オンゲのチームの崩壊と孤独。村上春樹。


 完璧な攻略などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。




「あと2%だけど、結構DPSきついかも」


 その夜、彼女はそう言った。

 彼女が超難関エンドコンテンツで残り2%時間切れまでいったのはその日が初めてだった。

 残り2%。数字だけを見ればあと少しだと思うかもしれないけれど、時間切れが存在し、一分のスキも許さない完璧に調整されたコンテンツで2%という数字は、とても険しい数字だった。


 彼女が一般プレイヤーが到底手を出すべきではない高難易度コンテンツに挑んで2ヶ月。当分のあいだクリアできる見込みはなく、かといって攻略をやめるだけの確たる理由もなかった。

 奇妙に、そして複雑に絡みあった絶望的な状況の中で、彼女が弱音とも愚痴ともとれる言葉を口にしたのはそんな時だった。


 僕はチャット欄に流れてきたデータとしての文字を確かめる。


「火力を出すんだ。みんなが感心するほどうまく、火力を出すんだ」


 そして僕はそう打ち込んだ。

 けれど、彼女一人が火力を出したところでどうにもならないことは僕にも分かっていた。

 もちろんそれがこのゲームの本質なんかじゃあない。彼女が挑戦しているコンテンツが全員がうまくやらなければクリアできない。ただ一人のミスも許されない。というだけだ。

 世の中に色んな主義があるように、いろんな人種がいるように、いろんな宗教があるように、それもまた、ただの一面でしかなかった。


 彼女はなにも言わなかった。初めからそんな言葉なんて聞こえなかったみたいに。


 それから数日後だった。彼女からクリアの報告があったのは。


 彼女はなにかの「しるし」みたいにクリアの証であるアイテムを僕に示した。

 それを見た僕はモニターの前で一人肩をすぼめて見せた。


 オーケー、認めよう。僕はエンドコンテンツをやっていない。

 やっていることといえばメインシナリオを進めることぐらいだ。何度死んでも笑って許されるコンテンツでのらりくらりと遊んでいるだけだ。だがそれが何だっていうんだ?


 僕には僕のやり方があり、彼女には彼女のやり方がある。同じサーバーでフレンドだ。

 つまり、彼女がエンドコンテンツをクリアしたということは僕がクリアしたのと同じということだ。

 僕はそう思ったし、サーバーのみんなだってそう思っていいはずだ。



 これはそれ以上でもないし、それ以下でもない。ただそれだけの話だ。






 あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている。

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