二章
美星杯――それを制した者は、美星三太夫並びに美星琴理いずれかと結婚する権利を得る。
参加者は参加証として黒い六芒星の形の「エンブレム」を与えられる。
「エンブレム」を身につけている間、参加者は
参加者は
一学期終了までの間に、より多くの「ポイント」を得たものが、この美星杯の最終的な勝者となる――。
うむ、さっぱりわからん。
教室に戻った後、授業を聞きながら、美星杯とやらのルールが書かれたプリントを見ていると、ますます混乱が深まって来るようだった。これは四月十二日付の「生徒会だより」で、あの保健の先生にもらったものだ。
そもそも、この内容――突っ込みどころが多すぎる。
それに、根本的な問題として、なんで美星先輩たちと結婚するために戦わなくちゃいけないんだ? 僕達まだ高校生だろ? 結婚なんて早すぎるって年齢だろ? それに、美星先輩たちは、そりゃ家もお金持ちで、顔も綺麗で、結婚相手として申し分なさそうだけど……結婚相手って、こういうバトル大会で決めるもんじゃないだろ! お互いに、お互いを好きになって到達するところだろ! あの保健室の謎のロストテクノロジーといい、やっぱり変すぎるよ、この学校!
でも、今こうして授業を受けてるぶんには、普通の学校に見えるんだけどなあ……。
ふと、プリントから顔を上げて、周りを見回した。今は数学の授業中だ。黒板によくわからない数式がいっぱい書かれていて、クラスのみんなは数学の先生のよくわからないトークに真剣に耳を貸している様子だ。創立されてからまだ三年ということで、教室も机も、全部真新しい感じだ。窓の外には、体育の授業を受けているジャージ姿の生徒たちの姿が見える。午後の陽光が、グラウンドを白くまばゆく照らしている。
と、そこで、黒板の隅に書かれた日付に気付いた。「五月十日」とある――って、ちょっとまて! あの始業式からもう一ヶ月近く経ってるのかよ!
いったい、この一ヶ月の間、僕はどんなふうに過ごしてたんだろう? このエンブレムが胸にまだあるってことは、あの熊田や花澄ちゃんがやりあってたみたいに、誰かとバトルしてたのかな? この僕が? あんなふうに? なんだかちょっと、いやかなり信じられないな。だって、誰かとケンカなんかしたことないんだもの、僕。スポーツだって苦手だし、ついでに言うと勉強も苦手で、特に数学が苦手で、数学の先生のトークは異界の言葉と同じで、中学校あたりから理解できないのが当たり前になってきていて、そのせいで今、一ヶ月分の数学の授業を聞いてなかったことにすら気づかなかったんだもの。それぐらい、ダメな子なんだもの、僕。
この学校を選んだのだって、学費がタダ同然なのと、入学試験が面接しかなかったからなんだよな。筆記試験ありで僕が合格できそうなダメな子向きの学校って、家からすごく遠かったし……。
そんな低スペックな僕が、謎の力を使ってバトルロイヤル?
いやいやいやいや。無理だろ。やっぱり間違ってるだろ。あらゆる方向で。
あんなクマみたいな人や、歴戦の戦士の眼光を持つ美少女に勝てるわけないし。
それに、万が一勝ち残った先にあるのが、あの美星琴理さんとの結婚? そりゃ、一目見た瞬間、嫁にしたい気持ちでいっぱいになったほどの美少女だったけどさ、やっぱりありえないだろ、それ。僕達まだ、言葉をかわしたこともないんだし。そんな女の子のために体を張ってバトル大会に参加って、ねえ? 戦う理由になってないだろ、全然。
やっぱり、すぐに棄権したほうがいいよな。周りを見回す限り、エンブレムをつけてる生徒って、十人に一人ぐらいみたいだし。参加してない人がこれだけいるってことは、僕みたいなヤツが無理に戦うこともないってことだしな……。
と、きょろきょろしていると、二列離れた右斜め前の席に、栗色のツインテールの女の子がいるのに気づいた。
あれは花澄ちゃん……そう言えば、同じクラスって言ってたな。
あの血走った眼を思い出して、おぞけが走った。最初はかわいい子だと思ったのに、なんでいきなりあんな修羅の顔になるのか――。
と、そのとき、僕の視線に気づいたのか、花澄ちゃんがこっちに振り返った。
「うわっ!」
とっさに、顔を教科書で隠した。見てない見てない。僕は何も見てないよ!
