたく。


「……そうだな。それに、トップになれば、あの琴理ちゃんと結婚だしな!」


 健吾はやる気になったようだった……って、やっぱり、一応こいつも「美星先輩たちとの結婚」という目的に向かって突き進んでるのか。ここだけは、どうしてもよくわかんないことなんだよなあ。でも、昨日から、まわりのクラスメートたちに話を聞いて回っても、ここに疑問を持つ人は一人もいなかったし、まだ勝ち残っている僕に対して「いいなあ、まだ美星先輩と結婚できるチャンスがあるんだ」と、みんな一様に羨望のまなざしを向けてきた。やっぱり変なんだ、この学校。まるで僕だけがまともで、みんな集団催眠にかかってるみたいな? いや、家に帰って父さん母さんや妹に美星杯のことを話しても同様だったし、催眠がかかってるとしたら、この学校の周辺の地域一帯?


 まあいいか。最終目的はともかく、女の子相手に勝てば、その制服を脱がせられるんだ! それは燃えるってもんだ!


 そうだ、あの子――峰崎花澄ちゃん。僕のエンブレムを二回もだまし取ろうとした、考えるほどに腹立たしい子! あの子を打ち負かして、大勢の見ている前で制服を脱がすことができたら、それはとても愉快で、素敵なことじゃないか! あのかわいい顔におっぱいだぞ! おっぱいだぞ! うひひひひ……。


「ただ、俺はともかく、お前のポイントじゃ今からトップはきついかもな。昨日のアレが痛すぎる」

「昨日のアレ?」

「……生徒手帳見て、自分のポイント確認してみろよ」


 ふうん、生徒手帳か。そこにこの美星杯のポイントが記載されるシステムなんだな。さっそく、胸ポケットからそれを出して、見てみた。すると、顔写真の隣に。確かにポイントらしき数字が書いてあった。


『-255』


 あれ? あれあれ? 数字はすごいけど、前に棒みたいな変な記号が付いている。これって……。


「お前、マイナスかよ! 255かよ! 負の方向にカンストしてるじゃねえか!」


 健吾はゲラゲラ笑っている……。


 え? やっぱりものすごくポイント低いってことなの、これ?


「な、なんでだよ! 美星杯って、相手を倒してポイントためてくシステムだろ! なんでぶっちぎりのマイナスなんだよ!」

「そりゃ、お前、昨日あれだけ暴れればなあ……くくく」


 健吾はまだ笑っている。よくわかんないけど、すごくむかつくぞ!


「どういうことなんだよ! 健吾! 知ってること全部話せよ!」


 僕は健吾に詰め寄った――と、そこで、ふいに強く風が吹いだ。


 ぐらり。


 フェンスに腰をかけていた僕の体が、バランスを失い、たちまち地面に急降下し始めた!


「うわああああああっ!」


 どごーん!


 一瞬の絶叫とともに、僕の体は地面に激突した。うわあ、痛い。超痛い! 死ぬ! これもう絶対死んじゃったよ、僕!


「……って、あれ?」


 体中ムチャクチャ痛いけど、手足は普通に動かせるみたいだぞ? 僕、死んでないってこと? よろよろと身を起こし、体を見てみると、どこもけがをしていないようだった。ただ、制服がものすごくボロボロになっている……。


 そうか、落ちたダメージを制服が肩代わりしたんだ!


 なるほど、この制服はバトルのとき以外でも、僕たちを守ってくれるものみたいだな! 感動してしまった。この学校に入学してよかったと思った。普通の学校の制服なら即死だったからな。


「あ、でも、この状態なら、あと一発何か食らったら、脱げちゃいそうだな、ハハハー」


 と、ほっとして、一人つぶやくと、


「そうだな。カモがネギしょって落ちてきたってところだな」


 と、声が。みると、すぐ近くに男子生徒二人が立っていた。どちらも、胸に黒いエンブレムをつけている――って、げええっ! あわてて後ろに下がった。


「ロープレならHPゲージ赤で、ピコピコ警告音鳴ってるころだな、お前?」


 男子生徒の一人、やせぎすのほうがその眼鏡をきらりと光らせる。


「ここは俺たちの経験値になってもらおうか、ザコモンスターちゃん」


 もう一人、小太りのほうも、やはり眼鏡をきらりと光らせた。うわあ、やる気満々の眼鏡コンビだ。その制服も、どちらも僕のとは違って綺麗で、HP満タンって感じだ。


 まずいぞ、めちゃくちゃピンチだ。今、コイツらの攻撃を一撃でも食らったら、僕の制服は散ってしまう――つまり美星杯敗退だ! 


