第25話 こどもは大人が守るもの。

 林の中はだいぶ暗い。

「やめてくださいよ、ほんとに。警察呼びますよ?」

「そんなもん呼ばせねぇよ!」

 さっきのチンピラたちが、若者を囲んで小突き回している。

 やっぱりあの時の高校生だ。

 困ってた私を助けて、買い物袋を持ってくれた、親切な子。

 水族館で迷子になったソラタ(というか私)を心配してくれた、優しい子。

 そして今日は、私たちをかばって殴られてる。

「ぉらあっ!」

「うわっ!」

 タンクトップ男の蹴りが若者の膝のあたりに入って、若者はその場に転がった。

「……あンの野郎」

 私の中で、何かがぷっつんと切れる音がした。


「……てめーら、こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがってぇ!」

 あたしは怒りのあまり、走りながら怒鳴った。

「あ?」

「なんだよ、さっきのオバサンかよ」

「オバサァン、まだ遊んでほしいのぉー?」

 柄シャツ男がクチャクチャとガムを噛みながら、近寄ってきた。

 チャキッと音をさせて、ポケットからナイフを出す。

「自分のトシ考えたほうがいいんじゃない?あんまり元気だと、コドモと一緒に刻んじゃうよ〜?」

「やっだぁー!シワ増えるぅ〜〜」

 ケバ女たちが後ろで騒いでいる。

「ゴチャゴチャうるせえよ!ヨケーなお世話だ!(シワに関しては特に!)」

 私はそのままジャンプすると、ナイフを持った腕に飛び蹴りをした。

 ぽとりとナイフが地面に落ちる。

「このババア!」

 飛びかかってきた柄シャツを、回し蹴りで沈める。

「ぐあっ」

「ババア上等!この、幼稚園児以下のクソガキ共が!」

 後ろの女どもには往復ビンタ、一人3往復✕2。

 そのままタンクトップ男に突進し、みぞおちに一発お見舞いする。

「ごはっ……」

 タンクトップ男は呻いて膝をついた。

 その前に仁王立ちで立って、言い放つ。

「この子たちを守るのが、オトナの役目だぁっ!」

 地面に座り込んでいた若者が、あっけにとられた顔をしている。

「……この子たち・・、って……」

 あたしは地面に落ちてたナイフを拾い上げる。

 そして半裸男の腹にペチペチと当てて言った。

「そんくらいもわかんねーってんなら、幼稚園からやり直して来な?」

「ひっ、はいぃっ!」

「おい、行くぞ」

 彼らは倒れていた仲間たちを助け起こして、逃げるように去っていく。

「ったく、弱ぇーくせに、いきがってんじゃねぇよ」

 そそくさと退場するチンピラたちを見送って、あたしはため息をついた。


 はっ。

 気付けば、追いついてきたソラタが、呆然とこちらを見ていた。

 そう。あのすっ転んだ瞬間に、元の体に戻っていたんだ。

「あ……っらー?私、今なんか、したかしら……?」

 うんうんうん、とうなずく、ソラタと若者。

「ええ、だいぶ」

「ママ、つよーい!」

「あー……いやあの、あれはねぇ……昔とったナントカってやつで……あははー……」

 そう、黙ってたけど、私いっとき結構ヤンチャしてたんだよね……。

 思春期に親に反抗してグレてとか、恥ずかしすぎるでしょ。いまどき。ねえ。

 まさに黒歴史。ネタにすらならん。

 だから一応、隠してたんです、けー、どぉー……

「いやー、お恥ずかしい……」

 私は後ろ頭をかいて苦笑いした。

「いえ、逆に助けられてしまって、ありがとうございました。……なんか僕、余計なことしましたね」

「そんなことないよ!さっきはほんとピンチだったし!」

 実はソラタと入れ替わってて、戦闘不能だったしね、私。

「ごめんね、ソラタ……いや、の代わりに殴られちゃって」

 私は彼の頬にそっと触れた。

 ああ、この顔だ。

 あのとき私を抱き上げてくれた、ぴっちぴちの眩しい顔。

 でもよく見ると、あの時よりもちょっと男っぽくなってる。

「いつも助けてくれて、ほんとにありがとう」

 私は彼に頭を下げた。

「あ、いえ」

 彼もぺこりと頭を下げる。

「……僕はセイっていいます」

「あ、この子はソラタっていいます」

「早瀬ソラタです!」

 ソラタが元気よく挨拶した。

「……あの、おねえさんは?」

 若者は言った。

「え?」

「あの、だから……おねえさんの、名前」

 一瞬、何のことかと、目を3回くらいぱちくりしてしまった。

「あっ、ああ!私の名前!?」

 若者はうなずく。

 えー!

 いやいやいやいや!

 おねえさんて!

「おねえさん、って、やだもう」

 こんな若い男の子にそんなふうに呼ばれたら。

「おねえさんって……」

 やだもう、照れるじゃないか。

 うへへっ、と妙な笑いが漏れる。

「……ヒカル、です」

「ヒカル、さん」

「はい」

「……」

「……」

 なんか妙な空気になりかけたところを、ソラタが打ち破った。

「ねえねえ、僕わたあめ食べたい!あと射的やろうよー!」

 そう言って私の手を引っ張っていく。セイくんは後からついてきた。

 ああ、ソラタ、グッジョブ!

 もう、おねえさん(照)変な汗かいちゃったわよ〜。

「セイくんは一人で来たの?」

「約束してた友達から、さっき風邪ひいたって連絡あって……」

 他愛ない会話をしながら、その日セイくんはずっと一緒に見て回った。


「じゃ、僕ここで」

「はい、今日はありがとう。さよなら」

「ばいばーい!またねぇ!」

 送ってくれたのか、単に彼の家も同じ方向なのか、家のだいぶ近くで私たちは別れた。

 家に帰って、半分残ったわたあめを食べながら、ソラタが言った。

「ねぇママ。ママは僕が守ってあげるからね」

「……え?」

「今日、お兄ちゃんピンチのところを、ママが助けたでしょ?僕も、ママがピンチになったら助けてあげるよ」

「あはは!かっこいいなソラタ!頼むわ〜!」

 百年早いわ!と言いかけたけど、もしかしてそんなことなくって、ほんとにそのうちソラタに守られる日が来るのかもな。

 そしてそれはそんなに遠くない未来なのかもしれない。

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