魔法使いはドーナツを愛する

藍夏

“Witch”さんからのお手紙

○○くん


 お久しぶり。

 去年ぶりだったかな?大学の同級生のwitchって言ったら思い出してもらえるかな?私、この勝手に周りがつけたあだ名嫌いだったけど今になって思ったらそんなこと本当の魔女さんに失礼だなぁなんて一人笑っちゃうの。大の大人なのに今でもそんなくだらないことを考えてる。君はきっと苦笑してそう。なんたって君は優しいんだもん。


 今日手紙を書いたのはただの気紛れ。でもね、もう君に手紙を出すことも君と会う気もさらさらないの。それは君が嫌いとか逆に好きとかそういうのではなくて、理由すらないの。だからすごいくだらない話しかしない。それでも読んであげてもいいよとか思うのなら読んで。確かに手紙だからすごく自分語りが恥ずかしいほどになりそうだけどどうせ私はもう二度と君と会わないのだから平気。二度ととはないだろうとか思ってるでしょ?小説とかドラマとかではなんだかんだ言って人物の再会は簡単に起こるけれど今私たちの生きている世界にはそんな偶然なんて神様のご贔屓を得られた者の特権な気がする。なんとなくね。


 私、君が知っているように人並みに恵まれて育ってきた。なのに私の中で異常が物心がつく頃には生じ始めたの。三歳くらいのことだったか、全てから切り離された孤独に苛まれて頭から冷えてきて息が苦しくなったことを今でも鮮明に覚えてる。楽しかったはずのアルバムに残ってる写真の情景など全く記憶として残っていないのにね。私、楽しかったことをすぐに忘れちゃうの。人間として終わってるよね。生きがいとかもなくてただ機械仕掛けの人形のように過ごしてきた。そんなことどうでもいいや。


 ところで君は私のあだ名がwitchになった理由を知ってる?まあよく言われているのがbitchに音が似てるからって言うのだよね。陰で言われている側がよく知ってるよねって感じだけど聞こえて認知してしまったのは仕方ないし、私だって聞いたときは少なからずともショックは受けたんだよ。大体ね私そんなに男性と関係をたくさん持っているわけじゃないんだよ。しかも彼氏は今までいたことない一応ウブな子なんだから。今でもね。過去の恋愛とかを引きずっているわけでもない。ただ彼氏なるものを作るメリットを感じない、ただそれだけ。お互いに恋愛感情なくただ自然の摂理のように身体を重ねただけ。だけ、とかおかしいとか言って君はまた苦笑してるだろうね。でも本当にそんな感じ。慰め合いとかでもなく、ただ私側からしたら現実逃避。あの頃すごく非日常に憧れていた。


 好きなこともなくてなんとなく進んできた道はつまらなさすぎて、私は大学に通うのが苦痛だった。少し遡るけれど、私大学受験するときね浪人したくないから志望を学部ごと下げますって先生に言ったことあってその時はもちろん私にとってどうでも良かったから笑顔でヘラヘラしながら言ったら、先生は私の顔を覗き込んで心底心配したような顔で、それでも進みたい道なのだろう?と言ったの。本当に滑稽すぎた。先生は普通にいい人だった。でもいい人すぎて私には眩しかった。当時は優等生だったから尚更心配したんだろうなって今思う。まあ大学でも先生たちからは優等生に見えただろうけどね。それはそうでもいいとして、私の行動は根底から崩れていたということを自覚せざるを得なかった。でももう時はすでに遅すぎて、どうしようもなかったというのが実情だった。何しても楽しいって思えることがなかったんだもん。今もね。だからと言って死にたいとも思えない中途半端な人間だね。


 君と身体を重ねた日が君と会う最後の日になってしまったね。言い方的に君か私が死んでしまったような言い方になって少し笑ってしまった。許して。笑っちゃう。私の部屋だったかな?そうだね。私の部屋だった。私の生活感の無い部屋を見て君は驚いていたね。当時食事はコンビニのイートインスペースだったしシャワーは浴びるけれど洗濯は基本的にクリーニングかコインランドリーだった。あったのは大学関連のものと服とあとは普通の小物と、君が驚いていたものは灰皿だったね。私、ビールは嫌いだけど煙草は好んでいたの。君はすごい苦笑いしていた。