 ここは逃げなきゃ! 二対一なんだし、勝てるわけないし! あわてて、その場を去る――が!


「逃がすかっ!」


 たちまち、何かがすごい速さで飛んできた。わっ! かろうじてそれをかわし、振り返ると、眼鏡コンビの小太りのほうが拳銃を二丁、構えていた。


 こ、これも、リピディアによるものなのか? また、銃とは物騒な……。すぐに近くの木の影に隠れた。


 だが、今度は、その木が、すっぱりと切断されてしまった。眼鏡コンビのやせぎすのほうが持つ、チェーンソーによって。


「逃げられないぜ! 俺たちの攻撃からはなあっ!」


 やせぎすはさらに、チェーンソーをこっちに振りおろしてきた!


「うわああっ!」


 必死にそれをよけて、後ろに跳んだ。


 だが、二人はなおも執拗に僕を攻めた。火を噴く小太りの二丁拳銃。うなるやせぎすのチェーンソー。僕は体の力を振り絞って、それらから逃げた。逃げるしかなかった。恐怖でいっぱいだった。子供のころ、野良イヌに追いかけられた思い出や、近所のいじめっ子にフルボッコされた記憶がよみがえってくる――。


 ああ、やっぱり、僕なんかがバトル大会に出るもんじゃないんだ。僕ってダメな子なんだ。ケンカなんか勝ったこと、一度もないし。こんな怖い人たち相手に何かできるわけないし。ポイントだって激烈にマイナスだったし、やっぱり、ここはおとなしく自分でエンブレムを差し出して、降参したほうがいいんじゃ――。


 あ、でも、ここで負けたら、もう花澄ちゃんの制服は脱がせられない? 


 あの、おっぱいで顔をいっぱいに包まれた感触がよみがえってきた。性格最悪だけど、かわいいよな花澄ちゃん。いや、むしろ性格最悪のかわいい子だからこそ、脱がしがいがあるというか、この手で屈服させるべきというか、力でねじ伏せて、大衆の面前で下着姿にさせて辱めるべきだというか……そもそも何色なんだ、花澄ちゃんの下着は? 白? ピンク? 黒? おおおお、超気になるっ! 気になるぞ、これはっ!


 そうだ、こんなところで負けちゃいけないんだ! 僕も――リピディアで戦わなくちゃ!


 瞬間、手に強い力がみなぎるのを感じた。もしや、これが……僕の力? 


 だったら――、


「はあああああっ!」


 右手を天に預けて、気合を込めた。光が、熱が、僕の魂がそこに宿る!


 そして、現れたのは――蒼い炎。


「この炎は……」


 かすかに記憶がよみがえってきた。そう、これこそ僕の能力。すべてを焼き尽くす炎、『蒼き灼熱』プループロミネンスだ! だっ!


 よし、まだよく思い出せないけど、これなら戦える!


「んなところで何棒立ちしてんだよ、ザコがッ!」


 と、たちまちのうちにやせぎすがまた僕に襲いかかって来た。だがもう、僕は逃げない! チカラに覚醒した戦士なんだ! 向かってくるやせぎすめがけ、青い炎を放った。


「ほわっ!」


 やせぎすはからくも炎の直撃はさけたが、そのチェーンソーは瞬時に熱で蒸発してしまった。と、今度は、その後方から小太りの銃弾が飛んできた。やせぎすの影からの完全な不意打ちで、さすがにこれはよけられない――が、その必要はなかった。たちまち、僕の青い炎が、体の前に薄く広く展開し、バリアのようにその銃弾を受けとめた、いや、一瞬のうちに溶かしたからだった。


 この炎、自動で防御もしてくれるのか……。


 なんて強そうで、便利そうな能力なんだろう! 感動した! そしてニヤニヤせずにはいられなかった。だって、さっきまでのみじめで弱い僕はもういないんだよ! 超絶高校デビューだよ! 俺ツエー状態なんだよ! 笑わずにはいられないってもんだ!


