叶わぬ恋


「有馬君、君はその男の子が今でも好きですか?」

「好きです。」

「では、死ぬのはまだ早くありませんか?」


 少年は俯き、また涙を流し始める。


「僕だって、本当はまだ死にたくなかった。でも、このまま生きていればもっともっと好きになる。男の子を好きになったらいけないんだ。」

「どうして、男の子を好きになったらいけないんですか?」

「えっ、だって、男の子は女の子に恋をして結婚するから。男の子同士の恋愛なんて気持ち悪いから。」

「有馬君自身も気持ち悪いと思うのですか?」

「思いますよ!周りの子だって、皆気持ち悪いって言うし。」


 段々と押し問答のようになってきたが、マスターも少年も引く様子がない。少年は、さっきよりも余計に興奮しだし、声も荒げるようになってきている。


「私は、別に気持ち悪いと思いませんよ。」


 マスターの一言に、少年は下げていた頭を上げた。マスターはにこりと笑いさらに続ける。


「誰かを好きになること、愛するということは素敵だと思いますよ。」

「それが男同士でも?」

「関係ありませんよ。男性同士でも、女性同士でも、異性同士でも、何も変わりはありません。恋において、その影響を受けるのは、原則その相手だけです。周りがなんと言おうと関係ありません。相手が受け入れてくれるのであれば、それは素晴らしいことです。相手に断られたときは、その恋は実らなかったというだけの話です。これは、恋をしたことがある方なら、わかって頂ける話だと思いますよ。そうですよね、有馬さん?」


 急に話を振られると困惑する。これは、少年に何かを伝えてあげたいところだが、言葉が思いつかない。


「僕は、同性同士のことについてはわからない。ただ、やっぱり恋愛は、マスターの言う通り、当事者同士の問題でしかないのかもしれないね。」


 それらしくは、言ってみたものの自分でも内容が薄っぺらいことがわかる。それでも、少年の心には少し響いたようで、収まりかけていた涙がまた、溢れだした。


「それじゃあ、僕はまだ死ななくても良かったのかな。僕はその子に気持ちすら伝えられてない。もう、どう思っているのかすら聞けない・・・。」

「死んだことを後悔してますか?」


 私に言ったその言葉を少年にも投げかける。少年は、何度も首を縦に振った。


「それでは、有馬君、あなたはこちらへ、いらしてください。」


 少年は泣いたまま、マスターに導かれ、厨房の奥に消えていった。しばらくすると、マスターだけが帰ってきた。


「マスター、彼はどこへ?」

「有馬君は、地獄へと向かっていきました。有馬君の後悔は、彼が背負っていかなければいけない罪です。それを、背負わせることもこの店の役目なのですよ。」


 私は、その答えを聞き、彼が消えていった方を見る。いずれは、私も死んだことを後悔するのだろうかと、思いながら。

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