リインカネーションヴァリエーション Ⅱ
「ジョシュア、それがあれば元の世界に帰れる。もしヘイゼルと合流できなくても、君とシャーロット、二人で」
そう、ハルは言い残して、夜空を落ちていった。
ジョシュアはそっとポケットに手を入れ、砂時計を取り出した。
「ハル……ヘイゼルも、シャーロットも、もう……いなくなってしまったよ……」
頼りないほど軽い砂時計の、小さなガラスの空間の中で、微細な砂は落ちかけたまま静止している。
「ねえ、僕はどうしたらいい……?シャーロットは戦場に置いてきてしまった。ヘイゼルに至っては宇宙ステーションに――僕には到底、手が届かない――そしてハル、君さえも……いなくなってしまった……!」
ジョシュアは飛行空母から降りる気力もなく、通路の片隅に膝を抱えてうずくまっていた。乗客はほぼ空母を降りて平和な新天地へと足を踏み出しているようだったが、ジョシュアにとっては外の世界などもうどうでも良かった。
「僕は――君がいなくては、どこにも行けない……」
「……諦めんのかよ、旦那」
唐突にトラッシュの声が降ってきて、ジョシュアは重い頭を上げた。
「俺は諦めねえ。アイツはぜってー生きてる」
チャラ……と、トラッシュは手の中に握っていたものをジョシュアの前にぶら下げた。
「お前――それ……!まさか、また盗ったのか!?」
トラッシュはにんまりと笑って、その懐中時計の蓋を開いた。
「俺はアイツと未来へ行く。で、旦那、あんたはどうする?」
気がつくと、薄暗がりの中にいた。地上への入り口を塞いだ瓦礫の隙間から、細い光が差している。
地下の酒場の床にうつ伏せたレイの身体の下で、シャーロットもまた目を開けた。周囲にはトライフルの瓶が散乱している。
「すごいわ」
シャーロットが囁いた。
「何が?」
レイも囁き返す。
「生きてる」
「ああ……」
レイは少しだけ身を起こして、大きな怪我がないことを確認した。
「今度こそ死んだと思った」
「生きてるわよ」
「ほんとに?」
返事の代わりに、シャーロットの花弁のように柔らかい唇が、ごく軽く、レイの唇に触れた。
「ほんとよ」
シャーロットが白く細い手をレイの胸に当てると、レイの鼓動がシャーロットに伝わった。
「ほら、生きてる」
「お取り込み中申し訳ないんだが」
突然咳払いとともに声がして、レイとシャーロットは弾かれたようにそちらを振り返った。シャーロットのすぐ横には、髪を薄い金色に染めて銀縁の眼鏡を掛けた紳士が、ピンクのパーカーの端を掴んで横たわっていた。
「リンっ……ハル!あなた、ハルの方ね?戻ったのね!?」
「やあ、お嬢さん」
ハルは起き上がって服の埃を払った。
「あんた、生きてたんだ?」
レイもまじまじとハルを見た。
「なんとかね。しかし危ないところだった。死にかけるのはしばらく御免こうむりたいな」
「あー、それ、俺も同感」
レイも飛び起きると、シャーロットの両手を取って引き起こした。
「さて、行くか。医者の息子」
ハルはレイの肩に手を置いて言った。
「どこへ?あんたの連れは、
「ああ、そっちは心配ないよ。ジョシュアには
「カギ?」
「――みたいなものをね。あとは未来の私がうまくやってくれたら、彼とはいずれ合流できる」
ハルが先導して外に出ると、崩壊したビルの合間から朝日が差していた。
「あんたさ、どうやって助かったの?やっぱタイムトラベル?」
「ああ。一旦過去に戻って、それから
「なんですぐ戻らなかったの?お兄さまもわたしもずいぶん心配したのよ」
「戻りたくても戻れなかったものでね」
「ああ!」
レイがパチンと指を鳴らした。
「桜木リンタロウだ」
「そう。彼と私は同じ時空に同時に存在できない。彼は私だからね」
「でもなんでまた、この店にいたの?」
レイは酒場の入り口を半分塞いでいた瓦礫をつま先で軽く蹴った。
「
ハルは薄っすらと笑みを浮かべ、ポケットからしゅるりと何かを引っ張り出した。それは、落ちる直前に掴んだピンクのパーカーの切れ端だった。
「やあ、これじゃあ博士の飛行船も近づけないな」
ハルは朝の青灰色の空に浮かんだ飛行空母を仰ぎ見た。
「仕方ない。シャーロット、呼んでくれるか?」
「呼ぶって……まさか」
シャーロットが眉根を寄せた。
「決まっている。君の使い魔で、博士の飛行船が待機している場所まで連れて行ってくれたまえ」
「……なんだかだいぶ都合よく使われている気がしてきているんだけど」
シャーロットはため息をひとつついて、再び大きく息を吸い込んだ。
「ローッド!リリーィ!!」
まるで彼女に呼ばれるのを待っていたかのように、ビルの隙間の太陽の光を遮って、二羽の大ガラスが矢のように飛んできた。
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