ミッドナイト イン ネオ・ホンコン

 ネオ・ホンコンの地下を牛耳る黒龍ヘイロンと組んで、最初の爆撃をやり過ごしたトラッシュたちだったが、間もなく見張りの少年から交戦の連絡が入った。

「来たぞ!政府軍の地上部隊だ!7区と8区でぶつかってる!」

「こっちもだ!黒龍ヘイロンが政府軍とり合ってる!」

 黒龍ヘイロンは地上への出口すべてに人を配置していた。その全員が最新の銃器とカードを持ち、その数と位置はすべてコンピュータで管理できた。

 地上に降り立った政府軍を、黒龍が迎え撃つ。ネオ・ホンコンの地下に蟻の巣状に広がる地下の全貌を、政府軍は把握していなかった。地下にある黒龍のコントロールセンターで、破壊された街路に残っている監視カメラの映像を分析し、実働部隊が敵の背後を取る。思いも寄らないところから湧いて出てくる黒龍に、政府軍は翻弄された。地の利のある黒龍が僅かに優勢に立って、戦闘は続いた。

 トラッシュはスゥシェンと彼の側近たちと共に、コントロールセンターでデータの分析に追われていた。

 スゥシェンが、カードで部下に指示を出す。

「そっちは無事か?」

「はい、ボス。いまのところ、こっちの犠牲はないです。ただ、合流するはずの援軍が来ない」

 一区で戦闘中の、実働部隊のリーダーが通信に答えた。

「セントラルタワーが崩れたせいで、地下通路が塞がってるんだよ。一区がまるごと孤立してる」

 見回りから帰ってきたジョイジョイが横から口を挟んだ。スゥシェンはひとつ頷いて、再びカードで指示を出す。

「地下通路がやられてて応援に行けない。予定通り地上からスラムを目指せ」

「はい、ボス」

「サンキュー、ジョイジョイ。無理すんなよ」

 トラッシュがジョイジョイに声をかけた。ジョイジョイの右腕は、まだ首から吊られていた。

 そのとき、救護室で運ばれてくる怪我人の手当てを手伝っていたレイが、コントロールセンターに顔を出した。

「トラッシュ、そろそろ俺らも出よう」

 トラッシュは頷いた。

「それじゃあスゥシェン、零時に廃材置き場で!」

「ああ」

 スゥシェンは軽く手を上げて二人を送り出したが、思い立ったように声をかけた。

「――おい、お前ら、無事に逃げられたら黒龍ヘイロンに入らねえか?いい腕をしてる」

 レイとトラッシュは顔を見合わせた。

「あんたさ、ネオ・ホンコンがなくなるってのに、黒龍ヘイロンがこの先もあるだなんて、なんでわかるの?」

 黒龍のボス直々の勧誘に、レイが眉一つ動かさずに言い返したので、スゥシェンは苦笑した。

「俺が生きていれば黒龍ヘイロンは滅びねえ。ま、考えとけ」


 外に出ると、街の様子は一変していた。

 立ち並ぶビルはそのほとんどが倒壊し、あちこちで煙が上がっている。道路は寸断され、立ち往生した車で溢れていた。人々はただ混乱し、叫喚し、行き先もわからないまま逃げ惑っていた。いたるところに倒れている大人や子供が、まだあたたかい怪我人なのか、それとも既に冷たいむくろと化しているのかすら、誰も気に留めない。

 トラッシュは既に地下のモニターで見ていたが、いざの当たりにするとさすがに言葉を失った。

「ひでえ……」

「行こう。に町の人たちみんなは乗れない」

 トラッシュの肩越しにレイが促した。

「わかってるけど……」

 後ろ髪を引かれる思いで、トラッシュは目的地に向かって走った。仲間のストリートチルドレンたちも、続々と集まってきていた。

 突然、目の前に銃を構えた兵士が現れた。

 トラッシュは手にした銃で反射的に相手を殴っていたが、倒れた兵士の背後から更に二人の兵士が現れた。(やべえ)とトラッシュが思った瞬間、まっすぐ自分に向けられた銃口が光った。

 強い衝撃を受けて地面に倒れ込み、くるりと回転して起き上がる。起き上がることができた自分に驚いて顔を上げると、レイがナイフで二人目の兵士の首筋を切り裂いているところだった。トラッシュが受けた衝撃は、撃たれたのではなく、レイに突き飛ばされたのだった。

