バトルドラゴン

 激しく揺れる飛行空母の中で、着地のバランスを崩したシャーロットが床に転がった。

「きゃあっ!」

「シャーロット!」

 ジョシュアがシャーロットを助け起こす。と、すぐ横の通路を兵士たちの一団が駆け抜けていった。ジョシュアはシャーロットを抱いたまま、慌てて物陰に隠れた。

操舵室ブリッジはすぐそこだ。君らはここにいろ」

 リンタロウが囁いて、ジョシュアは頷いた。光の粒がリンタロウを包み、再びその姿を消した。

(ハルは、こんなに頻繁には時間旅行タイムトラベルしなかった)

 つい今までリンタロウのいた空間を眺めて、ジョシュアは思った。リンタロウはハルにそっくりで、だからこそ異なる部分が際立ってみえる。(彼らはほんとうに同じ人物なのか、それとも別人なのか?)ぬぐえない疑念の奥底で、彼がハルであってほしいと願っている。

 艦内はパニックに陥っていた。わずかな開口部を狙って、まず小型のキメラが侵入してきた。一見すると蝙蝠のようだが、頭部は猫のように発達し、鋭く尖った牙をむき出して攻撃してくる。続いて大型のキメラが次々と船体にとりつき、空母はその巨体を大きく傾けた。

 最初は凶暴な侵入者を排除すべく戦っていた兵士たちも、窓の外を見たことのない巨大な怪物が跋扈し、空母に体当たりしてきているのを目にして、戦意が恐怖に置き換わった。

「撃て!撃てーっ!」

 半ば悲鳴のような号令に、一斉に銃が熱線を放った。だがその熱線は、バイオアンドロイド・キメラの硬い皮膚を焼くことはできなかった。

「……っ、――逃げろ!」

「退避、退避ーっ!!」

 乗組員たちは爆撃機や地上降下用のフロートに次々と乗り込み、外へと逃れた。一旦空高く飛翔した戦闘機が取って返して、母艦に取り付いたキメラを攻撃する。童話に出てくるドラゴンそのものの姿のキメラは、鱗に覆われた首をよじり、「ギィイイイィイ!!!」と耳を覆いたくなるような叫びを上げて悶えた。

「――やったか!?」

 戦闘機乗りがガッツポーズをしたのと、ドラゴンがその太い脚で取り付いていた空母を蹴ったのが、ほぼ同時だった。ばさり、とひとつ羽ばたいたときには、拳を下ろしきっていない兵士ごと、戦闘機はドラゴンの牙にまっぷたつに引き裂かれていた。

 まもなく異形のキメラたちに引きずり降ろされるように、飛行空母はだだっ広い廃材置き場に着陸した。船内に残っていた兵士たちが、バラバラと飛び出してくる。

 と、トラッシュのカードが震えた。見ると、リンタロウからメッセージが入っていた。

『待たせたな。この艦は制圧した。来ていいぞ』

「来ていいっつったって……」

 トラッシュが躊躇うのも無理はない。着陸した空母の周りでは、中から出てきた兵士たちがキメラ相手に銃を撃ちまくっている。が、キメラたちの爪や牙は、容赦なく兵士たちのやわらかい肉を引き裂いていく。街を覆っている油煙とすすの匂いに、新しい血の匂いが混じり合う。

「あんな中に飛び込めるかよ」

 トラッシュは苦々しく呟いた。

「ああ、ガキは引っ込んでな」

 肩をぽん、と叩かれてトラッシュが振り返ると、スゥシェンがいた。

「スゥシェン……いつの間に!」

「オ・ト・ナの俺らが掃除してきてやるよ。トラッシュ、いっこ貸しだぜ」

「黒龍には入らねぇぞ」

「勝手にしな」

 スゥシェンは咥えていたタバコを吐き捨てて、飛び出した。

「行くぜ、てめえら!」

「おう!」

 黒龍ヘイロンのメンバーたちがスゥシェンの後に続く。キメラと死闘を繰り広げていた兵士たちは、新たな敵の出現に狼狽し絶望した。不思議なことに、キメラがスゥシェンら黒龍を襲うことはなかった。

 ひとり、ふたりと戦線を離脱する。それが呼び水となり、政府軍兵士たちは蜘蛛の子を散らすように退いていった。

「今だ、乗り込め!」

 トラッシュの声を合図に、子どもたちが一斉に飛び出した。

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