「さあ、僕の超炎パワーの前にひれ伏せ! 愚かな奴らよっ!」


 かっこよくポーズを決めてかっこいいセリフを言うと、蒼い炎をまとった右手を二人にめがけて振った。すると、たちまち炎は……爆発した。いや、そんな感じに、僕を中心として綺麗に、均等に周りに広がって行った。あれ? なんかイメージと違うけど、まあいいか。


「ぎゃああああっ!」


 僕のすぐ近くにいた眼鏡コンビは当然のごとくその餌食になった。だって、周りは全部蒼い火の海だし、逃げ場なんかないしね。うふふ。またたくまに黒焦げになっていく彼らを見て、勝利の快感に体が震えた。美星杯、サイコーじゃないか!


 やがて、炎は消え、炭になった植え込みや樹と、パンツ一枚だけになった眼鏡コンビがそこに残った。もうその制服はすっかり燃え尽きてしまったようだ。近くに彼らのエンブレムが落ちているのが見える。


「エンブレム、ゲットだぜー!」


 その二つを拾って、太陽にかざして高らかに笑った。勝った! 何か知らんけど、圧勝だった! すごくうれしい! 今まで負けっぱなしの人生だったし!


 そうだ、二人倒したんだから、ポイントは……。すぐに胸ポケットから生徒手帳を出して確認してみた。すると、たちまち、持っていた二つのエンブレムが消えてなくなり、かわりに僕の顔写真の横の数字が変化した。「+20」。一瞬そんな表示が出た後に、「-235」と僕のポイントが修正された。おお、一人倒すと十点なのか! と、驚いたのもつかの間、さらに続けて、「ボーナス+10」と出て、数字が「-225」に変わった。これはもしかして、二人同時に倒したボーナスってことか? こんなシステムもあるのか。すごいな美星杯! 今みたいな感じで行けば、すぐにマイナス地獄から抜け出せそうじゃないか! あっはっはっ!


 と、そのとき――。


「今のは君の仕業かね、小暮君」


 誰かが僕に話しかけてきた。はっとして、そっちを見ると、少し離れたところ、校舎の一階の廊下から窓越しにこっちを見ている人影があった。教師らしい中年の男だ。ただ今は、周りのいろんなものと一緒に真っ黒焦げになっている……。


「昨日といい、今日といい、いったい君は何を考えているんだっ!」


 中年教師(丸焦げ)はすごく怒ってるようだ。あわわ、どうやら、さっきの僕の炎の巻き添えを食っちゃったみたいだぞ。あわてて、近くに行き、平謝りした。


 だが、


「謝って済むのなら、規律など不要というものだよ、君!」


 中年教師(丸焦げ)は許しちゃくれなかった。瞬間、びしっと僕の手の生徒手帳を指さした。すると、ブッブーとクイズに不正解したときみたいな嫌な音が鳴って、またポイントが変わった。「-255」。あれ? さっき獲得したポイントが消えてる……?


「せ、先生! これはいったい――」

「何を! 教師に向かってリピディアを行使するのは、大幅減点行為だろうっ!」

「え……」


 そんなあ。減点だなんて。せっかく勝ったのに……。


「とにかく、以後、このようなことはないようにっ!」


 中年教師(丸焦げ)は、熱でドロドロに溶けている窓枠をポンポンと叩いた。すぐにそれは元に戻った。そして、次に自分のスーツを叩いた。たちまち、彼は丸焦げになる前の彼に戻った――って、この学校って先生も叩けば元に戻るのかよ! ほんとになんなんだろう、いったい。


 と、そのときだった。


「先生、そんなに厳しくなさらなくても。彼はここ最近の記憶がないんですよ」


 一人の女子生徒が、廊下の向こうから先生のほうに歩いてきた。黒く長い髪をしたかわいらしい子だけど、どこかで会ったような……って、そうだ! この人、始業式のとき。突如としてみんなの前に現れた、生徒会長の妹、美星琴理さんじゃないか!


「吾朗さん、今回は少しサービスしてあげますわ」


 琴理さんは、僕のすぐ近くに来ると、にっこり微笑み、僕の生徒手帳に向かって投げキッスした。すると、ピロローンと、また手帳から音が鳴った。しかし今度はなんかこう、ゲームで強敵を倒したときに流れる的な希望に満ちた響きだった。おお、もしかして、今の減点を生徒会長妹特権(?)でチャラにしてくれたのかな! かな! さっそく確認してみた――が、点数は「-255」のまま変わってなかった。あれ? サービスってどこ?


