6歳

第23話 バナナは3本食べるもの。

「ママ、早く早く!」

 ソラタが着ているのは、夕子さんに教えてもらった甚平。子どもたちが幼稚園に通っている時間に、日奈子さんと三人で夕子さんの家に集まって、縫った。

 大好きなキャラクターがたくさんプリントされた、まっ黄色の甚平は、男子と呼ぶにはまだあどけない顔によく似合ってる。

 ……ま、よっくよく見ると、あっちこっち縫い目がバラバラだけどね。そこは愛嬌、愛嬌。

「はいはい。ほんっと、草履なのによく走れるわね……」

 今日は近所の商店街の縁日。商店街の片隅にある、小さな神社のお祭りだ。

 夕方からとはいえ、まだまだ明るいのに、商店街は結構な人出だ。みんな手に手に飲み物や食べ物を持って、立ち並ぶ屋台をふらりふらりと楽しんでいる。

 そんな人混みの中にチラチラと見え隠れする黄色を追いかけて、私は道行く祭り客をかき分ける。

「すみません、ちょっと通して……すみません」

 夕子さんに、「ヒカルさんも浴衣着ていったら?着せてあげるわよ」なんて言われたけど、やっぱり動きやすい服で来て良かった。

(……でも、ちょっといいな、浴衣)

 浴衣姿の女性の集団を眺めて、ちらりとそんなことも思うけど。

「あ、いた!ソラタ!」

 ソラタは一軒の屋台の前に立ち止まって、じーっと見上げている。

「もう、ダメよ、あんまり一人で先行ったら、迷子になっちゃう」

 上の空でうなずくソラタの視線の先には、割り箸に刺さった色とりどりのチョコバナナがずらりと並んでいる。

「……食べたいの?」

 ソラタはまたうなずく。

「いいわよ。どれ?」

「どれがいいかなぁ……ピンクと、チョコと、水色と、ぜんぶ食べたいなぁ」

「全部ー?」

 私は笑った。

「これねぇ、ソラタ。味はぜんぶ一緒なんだよ?」

 ソラタがびっくりした顔で私を見上げた。

「でも、色、ちがうよ?」

「そうなんだけどね。色が違うだけで、味はいっしょ」

「そんなの、食べてみなきゃわかんないじゃん!」

 真面目な顔で言うソラタ。

 うーん、かわいい。

 かわいいけど、流石に全色は買えない。いや、買いたくない。

「でもさ、そんなに何本も食べきれないでしょ。チョコの食べ過ぎで鼻血出ちゃうよ。ソラタまだちっちゃいんだから」

「じゃあ、味見だけ!」

「え?」

「味見したら、残りはママ食べていいから!」

「えー……」

 私だって、そんなに大量にバナナ食べられるかしら……。

 私はあらためて、並んだチョコバナナを見た。一本一本はそんなに大きいわけじゃない。

 屋台のおじさんが、「買うの?買わないの?どうすんの?」みたいな顔でこっちを見てる。

 うーん。

 百歩譲ってバナナ三本は食べ切れるとして、えーと値段が……。

【一本300円】

 うおぅ……。

 出た、縁日価格。目眩がするぜ。スーパー行きゃ、バナナひと房98円……いや、考えちゃダメだ考えちゃダメだ考えちゃダメだ……くっ、今日は生ビールは諦めようかな……。

 私はうらめしげに、斜め後ろの焼き鳥の屋台の端に、どーんと鎮座したビアサーバーをチラ見する。

【生ビール一杯500円】

 うおぅ……。くらくら。

「……わかった。じゃ3本買って、分けようか」

 まあいっか、たまにはこういうのも。

「じゃ、チョコバナナ、チョコとピンクと水色、一本ずつくださいな」

「あいよっ!900円!」

 おじさんは威勢よく言って、パックに三本チョコバナナを詰めてくれた。

「わーい!」

 ソラタが目をキラキラ輝かせている。

 この顔が見られただけでも、いっか。

「うふふっ。じゃ、どっかに座って食べようか」

 神社の境内まで行くと、空いているベンチを見つけた。置いてあったビールの空き缶をゴミ箱に捨ててそこに座る。

「どれから行く〜〜〜?」

「どれにしようかなぁ〜〜〜?」

 うん、この顔この顔。もう、わくわくが止まらない!って顔。

 900円の価値、あったかな?

「よし、決めた!これっ!」

 ソラタはチョコレート色のチョコバナナをつかんで、高く掲げた。

「あ、気をつけてね!落とさないように!」

 そう言った瞬間、私の手はチョコバナナを持っていた。

「……あれっ」

「あ」

 最近では、ソラタもさすがに理解してきた。

 年に1〜2回起きる、この奇妙な現象。

 私はソラタに、ソラタは私に。

「また入れ替わっちゃったねぇ、ママ」

「……そうみたいだねぇ……」

 私はため息をついた。

 せっかくの縁日なのに、どうなることやら。

「……ま、心配しても、なるようにしかならないわ。チョコバナナ食べましょ」

「うん!じゃ、ママが一口ずつで、僕が残り全部ね」

「は?なんでそうなんの?」

「だってソラタがちっちゃいから、食べすぎて鼻血でるんでしょ?今はママがちっちゃいから、僕が食べてあげる!」

「はあー?何ソレ?」

「味見はさせてあげるね」

 その言葉通り、私がひとくち食べるなり、ソラタはひょいっとチョコバナナを奪っていった。

「う〜〜、覚えてなさいよ、ソラタ〜〜〜」

「わあい、わあーい♪」

 もぐもぐと口いっぱいにバナナを食べる私……の姿の、ソラタ。 

 その時だ。

「ちょっとぉー、すみませぇーん」

 不機嫌な声がして振り向くと、そこには若者が数人、立っていた。

 薄い色のサングラスにいかにもな柄シャツの男と、黒いタンクトップからこれ見よがしにタトゥーをのぞかせている男、何故か上半身裸で首に金の鎖を巻いている、やっぱりタトゥーの入った男、そして派手なメイクの女の子がふたり。

 うわぁ、いるいる、祭りといえば湧いて出る、こういう人種。

「ここ、席取ってたんですけどぉー。どいてもらえませんかぁー?」

 くっちゃくっちゃとガムを噛みながら、彼らは私たちの座ったベンチを取り囲んだ。

 よりによって、ソラタと入れ替わっちゃってるときに。

 もう、悪い予感しかしないんだけど……。

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