ジエンドオブディストピア

 飛行空母に乗り込む人々を守ってじりじりと後退していた黒龍ヘイロンだったが、とうとう廃材置き場まで出てしまった。廃材の起伏の陰に伏せて敵を迎え撃つも、開けた場所からの銃撃戦は不利だ。戦闘の中で、スゥシェンが孤立した。

 スゥシェンは背後を振り返り、子どもたちがあらかた空母に乗り込んだのを確認して怒鳴った。

「おい!てめえらも行けるやつは乗り込め!」

「ボスも逃げてください!」

 側近の一人がスゥシェンのすぐそばに滑り込んできて説得する。

「バカが。俺が撃つの止めたら政府軍やつら出てきやがるぜ。いいからとっとと行け!」

「でも」

 言いかけた側近は、何かに気付いてスゥシェンに飛びかかった。

「マオ!」

 マオと呼ばれた部下は、熱線を胸に受けて死体になっていた。

「……バカが」

 マオの下でそう吐き出したスゥシェンの横を、小柄な人影が駆け抜けていった。

「おいおいおい……」

 その少年は、飛び交う熱線を鮮やかにかわしながら、敵の隠れていた崩れかけた塀に飛び込んでいった。

「あいつ……まったく、どいつもこいつもバカばっかりか?」

 スゥシェンは少年の死を確信した。が、命を絶たれたのは塀の陰に潜んでいた三人の敵の方だった。

 少年――レイはその場所に陣取り、周囲の敵を狙い撃ちにしていった。

「ちっ」

 攻撃がやんだすきに、スゥシェンは走ってレイのいる塀の陰に飛び込んだ。

「クソガキ!てめえ、何しに来やがった!?」

「何って、助太刀?」

 レイは眉ひとつ動かさずにけろりと言った。

「はあ!?ガキはとっとと逃げやがれってんだ!」

「あんたも逃げられてないじゃん」

「ほっとけ。俺はどうにでもなんだよ」

 と、その時、上空を覆った煙の向こう側で、ドゥン……ドゥン……ドゥン……と、くぐもった音が空気を震わせた。続いて、ドシャッ!ドシャッ!と大型のキメラが数匹、地面に叩きつけられた。

 見上げると、キメラが落ちてきたところの雲が切れて、巨大な飛行空母の船体が見えた。

「近い……」

 まるで空に銀色の蓋をしたかのように、それは視界を覆い尽くした。船体から突き出したいくつもの砲口が、こちらを狙っているのが見える。

「おいクソガキ。……てめえ、ほんとのバカだな。こりゃあ、死ぬぞ」

 スゥシェンは空を見上げたまま呟いた。

「そうみたいだね」

 地上部隊の兵士たちが、潮が引くように撤退していく。その背中を見送りながら、スゥシェンがふうっとため息をついた。

「ガキども連れてタイムトラベルするんじゃなかったのかよ?」

「おかげさまで、スラムのみんなはあらかた旅立ったよ」

「で、てめえはなんで残ったんだ?」

 だが、レイがその質問に答える前に、砲口が青白く光った。

 廃材置き場に、青白い光の柱が幾本も立った。続いて轟音があたりを包み、爆風が高速の空気の壁となって八方へ奔った。塀の陰にいなければ、砲弾に砕かれた廃材の破片が全身を突き破っていたに違いない。

 廃材置き場に積み重なっていた廃材の山は、すり鉢状に陥没していた。

「ひっでぇな……」

 スゥシェンは呟いた。まだ何人か黒龍の仲間が残っていたはずだった。

「……クソ」

 やりきれない思いとともに、咥えていた煙草を吐き捨てる。ふと、傍らに立った少年のあまりにくらい瞳に気づいた。そして、(そうか……このガキは)と、またやりきれない気分になる。

 スゥシェンは生まれた時から犯罪や抗争の渦中で育ったが、戦場を経験したことはなかった。けれども黒龍に入る流れ者の中にも戦争孤児は多くいたので、レイもまた彼らと同じなのだとすぐに悟った。

「クソッ……」

 爆撃で粉々になった廃材の一部に鮮やかなピンク色を見つけたのは、レイだった。

「嘘だ……まさか」

 咄嗟に自分の服を見下ろす。そして、いつも着ていたピンクのパーカーはどうしたんだっけ、と記憶をたどる。

(そうだ……あれは確か――ジョシュアの腕に)

 時間商店で出会ったあの夜に、肩が外れたジョシュアの腕を吊った。

「まさか」

 不吉な予感が暗雲のように胸の内に広がる。祈る思いで駆け寄ると、地面が四角くがばっと持ち上がった。

「っはあ!!なんてことなの!?口の中まで砂だらけだわ!」

 四角い板の下から現れたのは、ピンクのパーカーを羽織った少女だった。

「シャーロット!?」

「レイ!」

 シャーロットがレイに飛びついた。

「生きてたのね!」

 シャーロットの細い両腕にきつく抱きしめられて、レイは目を白黒させた。

「シャーロット……なんで……?」

「良かった……レイ、あなたが生きてて、ほんとに良かった……!」

 レイに抱きついたまま、シャーロットは心から言った。

「シャーロット、それより君、怪我は?」

「もう傷だらけよ!ひどいわ」

 そう言ってシャーロットはパーカーの袖をまくり、擦り傷とほこりだらけの両腕を見せた。

「おいガキども、感動の再会はそれくらいにしとけ。また来るぞ」

 スゥシェンが上空を顎で指して言った。先程の爆風で、空を覆っていた煙が晴れ、飛行空母の砲口が再び青白い光を蓄えているのがはっきりと見えた。

「逃げなきゃ……」

 レイは周囲を見回した。

 ネオ・ホンコン上空は四艦の飛行空母に覆われ、そのどれもが砲口を真下に向けている。

「逃げ場なんてねえだろ、こりゃあ」

 スゥシェンが口の端を歪めて微笑った。

「でも逃げる」

 レイはシャーロットの華奢な手を固く握りしめた。

 生温なまぬるい大気が振動し、巨大な青白い光の柱が何本も何本も立った。

 その間を縫うように、レイは走った。走っては爆風に煽られ、地面に倒れ、爆風をやり過ごし、また立ち上がって、走った。青白い柱はたった今いた場所を破壊し、向かう行く手を阻んで、街と人を焼き尽くしていった。

 レイはもう進んでいる方角もわかっていなかった。スゥシェンとはぐれたのか、それともすぐ近くにいるのか、とっくに死んでしまったのか、それすらもわからなかった。

 それでも、シャーロットの手だけは決して放さなかった。



【お詫び】

(カクヨム本文では訂正しています。YouTube朗読は訂正前で公開されています)

「レイ、黒龍のアジトでピンクのパーカー着てたじゃん」

と思った方。

すみません……あれは幻です……。

「バック トゥ アナザー ヒストリー」で「スーパーハカーは眠らない」と同じ時間にタイムトラベルしていて、レイがパーカーを手放したのはその前の「亜空間ホテル」でした。

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