「教職員に対するリピディアの行使は、マイナス50点のハードペナルティですわね。それを、わたくしの権限で特別に、今回限りの限定措置で、マイナス49点におまけしてさしあげましたわ」

「え? いやあの、点数変わってない……」


 って、そもそもたった一点しかサービスくれないのかよ!


「ああ、そうでしたね。吾朗さんの得点は昨日の一件でもうこれ以上ないぐらいマイナスでしたわね。いわゆる一つの、カウンターストップという」

「昨日の一件?」

「はい。昨日は、吾朗さんの蒼い炎がこの学園の半分を焦土と化したんですよ。さすがに大変なことになりましたわね、あれは。うふふ」


 マジで? なんでそんなにフィーバーしちゃったんだよ、昨日の僕は?


「それで、吾朗さんは、多くの教職員並びに、美星杯不参加生徒達を焼き尽くして、ものすごいペナルティをもらったんですわ」

「は、はあ……」


 どうやら、先生以外にも、美星杯に参加してない生徒を攻撃しても減点になるみたいだな。


「しかし、その点数はさすがにいただけないですわね。せっかくわたくしがサービスしてあげたのに、反映されないというのは」

「じゃあ、もうちょっと点数を多めに追加して――」

「あ、そうですわ。こうしましょう。えいっ」


 と、琴理さんはまた生徒手帳に投げキッスした。おお、今度こそ点数が増えるのかな? さっそく見てみると「-274」。あれ? あれあれ? マイナスの壁を突き破って点数が下がってる……。


「吾朗さんに限り、ポイントの下限を-65535にしてあげましたわ。そうすれば、わたくしのサービスの一点も反映されますし」

「ま、まいなす六万五千……」


 ナニソレ! 吾朗、マジで意味がわかんない! こんな特別措置要らないよ! 一点おまけどころか、さっきよりマイナスだし、これから点数がさらなる奈落に落ちて行くフラグ立っちゃったし!


 しかし、琴理さんはとても満足げに微笑んでいる。その顔はやっぱりすごくかわいい。こんな顔されちゃ、抗議なんかできない。うう……。


 って、そういえば、この美星杯……。一番になったらこの子と結婚できるって話だったような?


 そう、この抜群にかわいい女の子と――。


「あら? どうしたんですの、わたくしの顔をじっと見つめて?」


 琴理さんが不思議そうに尋ねてきた。いや、不思議なのは僕のほうだよ。だって……。


「美星先輩は、この美星杯のこと、変に思わないんですか?」

「変って?」

「いや、おかしいじゃないですか! 常識的に考えて、なにもかもおかしい! 僕たち急に変な力出せるようになってるし! 学校も先生も、壊れてもすぐ直るし! それに、このバトル大会の賞品が、美星先輩との結婚って! なんなんですかそれ! 俺、この戦いに勝ったら結婚するんだ的な死亡フラグですか!」

「まあ、吾朗さん、記憶とともに、わたくしたちが与えたこの学園の『常識』もなくしたようですわね」

「この学園の『常識』?」

「常識と意識、語感が似てますわね。意味も近い。つまりそういうことですのよ」

「いや、なにがなんだかさっぱり……」


 僕のきわめてまっとうなツッコミを、余裕の笑みでスルーしている琴理さんを見ていると、ますます混乱してきた。言ってることもよくわからないし。


「そうですわね、一つだけあなたにも理解できそうなことを教えてあげますわ」


 と、ふいに、琴理さんは窓ガラスを指ではじいた。どういう力が加わったんだろうか、それはたちまち、粉々に砕けた。


「吾朗さん、あなたが道で転んで足をすりむいたとしますわ。その傷は時間がたつとどうなるかしら?」

「そりゃ、すぐに治るんじゃ……」

「そう。この学園も同じことが言えるんですわ」


 と、今度は琴理さんは窓枠を叩いた。たちまち、砕けた窓ガラスは元に戻った。


「これぐらいのケガは、すぐに治る。そう、この学園――ガクエンレンゴクは生きてますから」

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