時をかける飛行空母

 飛行空母デメテルの操舵室ブリッジの中央には立体ホログラムモニターがあった。味方の位置や周囲の状況が、手にとるようにわかる。

「他の空母がキメラたちを攻撃し始めた。そろそろ限界だな」

 リンタロウは懐中時計を開いて言った。

「子供らもあらかた乗り込んだようだが……予定では三回タイムトラベルするはずだったな?」

 モニターを見つめていたジョシュアがリンタロウに尋ねる。

「三回目は無理だろうな。この空母自体が破壊されたら、もう皆を連れてタイムトラベルすることもできなくなってしまうからな」

「そうか……」

 その時、同じくモニターを見ていたシャーロットが、空母から離れていく小さな影を捉えた。

「……そんな……どうして……?」

 小さく呟いた声は、リンタロウたちの耳には届かなかった。

「心配するな。この計画プランが成功したら、君たちが元の時代のロンドンに帰れるようにする」

計画プラン?」

「言っただろう、この世界はいずれ滅びると。滅亡から逃れる方法を、私は探しているんだ」

 どういう意味だ、と問おうとして、ジョシュアははっとした。振り返ると、シャーロットが操舵室ブリッジから飛び出していくところだった。

「シャーロット!?」

 操舵室ブリッジを出たシャーロットは、乗り込んできた人々でごった返す中を掻き分けて走った。ジョシュアもまた、人混みの中で妹を見失いそうになりながら追いかける。

「シャーロット、待て……!」

 ジョシュアの声を無視して、シャーロットは搭乗口を出た。

「トラッシュ!!――レイ!!」

 シャーロットは空母のすぐ下で呆然と立ち尽くしたトラッシュの腕に飛びついた。

「どうしたの!?レイは!?」

「……行っちまった。あいつは乗らないって」

「ダメよ!もう上空に敵の飛行空母が集まってきてる!三回目はないわ!これに乗らなきゃ!」

 シャーロットがトラッシュにしがみつくようにして叫んだが、トラッシュは焦点の合わない眼で遠くを見つめている。その視線の先では、空母に乗り込もうとする人々を守って、スゥシェンたちが地上部隊と戦っていた。

「トラッシュ!レイは……レイはどこ?あそこにいるの?ねえ!」

「あいつ……過去にも未来にも、行きたくないって」

「どういうこと!?」

「俺は、どうしたらいいんだ……?俺は行きたいんだ。この街を出て、新しい世界に、ずっと夢見てた。でも――でも、あいつがいないなんて……!」

 トラッシュは周囲を見回した。壊れていく世界と、叫喚する人々と、巨大な飛行空母。それらすべてがぼんやりと遠くにあるように感じられた。視界がぼやけ、両脚から力が抜ける。

「シャーロット!」

 駆けつけたジョシュアが、崩折くずおれるトラッシュを抱きとめた。

「シャーロット、何してる!早く中へ!トラッシュ、君もとにかく中へ入れ!すぐ出発するぞ!」

 なかば引きずるように、ジョシュアとシャーロットはトラッシュを空母に引き込んだ。搭乗口のハッチが閉まる直前、その隙間をシャーロットがするりと抜けた。

「……えっ……?」

 ジョシュアが振り返った時、シャーロットはハッチのガラス窓の向こう側に立っていた。

「シャーロット……シャーロット!!」

 ジョシュアはハッチにとりついて、拳を叩きつけた。窓の外が光に覆われて、やがて何も見えなくなった。



『飛行空母デメテルが消息を絶ちました。ネオ・ホンコン周辺一帯に同艦の反応はありません』

 コンピュータの無機質な声が宇宙ステーション・プルガトリウムの暗い室内に響き、デメテルの消失を伝えた。薄青い光に長身の男の影が浮かび上がる。

「くっくっく……いいね、リンタロウさん。時間旅行者の本領発揮、ってところですか。俺とあんた、どっちが時空を支配するのか――お手並み拝見といきますかね」

「長官……すみません、逃げられたわ」

 いつの間に現れたのか、憔悴したグウィネヴィアが壁にもたれて立っていた。

「そんなのは見ればわかるよ、グウィネヴィア。君さ、博士が現れて手加減しただろう?」

「そんなことは……!」

「ふん、まあいいさ。いずれにせよ、次はない。またあそこに戻されたくなければ、せいぜい誠意を見せるんだな」

「長官、信じて、わたしは長官に忠誠を誓っていると――」

「ああ知っているさ。君の色仕掛けはラーンスロットには効いたが桜木リンタロウには効かないこともな」

「……っ」

「そして残念なことに、俺にも効かないぜ」

 ミナトはグウィネヴィアの耳元に寄せた唇を皮肉にゆがめ、麗しい声で囁いた。

「長官……っ」

「わかったらさっさとあいつらを追え。見張りに犬をつけてやる」

 グルルルル……と暗がりに犬歯が光り、それからグウィネヴィアと共に闇に消えた。

 その一部始終を、あいかわらずぷかぷかと空中に浮かんだままのヘイゼルが見て――は、いなかった。

 宇宙空間という想像を超えた現実を目の当たりにしたヘイゼルは、これはもう手も足も出ないと諦めて、無重力に浮かんだまま気持ちよく居眠りしていたのだった。

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