だが、そうやってガタガタ震えていると、やがて前の席の人がこっちに丸めたメモ紙を投げてきた。なんだろう、広げて見てみると――、
『小暮君、さっきはびっくりした? ゴメンネ☆ かすみ』
ギャアアアッ! 何か来た! 来ちゃったよ、おい!
顔を上げると、ちょうど花澄ちゃんがこっちを見ているところだった。目が合うと、テヘッ、と、ウインクしながら無垢な笑みを投げかけてきた。うう……これはいったいどういう?
とりあえず、目をそらし、メモ紙と一緒に見なかったことにした。しかし少ししてまたメモ紙が送られて来た。
『あたし、戦闘中はカッとして、性格変わっちゃうみたいなの。普段からああじゃないのよ。乱暴なこと言ってごめんね』
なんと! あれは戦闘中のみ現れる性格らしい!
マジか……バイクに乗って性格変わっちゃう警察官みたいなもんか?
と、驚いてると、またメモ紙が回ってきた。
『それでね、よかったらあとで二人きりでお話ししない? 記憶がないと、何かと不便でしょ? あたし、小暮君の力になりたいの。放課後、中庭の花壇の前のベンチで待ってるから、来てね』
よ、呼び出されちゃったぞ! 二人で話がしたいって……。
そう言えば、性格が変わる前に花澄ちゃん言ってたな。僕のこと好きだって。一緒にあんなことやこんなことした仲だって。まさか、僕たちってすでに恋人同士なのか? ま、まさか……僕はこの一ヶ月の間に、あのおっぱいを攻略済みなのか? いや、もしかして、おっぱい以外の秘境もすでに……。
そ、そんなことって……うおおおおっ!
初めて、記憶をなくしてしまったことを心底後悔した。思い出したい! あの幸せだった日々のことを! 熱い涙が流れてきた。
これはもう、すぐにでも花澄ちゃんと話をして、記憶を取り戻さなくちゃ! 僕たちの輝ける未来のために!
ばきばきばき、どごーん。
木が倒れる音が、放課後の破邪煉獄学園の中庭に轟く。
木を倒したのは、ツインテールの小柄な女の子だ。その拳が、木の幹を粉砕したのだ。一瞬にして。
「み、峰崎さん、いきなり何を……」
倒された木の根元にへたり込んだ僕は、目の前の少女を見上げた。その顔は今のところはまだ美少女だ。戦士じゃない。
「ほら、小暮君って男の子でしょ? だから、あたし、お話は男の子目線でしたほうがいいかなって思ったの」
「お、男の子目線って……」
「拳で語るってやつ?」
にこっと花澄ちゃんは可憐に笑う。
「い、いやあの、そんな誰得目線いらないから。普通でいいから!」
「えー、じゃあ、こんな感じはどう?」
ドゴッ! 今度は、花澄ちゃんの蹴りが僕の頭上すれすれを通過した。ものすごい速さで。
ガキガキバタン、かろうじて残っていた木の根っこも後ろに倒れてしまったようだった……。
「み、峰崎さん! だから、なんでそういう――」
「肉体言語」
「え?」
「わかるでしょ? これ以上、言わなくても」
ごきごき、と、拳を鳴らしながら、花澄ちゃんはなおもにっこり笑う。その笑顔はやはりかわいいが……かわいいが? いやなんか、オーラがおかしい。世紀末だ。世紀末の荒くれ者のオーラを感じる!
「うわあああっ!」
本能で身の危険を感じ、へたり込んだまま後ろに下がった。
「な、何か、言いたいことがあるんなら、口で言ったらどうかな? ほら、僕ってば頭のかわいそうな記憶喪失ボォイだからさあ? ハハハ……」
「そう? 空気も読めないくらいのバカになっちゃったのね……」
「いや読める! バカだけど、空気とひらがなぐらいは読める! 欲しいものがあるんだろ? 金か? 女か? 水か? 種もみか? なんでもくれてやるよ!」
へこへこへこと、頭を下げた。
「じゃあ、さっそくだけど、エンブレムくれるかな? 小暮君」
花澄ちゃんはゆっくりこっちに近づいてくる。
「ああ、これか。いいよ、あげるよ、こんなの。ほら」
僕は制服のジャケットの生地をひっぱって、エンブレムを花澄ちゃんのほうに差し出した。
しかし、花澄ちゃんは手を伸ばさず、代わりに「ちっ!」と舌打ちして顔をしかめただけだった。
「取らないの?」
「あたしが取れるわけないでしょ!」
「え? エンブレム欲しいってさっき言ったじゃ――」
「バカね! いったん制服につけられたエンブレムは、本人以外外せないのよ! それができたら、あんたが保健室で寝てる間に取ってるわよ!」
「あ、そうなんだ?」
そんなルールがあったなんて。
「わかったよ。じゃあ、外すから、ちょっと待ってて――」
と、僕がエンブレムに触れたときだった。
「そうはさせるか! 峰崎ィ!」
一人の男子生徒の声が、花澄ちゃんの後ろから響いてきた。
そして同時に――何か小さなものがいくつか、ものすごい速さでこっちに飛んできた!
