そこに神はいない

「グウィネヴィア!」

「待っていたわ、リンタロウ――いえ、今はハルキ・モーガンかしら。どっちでもいいわ、もうこの時空に残っているのはあなたたちだけよ。もう逃がさない――長官!」

 グウィネヴィアが空に向かって呼ぶと、ヴン……と音がして、室内に長身の男の青白いホログラム映像が映し出された。

『ご苦労、グウィネヴィア』

「君が、時間管理局保安部――ケルベロスの長官おやだまか」

 ハルがミナトを睨みつけた。

『ああそうさ、時間屋の。ようこそ、「プルガトリウム」へ――と言いたいところだが、きみたちは全員、そこで死んでもらう。宇宙ステーションプルガトリウムは、間もなく爆発する。そこにひっついている骨董品の宇宙船もろともな』

「爆発っ!?」

 ヘイゼルはわたわたと両手を振り回した。レイがシャーロットを抱き寄せ、背後にかばうように立った。

「爆発……って、長官……わたしは……?どこへ脱出すれば?」

 グウィネヴィアもまた、驚いていた。時間屋を捕らえろ、とは命じられたが、爆発するなど聞いていなかった。が、ミナトの返答はあっさりとグウィネヴィアの忠誠心を裏切った。

『何を言っているの?君も一緒に死ぬんだよ。最後の仕事、ご苦労だった』

「え……っ?」

『グウィネヴィア、君はほんとうによく働いてくれた。時間屋の男にジル博士。どちらも長年捕らえきれなかった第一級の犯罪者だ。それを今日、仲間ともども、まとめて処刑することができる――なんていい日だ』

「最後って……そんな、長官!」

『だって君が言ったんじゃないか。用無しは始末しないとって。醜いバイオアンドロイドなど、この美しく調和の取れた世界には似つかわしくない。違うか?』

 グウィネヴィアは言葉を失ってよろめいた。

『色仕掛けは効かないって言っただろう。それとも何、まさかこの俺が、お前みたいな化け物を本気で相手にすると思ったのか?』

「なんて男なの?いくらなんでもそんな言い方!」

 身を乗り出しかけたシャーロットを、レイが押さえた。

『では皆さん、さようなら』

 ヴン――と音がして、ミナトの姿が掻き消えた。と同時に警告音が鳴り響き、壁面に並んだモニターに[CAWTION]の文字が次々と映し出された。

「逃げろ!」

 ハルがヘイゼルの腕を掴み、レイがシャーロットを抱きかかえて、四人は宇宙ステーションにドッキングしたアナンタへと走った。その姿を、一人グウィネヴィアだけが呆然と見送る。

「彼女は!?」

 シャーロットが叫んだ。

「もう間に合わん!」

 ズン、と不気味な振動が「プルガトリウム」を襲ったのと、四人がアナンタに滑り込んだのは、ほぼ同時だった。

「博士!すぐにここから離脱――いや、時間旅行タイムトラベルだ!」

「何だと!?」

「離脱する暇などない!爆発する!巻き込まれるぞ!」


「プルガトリウム」に取り残されたグウィネヴィアは、激しく明滅するモニターの前に立ち尽くしていた。

「最後の……仕事……ですって……?」

 震える手でコントロールパネルを操作し、「プルガトリウム」から離脱しようとしているアナンタのハッチにロックをかける。

「なんのために……こんなことを、わたしは」

 なんのために、生まれてきたのだろう。

 ここで爆死するために、これまで生きてきたのだろうか。何度も何度も、醜い屍から再生して。

 いったい、誰のために。

「誰を……殺すために……?」

 ロックを掛け、爆破スイッチを起動する。ちらりと視界の端のモニターに、アナンタのハッチが映った。ハッチを手動で切り離そうとする、一人の老人の姿が。

「ジル……!!」

 見間違えるはずもない、それは懐かしい創造主。

 瞬間、閃光と共に炎が奔った。

「……みんなみんな、呪ってやる」

 グウィネヴィアの妖しい笑みが、炎に照らし出される。

 愛しい愛しい人。

 手に入らないならばいっそ呪い殺してしまえ。

 それもかなわぬなら――。

「ああああああ!!!!」

 グウィネヴィアの全身を光が包んだ。

 眩い光に、目を開けていられない。と、遠くから声が聞こえてきた。

(こっちだ……)

 七色の光の中から、誰かが手招きしているのが見える。

(おいで、グウィネヴィア……)

 時空がぐにゃりと歪む。醜く哀しい音をたてて。

 漆黒の宇宙空間に光の粒子が散乱し、そして、消えた。

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