番外編 空太

第26話 八百屋さんとお肉屋さん。

「いってきまあす!」

 空太は勢いよく家を出た。

 もらったばかりのお財布を握りしめて。


 まず最初は八百屋だ。

 八百屋の前には、黄色いバナナが山程並んでる。

 空太はバナナが大好きだ。黄色いバナナを嬉しそうに眺めながら、元気よく挨拶する。

「こんにちは!」

「あら、いらっしゃい空太くん。おつかい?」

 八百屋のおばちゃんがにこにこと出迎えた。

「うん」

 空太は、ポケットの中のメモを出して確認する。

「えーと、じゃがいも、なす、ほたて、はむ、きー、の、こ」

 空太の声が小さくなる。ナスときのこは好きじゃないのだ。

 そして、信じられないことに、バナナが書いてない。

「……バナナ、ない」

「はい、じゃがいもと、ナスと、バナナ?」

 おばちゃんは空太の持ってきた買い物かごの中に、野菜を選んで入れていく。

「バナナ、いらない……」

 空太はしょんぼりして言った。

「あとね、きのこいっぱいあるけど、どのきのこかな?」

「うーん、きのこ……いらないんだけどなー」

「あら、そうなの?」

「きのこ、買わなきゃダメかなぁ。きのこ、食べたくないんだけどな」

「……売り切れってことにする?」

「うーん、でも、仕方ないから、何か買ってく。なんでもいいの。あとね、ハムとーホタテと―」

「きのこ、なんでもいいの?じゃきのこはおばちゃん選ぶね。ハムはお肉屋さんに行けるかな?ホタテはお魚屋さん。わかるかな?」

「わかった!」

「じゃ、じゃがいもとナスときのこで424円です」

 空太は千円札を一枚出した。

「はい、どうぞ!」

「はい、ありがとうございます」

 おばちゃんはおつりをわざわざ空太の財布に入れてくれる。

「空太くん、バナナおまけであげるね。ちょっと柔らかいから、もう売れないの。だから早めに食べてね」

「わーい、ありがとう!」

 空太は満面の笑みで言った。


「うんしょ」

 バナナが一房入ったので、袋は結構重たくなった。

「次はー、お肉屋さんだ!」

 家のすぐ近くの商店街ではなんでも揃う。

 スーパーにお使いに行かせるのはちょっと不安だが、顔見知りばかりの商店街なら、とヒカルは考えたのだ。

 八百屋のはす向かいにある肉屋に、空太は駆けていく。

「こんにちはっ!」

「はい、こんにちは!お、今日は一人か?」

 白衣に白帽子、白長靴という、真っ白コーディネートの肉屋の若い店員は、店主の二代目で目下修行中だ。

「うん、ハムとコロッケふたつください!」

「あいよ!今コロッケ揚げてるから、ちょっと待ってやー」

「あれっ?君、ソラタくん?」

 突然名前を呼ばれて、空太は振り向いた。

「あ、お兄ちゃん!」

「こんにちは。おつかい?」

「うん!」

 空太は得意げに買い物かごを掲げてみせた。

「おー、いっぱい入ってるな―。重くない?」

「ちょっと重い」

「なんや星、この子と知り合いなん?」

 肉屋が聞く。元々が関西出身とかで、ここの一家は皆、訛りがある。

「うん、ちょくちょく会うんだ。今日はヒカルさんは?」

「ママね、おうちでお留守番!」

「そっか、偉いね」

 それには空太は答えずに、猫を追いかけて肉屋の横の路地に入っていった。

「おい、お前あの子のお母ちゃん、狙ってんの?」

 肉屋の息子が耳打ちするように言った。

「え」

「お母ちゃんのことも知っとんやろ?ちょっと美人やな」

「いや、知ってるけど。狙うとか、そんなわけ……何言ってんの」

「バツイチやで」

「……え?」

「せやから、あの子んち。母子家庭」

「へーぇ……」

 星はなんとなく空太を見た。

 近所の猫なのか、人に慣れた様子の猫を、おっかなびっくり撫でている。

「ほい、コロッケいっちょあがり!星が2個で200円、空太くんは2個とハムで450円や!」

 空太は戻ってきて、お金を払い、コロッケとハムを受け取る。

「ほれ、ソラタ!飴ちゃんやるわ!オマケや。どれがいい?」

 そう言って、肉屋の息子はショーケース越しに山盛りのペロペロキャンディの箱を差し出した。

「……ありがとう。えーと……えーとねぇ……」

 色とりどりのキャンディの中から一本を決めきれずに、空太は長々と悩んでいる。

「なんや、決めれへんのんか?もうええからみんな持ってき!でもな、甘いもんばっか食べちゃあかんで?ちゃんとコロッケも食べるんやで?うちのコロッケ、うまいやろー?俺な、このコロッケ揚げるために生まれてきたんちゃうかなって最近思うんよー」

「髪黒くするのが嫌で肉屋継いだって聞いたけど」

 星が混ぜ返した。

「誰や、そんなん言うたの!?」

「おまえの親父」

「るっさいわー!クソ親父が!いつでんこんな店ほっちゃるわい!」

「あはは。親父さん大事にしろよー」

 肉屋の息子の怒声に送られて、二人は並んで歩き出した。

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