第22話 若きソラタの悩み。

 水がつめたくて、気持ちいい。

 僕になったママも、びしょぬれで遊んでる。

 僕は、けいたろうと、夢ちゃんと、ママに、水をかけた。

 ばっしゃばっしゃかけた。

 みんなも、ママも、楽しそうに川の中を駆け回っている。

 僕も負けずに、ママを追いかけて川の中を走った。


「ああびっくりした。子どもたちの着替えは覚悟してたけど、まさかヒカルさんまで濡れてるとはね」

 けいたろうのママが、すっぽんぽんのけいたろうをタオルでゴシゴシふきながら言った。

「ごめんねぇー、つい夢中になっちゃって」

 ママはそう言って、こっそり僕のほうを向くと、ぺろっと舌を出した。

 僕らのからだは、もう元に戻っていた。やっぱりすっぽんぽんで、タオルでふいてもらっている。

「でも、気持ちよかった!久しぶりにはしゃいじゃった。ここ、水きれいね。深さも足首くらいまでしかないのね。濡れたっていっても膝くらいまでだし、お天気もいいしすぐ乾くわよ」

「元々、水遊びできるじゃぶじゃぶ池なのよー。夏になると、もう、子どもたちで芋洗い状態よ」

 夢ちゃんのママが、夢ちゃんの濡れちゃったみつあみを結い直しながら、言った。

「さ、着替えたらそろそろおやつにしましょ」


 おやつは、来る途中のスーパーで買ってもらった。みんな自分の好きなものを選んだから、バラバラだ。

 ママたちも、なんか食べてる。スナックとか、クッキーとか。

「今日はねぇ、パパがお迎えに来てくれるんだよ」

 夢ちゃんが、ながーい、ひもグミをかじりながら言った。

「けいたろうも、お迎え来てくれるよ。それからパパとゴハン食べに行くんだ」

 けいたろうは、タバコみたいなお菓子をなめながら言った。

 僕はモロッコヨーグルをヘラですくうのに忙しい。これ、底のぷくっとしたところにたまってるのを、全部取らないともったいない。

「ソラタくんは、パパ来ないの?」

 夢ちゃんに聞かれて、僕は顔を上げた。

「僕ねぇ、パパいないからさ」

「え、どうして?」

「パパいないの?なんで?おしごと?」

「そうじゃなくて、いつもいないの。うちにはパパいないからさ」

 僕は言った。うちにはパパがいない。

「ふうん。じゃ、おばあちゃんは?夢んち、おばあちゃんもいるんだよ」

「おばあちゃんもいない。ママと僕だけ」

「僕のおばあちゃんは、ぎふにいるよ」

 けいたろうが言った。僕は知ってる。冬休みに遊びに行ったって言ってた。おみやげももらった。

「ぎふ?」

 夢ちゃんが聞く。

「ぎふけん」

「ぎーふーけーんー?」

 夢ちゃんが繰り返す。

「あはははは!なんかおもしろい!」

 夢ちゃんが笑う。


 帰りは、おっきな車で迎えに来た夢ちゃんのパパが、僕らも一緒に乗っけてくれた。

 車には夢ちゃんのお姉ちゃんも乗っていた。お姉ちゃんはパパと映画を観に行ってたんだって。

 僕とママはおうちの近くで降ろしてもらった。もうすっかり夕方だ。

「はあー、つかれた。晩ごはん、どうしよっかなー」

「ママ、僕カレーがいい。レトルトのやつ」

「えー?そんなんでいいのー?カレー作ってもいいよ?」

「レトルトがいい。コーンが入ってるやつ。ママのより甘いから」

「甘いのか、あれ……」

「ママのカレーも嫌いじゃないけど、レトルトのほうが好き。ナスとかトマトとか入ってないし」

「だって、栄養……まあでも、いっか!今日は!私も疲れたし!レトルト!今日はレトルト!そのかわり、サラダも食べようね」

「わーい!」

 レトルトカレーはすぐにできた。

 カレーを食べながら、ママが言った。ママのは激辛カレーにタバスコ入り。色もまっかっかだ。

「ねえ、ソラタ」

「なあに?」

「んー……やっぱ、なんでもない」

 カレーはすぐに食べ終わった。

 サラダはレタスときゅうりとトマト。僕はドレッシングより、塩だけがいい。すっぱいんだもん。

「ねえ、ママ」

「なあに?」

「うーん……」

「どしたの?言いたいこと、忘れちゃった?」

「……ママ、あのねぇ、今日、楽しかったねぇ!ママ、びしょ濡れだったね!」

「そうだね。今日はママ、ソラタと入れ替わってよかったな」

「えー?どうして?」

「だって、入れ替わらなかったら、絶対水遊びなんてしなかったもん。ソラタになって水遊び、すっごく楽しかったー!」

「僕も、ママとけいたろうたちと、みんなで遊べたの、おもしろかった!明日は、みんなのママも一緒に遊ぼう!」

「え、明日?」

「うん!またあの公園で、こんどはみんなで水遊びしよう!」

「明日も行くのー?いやー、連続はどうかなぁ……まあ、また行こうって誘ってみるね」

 ママも食べ終わった。


 僕はその夜、幼稚園のクラスのみんなと、みんなのママやパパも一緒に、あの公園で水遊びする夢を見たんだ。

 ねぇママ、僕ね、ママといっしょで良かった。

 僕に、パパが、いなくてもね。

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