第27話 魚屋さんと和菓子屋さん。

「ねぇ、『オヤジ』って、おじさんのことー?」

 空太が星を見上げて聞いた。

「ん?あー……今あいつが言ってたやつか……そうだね、おじさんのこともオヤジって言うね。でもお肉屋さんのお兄ちゃんが言ってたのは、あいつのお父さんのことだよ」

「お父さんがおじさんなの?」

「いや、親父って言葉は、お父さんって意味と、おじさんって意味と、ふたつ意味があるんだよね」

「へー」

「……おつかい、まだあるの?」

 星は、なんとなく話題を変えたくなって、小さな体にはだいぶ重そうな買い物かごを覗き込んで言った。

「うん!ほたてとねぇ、シャケ」

「魚屋さん?」

「うん!」

 そう言って、空太は重そうなかごを振り回しながら魚屋めがけて走っていく。

「こんにちはぁ!」

「へぃらっしゃい!今日はマグロがいいとこ入ってるよ!」

「マグロー?おさしみ?」

「おう、お兄ちゃんはお刺身好きか?」

 お兄ちゃん、とは空太のことだ。

「うん!でもねぇ、おつかいだから」

「うん?」

「お刺身じゃないの」

「なんだー、違うのかあ!何たのまれた?」

 威勢のいい魚屋の主人は、軽く屈み込んで、空太と目線を合わせて話す。

「えっとねぇ、ほたてと、しゃけ」

「えい、ほたて一丁!しゃけはいくつだい?」

「2個。しょっぱいほう」

「塩鮭二丁!まいどありっ!」

 空太がまた千円札を渡すと、魚屋の主人はおつりと、魚の入ったビニール袋を空太に渡した。

「ありがとうな!マグロの刺し身、まけといたよ!端っこだから、母ちゃんに漬けにしてもらって食べな!」

「ありがとう!」

 ビニール袋を買い物かごに入れ、空太は意気揚々と歩き出す。

(鮭のおまけが、刺し身って!)

 ちょっと離れてその様子を見ていた星は、さすがに呆れた。

(子どもってこんなに色々おまけしてもらえるもんなの?それともこの子がものすごくかわいいのか?俺からは普通の子にしか見えないけど)

 そんなことが星の頭の中をぐるぐるしていたが、もちろん黙っていた。


「もうおつかい終わり?」

 星は聞いた。そもそも星は、レポートに行き詰まって気分転換にコロッケを買いに出ただけなのだ。星こそ、そろそろ戻って続きをやらなくては。

「うん、おわり!」

「じゃ、早く帰らないとね。って、どこ行くの!?」

 空太は商店街をどんどん進んでいく。

 星はほっとけずに空太の後をついていった。

 空太は商店街の外れの和菓子屋の前で止まった。

「ここ?」

 星が聞くと、空太はこくんとうなずく。

「ママがね、お金余ったら、好きなの一個、買っていいって」

 空太が悩んでいると、和菓子屋の主人が奥から出てきた。

「いらっしゃい。ボク、おつかいかい?」

「ううん、おつかいのね、ついで」

「そうかいそうかい。で、ほしいのは見つかったかね?」

「うーん、悩むー!お団子も食べたいけど、大福もおいしそう……どら焼きも好き」

「じゃあな、ボク、大福にしときな。そしたらねぇ、おじさんオマケでどら焼きつけてやるよ。どうだい?」

 和菓子屋の主人は、そう言って空太にウインクしてみせた。

 空太はぱあっと笑顔になった。

「なんかもう慣れてきたな、このパターン……」

 一部始終を聞いていた星は、ボソッと言った。

「なあに?」

「いや……すごいたくさんおまけもらったな」

「うん!」

 空太は満足げに笑った。

 その笑顔を見ていたら、ふと、

『あの子んち。母子家庭』

 星の脳裏に、肉屋の息子のセリフが蘇る。

(もしかして、それで……?)

 振り返った商店街は、西日を受けてオレンジ色に染まっていた。

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