真実の愛


「俺は、そいつと出逢って昔の自分の気持ちを思い出した。明るくて、誰にでも分け隔てなく接する、話してて面白い、良いところは何にも変わってなかった。だから、再会した時、一瞬で恋に落ちたのがわかった。そこから、付き合うまでは時間がかからなかった。」


話を聞くうちに次第に、胸がムカムカするのを感じる。私はパワハラを受けた挙げ句、彼女にフラれたから今、ここにいる。そんな、私を無視して、男は話を続ける。


「ただ、俺には彼女がいた。5年間俺を支えてくれた彼女。おしとやかで、笑顔が可愛くて、気兼ねなく話せる、そいつとは正反対の彼女。もちろん、どっちが良いということはない。どっちも愛していたし、どっちも捨てるなんてことは出来なかった。だから、俺は逃げた、誰も傷つかないように、俺一人が傷つくように。」


 男の拳に力が入っているのが見える。何を甘えたことを言っているんだと、思わず立ち上がった。それをマスターは、にこやかにまぁまぁ、となだめてくれた。マスターは男の方に向き直った。


「早乙女さん、浮気や不倫というのは、世間的には認められるものではなく、社会的に禁止されるもので、疎まれるものです。ですが、私はそうあってはならないものだと思っています。」


 私も男も、首をかしげる。マスターは、一呼吸おいて話しの続きを始める。


「さっき来たお客様にも申し上げましたが、恋というものは、当事者同士にしか関係ないものです。つまり、他の誰にも口を出される筋合いはないということです。」


 確かに、有馬という少年にも似たようなことを言っていた。ただ、今回は少し話が違う気もする。彼女や浮気相手に気付かれたら、彼女たちは確実に傷ついてしまう。マスターが男の味方をしているようにさえ感じ、怒りを覚えた。そんな、私の感情を読み取ってか、私が感情を顔に出していたからか、マスターはまた、にこりと笑う。


「早乙女さん、あなたはどちらの方も愛していると仰いました。私はそれを嘘だとは思いません。人は1人の人を100%愛すことは不可能に近いです。どこか嫌な部分、苦手な部分があるはずです。それを補完してくれる、その人には無いものをもっている人が現れた時、新たな恋をするのです。《次の》ではありません、《新たな》恋です。」


 ますますマスターが何を言いたいのかわからなくなってくる。男は話を聞き、自分の味方をしてもらっていると感じたのか、少し強張っていた表情が緩んだ。


「なかなか意図が伝わりにくい話ですが、結論を申し上げると、私は二人同時に関係を持つということは良いと思います。」


 マスターのこの言葉を聞き、開いた口が塞がらなかった。なんと言うことを言うんだと思い、さすがに我慢ならずに、マスターに喰いかかった。


「それはいくらなんでもおかしいんじゃないですか、いくら二人同時に愛しているからと言っても、あんまりだ!」


 男は急に怒鳴り出した私に驚いていたが、マスターは冷静だ。


「まぁまぁ、代永さん、最後までお聞きになってください。」


マスターに諭され、あげかけた腰を元に戻した。


「二人同時に関係を持つと言っても、双方に隠しながらというのは良くありません。当事者の誰も得をしませんからね。」

「じゃあ、どうやって?」


 珍しく男が尋ねた。


「もちろん、双方に打ち明けるのです。打ち明けた上で、双方と関係をもてば良いのです。そんなバカなことと思われたでしょ?」


 心を見透かされたようだった。だが、私も男もあえて口には出さなかったという感じだ。


「最初に当事者同士の問題と申し上げましたよね?ですから、当事者が良ければなんでも良いのです。正解なんてものはありません。二人と関係を持ったとしても問題はないですよ。」


 確かに、考えてみれば、固定観念というものに縛られているのかもしれない。恋愛なんてものは結局、当事者同士の問題でしかない、その意味が徐々にわかってきた。

 ずっと笑顔だったマスターの顔が少し険しくなった。


「ただ、貴方の間違いは、隠そうとしたことと、相手を傷つけないためにと思って自死を選んだことです。」


 その言葉を聞いた途端に、男は涙を流し始めた。ただ、何度もごめんとだけ呟きながら。


「死んだことを後悔してますか?」


男が泣き止んでから、例のようにマスターは尋ねる。


「あぁ、もし生き返れるなら生き返ってやり直したかった。」

「そうですか。」


 男もまた、先ほどの少年と同じようにカウンターの奥へとマスターと共に消えていき、マスターだけが戻ってきた。


「マスター、恋や愛ってのは難しいですね。」

「えぇ」


マスターは男のカップを下げながら、唯一言そう応えた。

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