一年生

第28話 きっと君はこない。

「……ただいまぁ……」

 珍しく元気がないソラタが学校から帰ってきた。

「おかえりー……どしたの?」

「……はぁ……」

 ソラタは返事もせずにランドセルを置くと、ため息をひとつついて、こども部屋に入ってしまった。

 母親としては、何かあったのか問い詰めたいところだけど。

(ま、ちょっと様子見よう。言いたくないのかもしれないし)


 ソラタのしょんぼりの原因は、数日後に明らかになった。

「ねぇソラタ、そろそろサンタさんにお手紙書かない?平仮名もカタカナも上手に書けるようになったし、今年は自分で最後まで書けるよね」

 ツリーの枝にマスキングテープでお菓子を貼り付けながら、私は何気なく言った。

 我が家ではクリスマスツリーを置く代わりに、ベランダの窓ガラスに大きなツリーの形のシールを貼っている。その枝のところに、お菓子やオーナメントを貼り付けて、飾るのだ。しまうときも場所を取らなくて、結構いい。今年は電飾も導入してみた。我ながら、だいぶ楽しげにできた。

「ねぇ、今年はソラタは何がほしいのー?あたしはねぇ、新しいブーツがほしいなぁ……っと」

 いつもならあれがほしい、これもほしいと興奮して喋りまくるソラタが、今日はずいぶんと静かなことに、ようやく私は違和感を感じて、ソラタを振り返った。

「サンタさんなんて来ないよ」

 およ。

 そうきたか。

 さては学校で「サンタさんいない説」でも耳にしてきたのかしら。小学生にもなると信じなくなるってよく聞くしなあ。

「えー?来るでしょ。なんでそんなこと言うのよ?」

 さも当然のことを言っている、サンタがいないなんて思ったこともないわ、というていで、私は聞いた。

「だって、みんなサンタさんはパパなんだって」

「……えー……?」

「ソラタには、パパいないから、サンタさんも」

 ソラタはそこで言葉を切った。

 その艷やかな黒い瞳が潤んで、ぽろりと涙がこぼれる。

「来な、いって」

 私はソラタの頭を抱いた。

「……なに泣いてんのよ……」

 そっか。

 そういうことか。

「来るよ、サンタさん」

 私はソラタの細いまっすぐな髪の毛を指先ですきながら言った。

「うそだ」

「来るって。去年も一昨年も来たもん。今年もね、ちゃあんと来るよ。プレゼント持って」

「……ひっく」

「パパがいなくたって、ちゃあんと来ます。だから、お手紙、書こうね?」

「……うん」

 こうして、今年もなんとかソラタのリクエストをゲットすることができた。

 若干、不安は残るけれど……。


 そしてきたる12月24日。

 狭い我が家にはプレゼントを隠しておく場所なんてないので、プレゼントは注文しておいて、今日ソラタが学校に行っている間に取りに行かなければならない。

 学校は冬休み前で午前授業。

「いってきまーす!」

 ソラタはクリスマス気分も手伝って、うきうきとした顔で家を出ていった。

 だが。

「いってらっしゃぁーい……」

 だが、なのだ。

 なんとこの私が、今日は体調が絶不調。

「うー、風邪かなぁ……昨夜暖房費ケチって寒い中料理してたのが悪かったのかな……」

 ソラタを寝かせた後、ミートローフやらチキンパイやら色々下ごしらえしていたのだ。

 頭に手をやってみると、結構熱い。念の為、と熱を測ってみる。

「げ」

 ウソでしょ?だって。

「39度6分うぅー?冗談じゃないわよ、壊れてんじゃないの?」

 私は体温計をぶんぶん振り回す。勿論水銀式じゃないからそんなことしたって何も変わらない。

「ピピピピ、ピピピピ」

 体温計は無表情に「ERROR」と表示する。

「なにがエラーだよ、もう。イブに高熱とか、既に私がエラーだっつの」

 正確にはクリスマスイブというのは12月24日の夕方以降を指す……ってそんなこたぁどーでもよくって。

「あああ、ケーキ買って、プレゼント引き取って、夜ごはんはソラタの好きなシチュー作って……今日はめちゃくちゃ忙しいのに……!」

と、拳で床をどんどん叩いたのが最後の記憶。

「ただいまあー!」

「はっ!」

「うわ、ママ、なんで床で寝てるの!?」

「ああ……ソラタ……私もう……だめかも……」

 ぱたん。

「ちょっとー!ママー!ここで寝ちゃだめ!」

「はいはい……」

 私は這うようにソファによじのぼる。

「ソラタ……ちょっと、もう少しだけ眠ったら、シチュー、作る、から……」

「シチューいいから!もう寝てて!」

「ああ、ソラタ……おやつ……おやつは……」

「バナナ食べとくからだいじょうぶ!」

「ああ……ありがと……」

 そして今度こそ、私はぱったんと眠りに落ちた。


 ……もぐもぐもぐ。

 うめー。

 バナナうめー。

 ……って、ん?

 あたし、いつのまに起きたの?

 キョロキョロとあたりを見回す。

 手には食べかけのバナナ。

 振り向けば、リビングのソファーで完全にダウンしている私。

「……もぐもぐ……」

 幸か不幸か、クリスマスの奇跡か。

 とにかく私とソラタは、またしてもだいぶ妙なタイミングで、入れ替わってしまった。

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