花澄ちゃんは瞬時に真上に跳躍し、それらをかわす――。
カカカカカッ!
その小さなものは、僕の額と上半身数か所に命中した! 痛い! 痛すぎるう!
「大丈夫か、吾朗!」
煩悶しているうちに、男子生徒がこっちに駆けてきたようだった。その声にはとても聞き覚えがあった。そう、こいつは、永原健吾。地味でさえない、ぱっとしない感じの少年だが、一応、小学校からの僕の友達だ……。
「吾朗、その制服の傷は! まさか、もう峰崎にやられて……。くっ! 俺の
「ス、
「俺の
「お……お前か! この痛みはお前のせいかあああっ!」
ドヤ顔で胸を張っている健吾を渾身の力を込めてはり倒した。
「細かいことは気にするな! それぐらいの傷、すぐ治る!」
「治るか! 額に刺さったんだぞ、お前の投げたナイフ! 普通なら即入院ってレベルじゃ……って、あれ?」
変だな。額にナイフが刺さったはずなのに、傷はないし、血も出てないや。他に刺さった箇所もそうだ。ただ、制服にはナイフが刺さった穴はあいてるし、さっきに比べると、意味不明に生地が傷んでいるような気がする……?
「あたしたちの受けたダメージは、制服にフィードバックされるのよ。そんなことも忘れたの?」
少し離れたところで、花澄ちゃんがあきれ顔でつぶやいた。
「制服にダメージがフィードバック? えーっと、それってつまり――」
「俺らの制服は攻撃を受けるたびにボロボロになってくんだよ。最後には全部脱げちまう」
「全部脱げたら、エンブレムも取れて、そこで試合終了ってことよ」
健吾と花澄ちゃんが交互に説明した。
なるほど、そうやってエンブレムを強奪していくシステムなのか。ダメージを制服が肩代わりしてくれるって言うんなら、安全性も一応確保されてるみたいだな。どういう仕組みでそうなってるのかは、相変わらず謎すぎるけど……。
って、あれ? この戦いって、もしかして、最終的に相手の制服を脱がしたら勝ちってことなのか? それって……。目の前の、ツインテールの美少女をじっと見つめた。そのおっぱいは、やっぱり大きい……。
「け、健吾!
俄然やる気が出てきた。そうだ、男なら、戦わなくちゃ!
が――、
「あんたとバトル? そんなのありえないんだけど?」
花澄ちゃんは鼻で笑って、すたすたと向こうに行ってしまった……って、なんだよそれ!
「ヘヘ、峰崎のヤツ、俺に恐れをなして逃げやがったな」
健吾はへらへらと笑っている。いや、明らかに、そんな感じじゃなかっただろう。
「健吾、美星杯って、女の参加者どれくらい残ってるんだ?」
「この一ヶ月で全校生徒の九割以上が脱落しちまったからな。女子の生き残りはさらに少ないし、十人ぐらいじゃね」
すくなっ! 一ヶ月でそんなに脱落者出てるのかよ! そんなに脱がされまくりだったのかよ、この学校の女子生徒は! 記憶がないのが死ぬほど苦しくなった。
「まあ、まだ上物は残ってるし、一緒に力を合わせて、女どもを脱がせようぜ!」
健吾は親指を立てて、にこっと笑った。こいつは、女子生徒を脱がせることだけを考えて美星杯に参加しているのか。はじめて、この理不尽すぎるバトル大会の参加者が理解できた気がした。
そう、僕も同じ気持ちでいっぱいだったから……。
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