 君は家に入ったかと思うと急に飛び出して、また戻ってきて手作り料理振る舞ってくれたよね。シチューだったかな。すごく美味しかった。私、シチュー好きだったんだけどコンビニでは大概甘いドーナツしか食べていなくていわゆる不健康な食事の代表例を毎食繰り返してた。しかも私猫舌だから温めずに冷めたものばかり食べていたから、久しぶりの温かいシチューは不思議な感じがしたから当時は空返事で美味しいとかいったけど、時間が経って本当に美味しかったんだって思える。そういえばお皿がなくて急遽百均で揃えたのも面白かった。思い返すだけでもすごく笑っちゃう。

 その後君が片付けしてて私にゆっくりしていていいよって言ったから、私がベランダに行って煙草に火を付けてアパート三階の窓から夕方の藍色の空に包まれてた風景をぼんやり見てたら急にガラって音を立てて窓が開いて君は後ろから抱きしめてきたから驚いたよ。君が来た理由は確か大学卒業を前に君が手作りの料理を振る舞ってくれるっていう名目だった上に君は誠実極めた人だったから君が身体目的とは思わなかったからね。私がしたいのか聞いたら少し違うと言ったよね。君は君を大切にしてよとか言って心から心配してくれたね。本当に困惑したよ。煙草するくらいならとか言って今度は案外強い感じで抱きしめてくれた。案外ってだって君は細いからね、そんな力強くは見えなくてね。少しとはどういうことか私が尋ねたら、少なくともそういう欲求はあるけどただ煙草は身体に悪いから自分がいるほんの少しの時間だけでもいいからやめてとか言ってた。

 その後、二人で部屋に戻ってベットの上でしたね。あんなに優しいものはなかなかないから覚えている。だけど書いている身として恥ずかしくなるから控えさせてもらう。ただ君は途中で小さく、好きとか囁いていた。私がなんて言ったのとか呑気に聞いたら目を背けながらまた小さく好きとか言ったよね。まぁその瞬間私はわざと少し顔をしかめながら息と声を漏らしてまるで声を聞く余裕がなかったように振る舞って君のそのささやきを故意にかき消した。もう一度私が聞こえなかったからもう一回言ってと頼んだら顔を熱らせながらなんでもないって普通の声で言ったよね。小説とか漫画ならここから関係が一気に進むのだろうけれど現実だと、特に相手が私だと絶対にありえない。ごめんね。でも私はおかしくて今も少し笑っている。

 それが終わって次の日の朝、私の方が先に起きていて私が先に前日の朝買って残していたドーナツを一つビニールを破っている時に寝ぼけ眼のままに唖然としていた君の顔が面白すぎて今でも覚えている。君が朝から二人で食べに行こうかとか思っていたのにとか言ってたから、私は君が朝からゆっくりできるように昨日お昼のドーナツ一つ残してたの、とか返すと少し笑ってありがととか言ってた。なんで感謝してるのか聞いたら君は俺のために考えてくれたんでしょとか言うから少しおかしくなって、いつも誰かと寝た次の日は相手がゆっくりできるように朝から外で食べずに前日に買ってるのとか嘘言うと、君は慣れなんだねとか苦笑いしてたよね。ここまでで私は一つ大きなことを暴露してしまったのだけれど気づいたかな。まぁいいかな。まるでその私の言葉は何かしらを君に期待したようなものでやらかしたなとか思ったんだけど君が気付いていなかったからそれはいいかなとは思った。


 それから玄関で別れてからもう君とは会っていない。正直いって君といつ会ったのかとか思い出せない。でもその一日は鮮明に覚えている。君だけではない。寝た人との一日は大概覚えていると思う。確証はないけどね。

 

 今私はドーナツ片手にこの手紙を書いている。私ねドーナツ好きなの。ちなみにこのドーナツ夜ご飯だよ。昔よりも随分と生活感のある部屋に住んでいる。部屋は君を裏切るような雰囲気をしている。相変わらずにお酒は嫌いだけれど煙草の量はずっと増えた。菓子パンは家で食べるようになった。もう人の手作りなどあれ以来食べていない。けれどもなんだかんだ日常を過ごしている。君はきっと彼女でもできているんだろうな。なんとなくね。幸せになってね。きっと君のことすぐに忘れてしまうだろうけれどそれまで幸せを祈っておく。多分ね。忘れっぽいから許してね。


 それじゃあ、じゃあね。


“Witch”

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魔法使いはドーナツを愛する 藍夏 @NatsuzoraLover

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