「いける?」

 ナイフについた血を拭って、レイが言った。

「ああ、助かったよ。サンキュ」

 トラッシュは銃をつえ代わりにして勢いをつけ、立ち上がった。銃身の長いその銃は黒龍ヘイロンから譲ってもらったものだった。「いらねえよ、使えねえから」と断りかけたトラッシュに、「いいから持っていけ。このタイプは誰でも使える」とスゥシェンが半ば押し付けるように持たせたのだ。

りぃ。次はちゃんとやるから」

 トラッシュは銃の使い方を確認するように、両手で持ち直した。

「別に。慣れてないモノ、使う必要ないよ」

「うるせえ。ちょっと――」

 ちょっと使えるからっていい気になるな、と、いつもの調子で軽口をたたきかけて、トラッシュは口をつぐんだ。

 ケンカなら、トラッシュはスラムの誰にも負けない。だが、人を殺したことは、なかった。

「……ちょっと慌てただけだ。次は撃てる」

「無理するなって」

 レイが軽い調子で言った。その笑顔は、「お前は人殺しなんてしなくていいよ」と言っているように、トラッシュには思えた。

「バカ……お前こそ……」

「え、なんか言った?」

 前を行くレイが振り返る。

「なんでもねえよ!ほら、前見ねえとコケるぞ!」


 たどり着いた廃材置き場は、巨大な穴が地面にいくつもあいて、まるで別の場所のようだった。上空には、無人爆撃機がまだ数機旋回している。広い場所に出ると狙い撃ちにされるため、トラッシュたちは崩れかけた建物の陰に隠れた。

「あーあ、ガラクタの山が、もっとガラクタになっちまったな」

 ジョイジョイはこんな状況でもどこかのんきだ。その性格に救われるな、とトラッシュは苦笑する。

「まだか……?」

 無人爆撃機に見つからないよう注意しながら、トラッシュは廃材置き場を伺った。やがて、黒い夜空を切り裂いて、銀色の塊が廃材置き場の上空に現れた。

「来た!」

「でもリンタロウから連絡がない。失敗したのかも」

 トラッシュは小型のPCを取り出して言った。計画では、空母を乗っ取ったリンタロウからトラッシュのアドレスに連絡が入ることになっていた。

 時間は23時を回っていた。散らばっていた仲間たちが、ちらほらと集まってきている。大勢で潜んでいるのが見つかって、攻撃されたらひとたまりもない。

「どうする……出るか?」

 トラッシュは迷っていた。レイもまた判断しかねていた。

「ジョシュアたちが失敗していたら、空母あれは敵だ」

 じりじりと時間だけが過ぎていく。

 と、張り詰めた緊張の糸を切るかのように、背後で銃声がした。

「政府軍だ!見つかった!」

 少し離れた場所から仲間の声がした。続いて、二発目、三発目の銃声が響いた。市街で掃討していた兵士たちが、スラムまでやってきたのだ。

「くそっ!」

 レイが銃声のした方へ飛び出した。その腕を、トラッシュが掴んで止めた。

「待て!レイ、見ろ!」

 空を見上げていた他の子どもたちも、それに気がついた。ぽかんと口を開けて、銀色に光る飛行空母を眺めている。――正確には、飛行空母に群がる、奇怪な生き物たちを。

「なんだ……あれ……!?」

「化け物……!!」

 それらはどこか見覚えのある前肢や翼や嘴を持っていたが、全体で見ると、普段見慣れた動物たちとはおよそかけ離れた形状をしていた。ライオンの牙にサソリの尾、ワニの顎に蝙蝠の翼……それらがちぐはぐに組み合わさった、奇妙な生き物。何よりもどの個体も、実際のライオンやワニに比べるととても大きい。

 ネオ・ホンコンの夜空に突如現れた怪物たちは、どんどんその数を増やして、いまや空を覆わんばかりに跋扈していた。

「バイオアンドロイド・キメラだ」

 トラッシュが瞳を輝かせた。この廃材置き場のてっぺんで、ジル博士のコンピュータにアクセスしたのは、あれは時間で言えばついさっきのことではなかったか。その後、はるかな時を超えて今、目の前にバイオアンドロイドたちがいるのだ。博士が遠い宇宙で、惑星探査機を偽装してまで研究していた生物たちが。

「あの化け物どものせいで、政府はジル博士を捕らえることができないんだ」

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